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居場所

 駐車場から見える外は、僕が脅えるべき土砂降りだ。

 それなのに僕は普通にこうして立っている!


「あ。雨が降っているのに僕は普通に外に出られた。雨が全然怖くない。」


 そして、ここ最近は僕は良純和尚と会話をしながら外に出ていたのだと気が付いた。

 そうだ。

 雨の日だって、彼と会話しながら普通に外に出ていたのだ。


 彼が気が付かなかった?

 そんなわけはない!


 彼は僕が治ったことを知っていても僕を追い出すどころか、それどころか僕を引き止めようと治った事を教えなかったのだろうか。

 僕はあの家にずっと居ていいのだ、ということ?


 居場所を見つけたような嬉しさに、ふっと顔も心も綻んだ。


「おめでとう。今日はお祝いしましょうか。まずこの大荷物を病院にぶち込んだらね。」


「はい。」


「ちょっと、俺抜きでお祝いなの?」


 僕と真砂子は笑いながら、葉山を彼の自家用車に車椅子から乗せ替えた。

 ところで、葉山の車は紺色のレガシィであった。

 僕には葉山が警察官の理想を追っている人のような気がするので、パトカーでもよく見かける車種であるそこが葉山らしい車の選択であるような気がした。


バン!


 僕のそんな物思いを打ち破るが如き、運転席に乗り込んだ真砂子が車のドアを大きい音を立てて閉めたのだ。そして、葉山の車の選択方法に対して大きく唸り声を上げたのである。


「もうちょっと今風なのに乗ってよ。今時マニュアルでセダンって。この偏屈。」


「ウルサイよ。下手な運転でエンストさせて、俺の愛車のエンジンを痛めないでね。」


「あたしに運転を教えてもらったちびが。」


「ウルサイ。今じゃあ運転技術は俺の方が上だって。」


 葉山姉弟のぎゃあぎゃあとした掛け合いの中車はスムーズに進み、僕達はあっという間にいつもの相模原第一病院に到着した。僕には必ず何かがある魔の病院。


「クロちゃん。もう怯える事はないよ。だからもう一度輝いて。」


 親友だった柴崎は葉山の見舞いに来ている僕に会いに来て、そして僕に死体から奪った耳を捧げたのだ。僕の悲鳴が好きだった奴を殺したと。

 僕が忘れていた彼は、僕だけを思って復讐で時間の止まった世界を生きていたのである。


「俺は診察だけで病室には行かないよ。」


 葉山が僕の手の甲をそっと指先で叩きながら、僕の不安を消すように囁いてくれた。


「友君ありがとう。」



 ところが矢張りここは魔の場所でしかないようだ。

 大きな総合病院であるというだけかもしれないが。


 診察室に向かう病院廊下で、僕達は他人になった筈の男、真砂子の元夫の高部たかべ宏信ひろのぶに出会ったのである。流行を抑えた清潔感のある服装に人好きのする顔立ちを持つ彼は、僕達の姿を見かけると嫌らしい笑いを顔に貼り付けた。


「奇遇だね。僕も君のお陰で病院通いだよ。メンタルの方だけどね。」


 真砂子は彼に答えるどころか、フンっと鼻を鳴らした。そして車椅子の向きを変えようと少し動いたところで、高部がニヤニヤ笑いをしながら近づいて来たのだ。あと一メートルぐらいの所で、真砂子が低い脅し声を出した。


「私のそばに寄ったらどうなるかわかっているのでしょうね。二度と近づかないって、接近禁止令もかかっている筈よね。違反したら二十万円の罰金。弁護士事務所で公正証書を作ったはずよ。」


「うるさい!破産してすっからかんな家の奴はもういいんだよ。お前は引っ込んでろよ。俺は、そうだな。そこの可愛い子に用があるんだよ。」


 ひょいっと高部は僕を指差したのだ。


「えぇ!」


 怯えた僕は真砂子から車椅子を奪うと、葉山を高部に向けてから当たり前のように車椅子の後ろに隠れた。すると、薄情者と葉山が怒り出すどころか、清々しい大きな笑い声を立てるではないか。怪我してから初めての、久しぶりの葉山の大笑いだ。


「え?盾にして悪いけど、友君は大丈夫?」


「ハハ、全然。なんだか凄くうれしいよ。」


 盾にされて大喜びとは、葉山は山口と同じく少し馬鹿になっているようだ。葉山の劣化に不安になった僕にお構い無しに、気づけば高部は僕を捕まえる前に、恐らく動けない葉山をいたぶろうと考えたか、車椅子に向かって一歩踏み出した。


 ああ!友君ごめん!


 けれどもそれは杞憂だった。

 高部が葉山をいたぶるなど、おそらく一生無理な様相を車椅子手前で呈してしまっていた。


 車椅子から伸びた手が高部の腕を軽く引いたと思ったら、高部が車椅子のまん前でぐるりと一回点をしたのである。不可思議な状態で大転びした男は床に顔面を打ちつけたか血まみれになっており、鼻の骨は確実に折れていると素人の僕にも良くわかった。


「クロ。せっかく後ろにいるのだから、診察室まで俺の車椅子を押してくれないかな。」


「勿論ですけど、放って置いていいの?高部の顔が血まみれですよ。」


「ここは病院でしょう。大丈夫。」


「そうよ、クロちゃん。さっさと診察室に行きましょうよ。」


 僕はこの鬼畜姉弟の言うとおりにするしかないであろう。


「友君。あなたが良純さんと似てなくて良かったですよ。似ていなくても良純さんと同様のデストロイヤーです。似ていたら世界の終わりです。」


 鬼畜な弟は真っ直ぐな青年が奏でるような素晴らしい声をあげて笑い、鬼畜な姉は僕の肩に同士のように腕を回してバイキングの戦乙女のような高笑いをあげていた。

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