呪われた現場を放置しておくのも何なので
人の遺体で作り上げられた井戸は、地中から何を汲み上げようとしていたのであろうか。
古賀教授が泥土を剥ぎ取って姿を現した遺跡とやらを、こみ上げる反吐を押さえ込みながら髙は見下ろした。地上部分は一メートルにも満たないが、そこから掘り下げていくと、小高い丘の高さそのものの深さが続くようであった。どこまでも続く人骨を組まれて作り上げられた地獄への穴倉。
古賀教授はこの骨の井戸に魅せられたのか、助手が消えた今も一人でひたすら井戸を掘っているのである。
井戸の上に設置した滑車はディーゼル電動機付で、彼女が除けた土を載せた地上に次々と自動で運び出し、しかし助手がいないために土を片せる事も出来ずにそのまま再び地下へ土が盛られたバケツが戻っていき、彼女はそれにも気づかずに延々とその盛られたバケツに土を重ねて載せていく。
「教授、そろそろ上がってきては如何ですか?」
穴の底の古賀は声をかけられても、髙が昔読んだ本の主人公よろしくひたすら土を掘っている。髙は見かねて上がって来たばかりのバケツを空にして戻してやった。そうして再び穴を覗き込むと、教授は空になったバケツを抱えるようにして一心に土を盛っている。
「あぁ、あれは砂か。砂に埋もれる村に閉じ込められる話だ。逃げたいと思い続けて、いざ逃げられる環境になっても逃げずにそこに留まってしまう男の話か。古賀さん、奈津美さん、いい加減にしないとあなたも現実社会に戻れなくなりますよ。」
数日まともに食べずに作業をし続けたからか、彼女はかなりやせ細り、けれども両目だけは爛々と狂気に輝かせて髙を見上げた。
「掘らないと、ここを掘って穴を開けないと。もう破裂しそうなんです!」
完全に常軌を逸してしまった彼女に、髙は大きく溜息をついた。
山口の報告によると、被害者は戦後に無理矢理のようにこの土地に入植した人々の子孫であった。平和でただの農村地域が、十六年前に丘の麓の家に住み着いた三人が現れてから全てが壊れたのだと、被害者の祖父母達が答えている。
「またあいつらが現れて、私達の生活を台無しにしやがった。」
楊が掘り返した風力発電機の下の遺体は、十六年前に住み着いたその三人である。彼らは土砂崩れで潰れたあの民家に住み着くと龍道を唱えだし、土地の人間でなければ龍道に殺されると子供達の額に赤印をつけていったのだという。その行為に怯えた村民は彼らを殺し、風車予定地のあの場所に彼らの遺体を埋めたのであった。
被害者の親族は、全員殺人の罪を背負っていたのである。
「因果応報とでも言うのでしょうかね。ただの復讐の呪い?それともこの穴が全てを招いたのでしょうか。ねぇ、古賀さん。上がってきて無学な僕に教えて下さいよ。」
「殺された枝野又吉は、戦前までこの土地の所有者どころか村長の子供だったわよ。又吉の子供の藤次郎が拝み屋で、孫の省吾がその手伝いをしていたそうね。疎開先から戻ったら親が居らず、それどころか家から土地から他人のもので、その恨みで一家で新興宗教詐欺でもしようとしたのかしら。宗教ならば、布施という形で土地も家も取り返せる。」
「恐怖で人を支配しようとして、恐怖で収拾がつかなくなって殺されたのかね。習俗殺人よりも嫌な集団ヒステリーの虐殺とはね。あるいはこんな土地だから起きた事件なのかな。遺体が掘り起こさせないように土壌汚染の風評被害を村民達が行ったにしては村民の損害が大き過ぎるし、組織立ち過ぎちゃっているから、こっちの方は政府の陰謀みたいに見えちゃうね。あぁ、いやだ。」
「そうなのかもよ。人を殺して人骨井戸を作る村を壊したかったのかもね。」
髙が男女の声に振り向くと、髙の元同僚で現在も公安の田辺美也子が近付いてきていた。優秀な捜査官である田辺は、どこにでもいる中肉中背の中年女性の姿形を保っている。そんな彼女の隣には楊が不貞腐れた顔で付き従っていた。




