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山口君が?

 今泉の顔立ちの変化は、まるで彼女の性質そのものを現すようでもある。

 彼女はカチッとした濃灰色のスーツを着込み、伸ばしかけの納まりの悪い髪を後ろに縛っただけで化粧も殆んどしていない。

 いかにもな働く女の姿で気の強いフリをしているが、彼女は本当に気が強い葉山の姉と比べると、綿菓子ほどのフワフワだ。


 あれはやばすぎる。


 俺が全て責任を取ってやるから好きにやって来いと送り出したら、姑に奪われていた自分の新車を暴力夫の実家にぶち込んだのである。

 彼女は自分を解放してくれたのは俺だと言い、俺に惚れたと言ってくれたが、俺は普通の繊細な男でしかないので豪胆すぎる彼女をお断りするしかない。


 先日の楊邸では、川の字になって寝ようと誘う葉山と山口の目の前で、「あんずちゃんは家で落ち着きたい。」と玄人を言い聞かせて泊まらずに帰った。

 泊まったら確実に襲われていただろうからな、俺が真砂子に。


「山口な、目が見えないみたいなんだ。」


 あぁ、いけない、今は山口だったと、俺は楊の説明に集中することにした。


「今は医務室にいる。言葉もうまく回らないみたいでね。病院でも原因不明って言われたからお前に見せればって。大丈夫か?お前も同じ症状になるようならこのまま帰ってもいいからな。」


 楊は玄人に選択権を与えたが、玄人は楊に返事どころかあらぬところを見つめていた。

 先程に神社の話の最中におかしくなった様子とも違い、彼が遠くの何かを見つめて動きを止めているだけなのだが、彼が見つめている方向は窓だが、外を見ている視線ではなく、窓の辺りにいる何かを見ている視線なのである。


「武本、くん?何を見ているのかなぁ?」


 そっと楊が武本が握るマドラーに手を伸ばしたが、あらぬ所を見ている筈の玄人は楊のその手を左手で遮り、あろうことか右手に持つマドラーを俺の袂に突っ込んだ。


「ちょっと、ちびったら。百目鬼返して。」


「お前もしつこいな。いい加減に諦めてくれてやれよ。」


「えぇ!」


「しっ。」


 俺達を一切見ることもしないで楊どころか俺にまで失礼な返しをした玄人は、窓の向こうを見つめる両目をすがめ、そこにいる何かにに対して睨んだ顔つきとなったが、数秒の後にふぅっと大きく息を吐き出した。

 そして見るからにがっかりした様子で、頭をがくりと俯けてしまったのである。


「おっけーです。」


「どうした?」


「すいませんでした。失礼な事をしちゃって。」


 玄人は情けなさそうな顔を上げて俺達に謝ると、再び頭をがっくりと下げてぼやきはじめたのである。


「学校があるのに六月に新潟行きかあ。勝手に現れて、勝手な事をほざくんだもんなぁ。」


「玄人君?どうしたの?それで山口は大丈夫なの?今のは何だったの?」


 意味不明の玄人の状態に髙も不可思議なのか、疑問詞しかない語り掛けである。

 そんな髙のセリフに玄人は再び顔をあげると、本気で忌々しそうな表情を作って見せた。


「お前もそんな表情をつくれるんだな。」


 噴出した楊とは反対に、玄人は肩を落として大きく息を吐いた。

 すると、前髪がぼふっと上に舞い上がり、その素振りで唇を突き出した小憎たらしい顔付きを露にしたが、俺には物凄く可愛らしい素振りであった。


「玄人くん?」


 山口への心配で待ちくたびれたか、髙がそっと玄人の肩に触れて促すと、玄人は目線を落として「すいません。」とだけ呟いた。


「……駄目か。」


「違います。態度が悪くてすいませんです。勘違いをさせてしまって。」


「いいよ、君のはまだまだ態度悪いに入らないから気にしないで。可愛いくらい。」


「ありがとうございます。髙さん。それで、えっと、淳平君の顔に被害者の切り落とされた手が貼りついているだけです。これは良純さんでも祓えますけど、物体の無い概念的なものでしょう。消しても消しても次々淳平君に憑いちゃうのでどうしようかな、と。そうしたらウチの白ヘビ様が淳平君の守りに付いてくれるって言うのですけど、六月にお礼参りしないといけないそうです。それで、淳平君に氏子になれって。悪徳な押し貸しですよねぇ。」


 段々と嫌だ嫌だという風にトーンが暗くなりながらも玄人は普通に話すが、この部屋の空気は確実に数度は下がっていた。

 髙は当たり前だが予想外の答えにただ固まっており、楊などは怯えた顔で椅子から立ち上がり、ぐるぐると部屋を見回すという壊れたような振る舞いをしだしている。


「白ヘビサマ?白ヘビ?いたの?この部屋に?うそ?蛇?いるの?まだいる?」


「その六月って、六月には何かあるのか?」


「祭りの季節です。稲の豊穣をお願いする祭りですね。今年の夏は青森に行かなきゃいけないのに、六月は新潟かあ。祭りのその日でなくて漠然とした六月指定で良かったけど、おじいちゃんに泊まりに行くって連絡しないと。大丈夫かな、僕は高校からずっと疎遠だったから。」


「俺も付いて行くから心配するな。」


「そうしたらアンズちゃんは!」


「お前はモルモットの世話を俺にさせるつもりだったのか?ふざけやがって。連れて行けばいいだろう。自然で遊ばせてやれ。」


 そして自然に帰してやれ。と、心の中で叫んだ俺に玄人は良い笑顔見せて返事をした。


「そうですね!新鮮な草、いいですね!」


 俺は自分の発言のせいで毒のある野草についてこれから調べなければならないとガッカリだ。アンズが毒草を食って死んだら、確実に落ち込むだろう玄人を慰めるのも面倒だが、俺のせいだと玄人の馬鹿が聞き分けが悪くなったらもっと困る。


「それで、山口君はどうすればいいのかしら?」

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