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自分に自信を持ちなさい

 葉山は姉の元暴力亭主に自動車で襲われたのだが、その時の怪我は肋骨の骨三本と右腿と左足首の骨折である。

 左足首は靱帯断裂もしていたけれど、左半身の麻痺が消えたと同時に綺麗に繋がっているので、骨折さえ治れば彼は以前と同じように動けるはずだ。病院の医師が全員首をかしげていたが、純粋に喜んで深く考えないで欲しいものだ。


 いや、深く考えてくれたからこそ、葉山の退院に際して、見事な程のリハビリスケジュールと経過観察日を設けたのだろうか。


 さて、今日は葉山がそんな経過観察をされるための通院の日であった。

 ギプスはまだ外れないが、ギプスをしながらのリハビリなども診察後に一緒に行うのだそうだ。

 僕は葉山の通院の付き添いの同行を真砂子に頼まれて、葉山家へと彼女に連れ込まれたのである。


 正しくは、突然の午後の授業の休講を知った良純和尚に真砂子に売られたというのが真実であるが、合鍵を貰った葉山の自宅に遊びに来て見たかったのだから大歓迎だ。


 葉山が借りている部屋は六階建てのハイツで、建物の西側が階段状になっているためか、三階でも葉山の部屋は日当たりも眺望も良くて開放感もあった。

 建物の築年数は古いが外観も共有部分も管理状態がよく、2LDKの部屋は古いからこそ広めで、なによりもエレベーターの存在は大きい。

 特に今の状態の葉山には。


「凄くいい部屋ですね。友君は物件を見る目があるって、良純さんはきっと言いますよ。」


「俺が選んだわけじゃないけどね。」


 僕は心を浮き立てさせながら葉山の自宅を訪問したのだが、彼は現れた僕の姿を認めると、喜びの笑顔どころか僕には初めてになる皮肉そうな表情を僕に見せたのである。


「えと、僕が嫌でも我慢して。今は人手が必要でしょう。」


「クロちゃん、あなたが嫌なんじゃなくて、好きな子に情けない姿を見られているって馬鹿な男のプライドを気にしているだけだから気にしないで。こういう場合こそ同情を引いて利用するべきでしょうに。馬鹿なトモ。だからモテないの。」


「最悪。昔のおっかない姉さんに戻ってくれて嬉しいよ。」


 彼は僕の知らなかった弟の顔で姉に悪態をついてから、僕を手招きをした。

 僕が彼が座るベット横に辿り着くと僕の肩に腕を回して体重をかけてきたが、なんだか介助と言うよりもベッドに座る彼に引き寄せられて抱きしめられた感じだ。素直な弟は姉の言うとおりにって?


「ごめんね、重いでしょう。情けないよ。まともに一人で動けもしない。」


 僕はいつもの葉山でしかない彼に微笑んだ。

 繊細で誰にでも優しい、気味が悪い僕にも最初から優しかった彼だ。


「すぐに治ります。それよりも僕が非力でごめんなさい。」


「気にしないの。好きな子にべったり貼り付けるいい機会を堪能しているんだから。玄人君、あなたはそのまま横にいて、私がトモを持ち上げたらトモの腰を車いすに押し込んでくれないかな。」


「え?真砂子さんが持ち上げる?」


「さぁ、この重たいだけの荷物を運ぶわよ。いち、にいの、それ。」


 僕が驚くその目の前で、彼女は葉山の正面にまわると肩甲骨を両手で支えながら、葉山を斜め前にと引っ張った。人間は前屈姿勢になると腰が上がるを実践してくれたのだが、僕は両足が折れている葉山を早く座らせようと気ばかり焦り、彼の腰を少々乱暴に車いすに押し込んでしまった気がした。


「だ、大丈夫だった?痛くなかった?」


「ハハ。大丈夫。姉さんは以前の酷い鬼姉貴だ。元に戻っちゃうなんてさ、百目鬼さんって、本当に凄いねぇ。俺も百目鬼さんみたいになりたいよ。元に戻ってもさ、俺は格好悪いだけの男だからね。」


 葉山は冗談めかして言葉にするが、最後に助けたのも姉を変えたのも自分じゃないのがやはり辛いのか。真砂子は気は強いがいつも自分よりも家族を大事にする人で、母親の事業の悪化に最初に気づいて大学に行かずに看護士になり、母親が会社を潰した時には大学生の葉山と母親の面倒を見ていたのだと入院中に葉山が語っていたことを思い出した。


「僕は尊敬をしても、友君を格好悪いと思った事など無いですよ。」


 僕の返答が間違っていたのか、彼は僕を驚いたように見上げてじっと見つめるだけだ。


「俺は格好悪いでしょう。間抜だから流され署に居るの。俺は仕事も姉も守れない。」


「守っているじゃないですか。僕と良純さんと一緒です。僕がこうして顔を上げられる元気が出来たのは、いつも良純さんが見守ってくれるからですもの。ねぇ、真砂子さんだってそうでしょう。友君のお陰で心の怪我が治っていたのでしょう。」


 僕の言葉に真砂子が軽やかな笑い声を立てた。


「その通りよ。私はあんたに守られていたし、今でもあんたに守ってもらっているわよ。経済的にも精神的にもね。なかなか一歩が踏み出せなかったのは、怖いって電話すると必ず駆けつけてくれるあんたに甘え過ぎていたからよ。」


「俺にはそれくらいしか出来なかったけれどね。」


「それが一番嬉しかったの。あんたに守られて自分の価値を思い出せたのよ。人間ね、自信を失うとドミノ倒しのように全部が駄目に思えるの。私がいい女だって思っていれば、あんな男なんかさっさと切り捨てられたのよ。大怪我を招いたのは私だわ。ごめんね。」


 真砂子の辛そうな言葉に僕は楊の言葉を思い出していた。


「かわちゃんはいつも僕に自信を持ちなさいって言うけど、そういう事なんですね。」


「彼も素敵よねぇ。」


 僕らは家族のように笑い合い、真砂子と僕は部屋を出てから駐車場への道のりを代り番こに葉山の車椅子を押したのである。そして下の駐車場に辿り着いた時に、外の土砂降りを眺めながら、僕は自分の変化にようやく気がついた。

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