赤いしるし
「あら、かわさん。山口はどうしたの?」
「今ちゃんに預けてきた。佐藤と水野じゃあ、山口もつけないと大変じゃない。それで、古賀先生は大丈夫かな。助手二人は病院でしょう。ここの土も汚染されていたのかな?水銀でも砒素でもない、呪いっていう汚染。」
楊は髙の隣までくると、穴の中を見下ろした。楊達が撤収してから一度もこの場から離れることのなかった彼女は、あの日に着ていた服のまま泥に塗れ、まるで墓穴の中で蠢く死霊そのものの姿である。
楊は古賀の様子に大きく舌打をすると、上着を脱ぎだし、髙が止める間も無く土を運ぶ滑車の縄に手足を絡めて、そのまま穴の下に落ちていった。
「ちょっと、かわさん!」
「うわぁ、思い切りのいい子。そのまま気絶させて縄で括って!」
「…………田辺ちゃん。」
田辺は髙の目線を気にせずにふふっと笑うと、彼女も上着を脱いで軍手まで嵌めている。
「いいわよ。先生を上げちゃって。そう、その泥バケツ用の縄に引っ掛けて頂戴。」
楊は田辺の言う通りに気絶させた古賀を滑車の縄に括り、それから髙達に見えるように片手を上げた。泥バケツの代わりの泥人間はのろのろと地上へと持ち上がり、髙達が待ち受けるすぐそこまで昇ってきた。
「私に怒る前に自分を反省しなさいよ。あそこまで此方の世界に浸からせるなんて、あなたは本当に悪い人。痛いと言われると拘束の手を離してしまう純な可愛い子を、こんなに泥まみれにして。」
「僕に説教をするためだけに此処に来たのかい?」
「私は状況を出来る限り利用するってだけよ。ほら、古賀先生を引き取って。」
「軍手している君は?」
「ネイルを汚したくないの。今時の主婦はジェルネイルを楽しむおしゃれなのよ。嬉しいわ。地味にするだけの時代じゃなくて。」
髙は大きく溜息を吐くと、古賀を井戸から引っ張り上げる作業に黙々と没頭する事にした。引き上げた古賀を数メートル先に寝かせ終わり髙が何気なく穴を覗くと、古賀の救出の功労者が、古賀が使うことのなかった縄梯子を伝って井戸の底から昇って来ていた。
彼の額には赤い点が一つ。
筆で描かれたようにして、ちょん、と一つだけ浮かんでいる。
「かわさん!額!額に赤い点が付いているよ!」
「え、うそ。」
楊が反射的に額に手を当てたとき、楊は足を滑らし、揺れた衝撃で縄梯子が千切れた。
「うわ、かわさん!」
「この馬鹿共!何をやっているの!」
田辺と髙が咄嗟に体を掴んだために楊が落ちることはなかったが、彼はフクロウのように目を真ん丸にした変な顔を張り付かせながら必死に井戸を登って地上に生還した。最後には髙が放るように引き上げたので、楊は井戸の縁で大きく息を上がらせながら全身泥まみれで転がっている。髙も楊の無事の姿に、詰めていた息を大きく吐いた。
「あぁ、あたしまで泥まみれ。それで、赤い点って。」
一人冷静なのが田辺である。
「あ、そうだよ。俺の額に赤い点って、何それよ。あるの?それって、山口が見たって奴なの?髙は見える人なの?ある?今もある?」
怯えた口調で楊は髙と田辺に顔を向け、太陽の下で見直した楊の額に、髙は再び安堵の息を大きく吐いた。
「ただの泥でした。此処の土は赤いから。かわさん、汚れた手で顔を拭っちゃ駄目ですよ。土にはどんな病原菌があるかわからないの――。」
「あら、本当に変な点が付いているじゃない。」
田辺の冷徹な声に髙は珍しく言葉が続けられず、楊は泣きそうな顔になった。




