ぞんざいな預けられっ子
ゴールデンウィークも間近となる四月後半には、僕は何事もなく大学生活を送れていた。
「ゴールデンウィークってサークルが親睦も兼ねて春合宿をするものだろ?学校があるのかよ。」
僕のスケジュール管理に余念がない支配者は、ゴールデンウィーク中に大学があることに大変立腹されているようだ。
「畜生。ここぞと働かせるつもりだったのに。もっと早く言えよ!」
この鬼そのものは百目鬼良純。
債権付競売物件の売買が専門の不動産屋であり、僕の相談役でもある。
僕の名前は武本玄人。
昨年の六月に鬱を患い、九月より大学を半年休学したために留年してもう一度二年生な、六月六日に二十一歳になる馬鹿者である。
僕の鬱に電車に乗れないという症状があり専門医への通院ができないからと、武本家の菩提寺の住職に相談役として紹介されたのだ。
そう、彼は僧侶であり、僕は彼を「良純さん」と呼びかけて慕っている。
「僕に言われても。大体最初に年間大学開講スケジュールは良純さんに提出しましたし、講座の申し込みは良純さんの言う通りに全て組んだじゃないですか。」
彼のお陰で鬱が軽減した僕は、彼に言い返せるぐらいには成長している。
どうして元文系学部の彼が理工学部の講座の内容が判るのか解らないが、彼はそれはもう当事者の僕よりも効果的な組み合わせで講座の登録表を作成したのだ。
これが全科目勉強しなきゃ受ける事も出来ないという、元東大生の底力なのだろうか。
「あぁ?」
凄んだ金色の目で睨まれ、僕は一瞬で小さくなった。
彼は百八十を越す長身痩躯の体に、高い頬骨と切れ長の奥二重の瞳を持つ端整な貴族的な顔を持つモデルの様な外見の美僧だ。
色素が薄いのか瞳は薄い茶色で、外出時には外光が目に染みると丸型の黒眼鏡を愛用している。
室内の今は眼鏡がなく、その琥珀色の瞳を金色に煌めかせて僕を睨みつけているのだ。
あぁ、怖い。
「俺はよ、お前のお守りで最近まともに仕事をしていないんだよ。もうすぐ大事な橋場の法事があるしな。お前が俺の代りに動けなくてどうするよ。」
「その大事は橋場にだけかかるのですか?」
橋場家は世界の橋場と呼ばれるほどの大企業の経営者一族だ。
「つっこみはいらねぇよ。」
僕の欝は軽減したが、僕は別の病と事情で良純宅に居座っている。
僕は誘拐されて拷問されたトラウマによってか、降り注ぐ水に脅えるという症状を患っており、両親からは継続してネグレクトに近い無関心という扱いをうけているという事情からである。
そんな僕が、無条件に近い形で僕を庇護してくれる良純和尚に縋りつくのは当たり前の話であり、来るものは拒まずの良純和尚の家に居付くのは自然な話であるといえる。
彼は近所の飼い猫でさえ、自宅に迷い込めば「またこんなに汚れて。」と嘆きながらも風呂に入れ、しばし猫と遊び、いい加減になると飼い主に返しに行くという人情家だ。
しかし、彼は菩薩なだけでもない。
僕が怠いからと仕事に出るのを嫌がれば、彼に外に放り出されるのである。
ここで笑えるのが、僕は良純和尚によって本当に玄関から放り出されて玄関前の道路に転がされているのであり、その内虐待か暴行で彼が通報されそうな朝の光景でもあるのだ。
そして僕は何度も誘拐されかけたために、今は良純和尚が傍にいない時は警察から護衛が付くようにもなってしまった。
それは僕が老舗の武本物産の跡取りという事よりも、先日の誘拐事件の時に友人の警察官が銃撃されてしまった事の方が大きな理由だ。
警察が身内への攻撃には組織立って守りに付く習性に加えて、僕の親戚繋がりの人達による凄まじい脅迫的とも言える持ち上げが、県警本部長へ行われたそうなのである。
親戚と言っても老舗でも小売でしかない武本物産関係ではなく、僕の父方祖母の方の繋がりだ。
巨大複合企業の花房の令嬢である彼女が、財界のお歴々やそれと繋がりのある仲間を引き連れて大騒ぎすれば、どんなにお堅い所でも怖気付くことだろう。
ちなみに前述した橋場家も武本の親族だ。
さて、良純和尚は僕を通して橋場家の個人的な菩提寺となったのに、僕の扱いは今まで通りにぞんざいである。
思い返しながら、僕は心の中がほこっと温まった。
僕が単なる生活破綻者でも、良純和尚は僕を受け入れてくれるって事だもの。