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白雪姫と楊

 髙が入室した瞬間に玄人は倒れた。

 ふっと彼の意識が無くなり、隣に座る俺の方へと彼が倒れこんできたのである。

 俺は彼を受け止め、先ほどまで座っていた座面に彼を座らせるように腰を下ろさせてから彼の上半身を俺の膝へ寝かせた。


 彼の顔を飾る瞳は長い蝶々のような睫毛で縁取られているが、その長いまつ毛が光を遮り彼の目元に暗い影を落としており、東北人特有の色白の肌は死人のように青白い。

 俺の膝の上の彼はその青白さと影によって、不吉な死化粧を施されているかのようだ。


 だが、形のよい唇が水蜜桃を思わせる美しい桃色を保ってほのかにぷっくりとしており、その美しい唇が放つ瑞々しさが、彼を完全な死体ではなく必ず目覚める白雪姫を連想させる風情でもあるのである。


「なんて綺麗なの。白雪姫みたい。」


「え?」


 俺は自分の思考を読まれたようで慌てて発言主に顔を向けたが、彼女は俺の視線に気づくと赤らめた顔を背け、戸口に立つ苦虫を噛み潰した顔の髙を押し退けるようにしてそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 楊の周りにいる女性としては、かなり普通の、いや、かなり可愛いと言える女性では無いだろうか。

 そこに気が付かないから楊は寂しい人生なんだよなと、ぼんやりと考えてしまった程だ。


「ほら、ちび、チョコレートだ、チョコレート。」


 俺が哀れな親友を見返せば、楊がいつの間に取り出したのか、チョコレートの大きな塊がついた木のマドラーを武本の顔の前で振りだしていた。

 正確には俺の膝に玄人が上体を乗せている状態なので、俺の胸元で煩く楊がマドラーをぐるぐる回しているが正しい、だろう。


 俺は親友を哀れむのを止めた。

 こんな男と付き合ってしまったら、女性の方が哀れだろう、と。


「何だよそれ。」


「知らないの?ホットチョコレートが作れるマドラー。このまま齧ってもおいしいの。」


「いや。封も開けていないそれを顔の前にいくら振っても、気を失っている奴にはわからないだろ。」


「えー。封を開けたら食べないとだよ。食べないのにもったいないでしょうよ。これ、たった一本で四百円くらいするんだよ。高いんだよ。」


 俺が楊と玄人に似たところがあるなと気がついた所で、玄人がようやく気がついたようだった。

 彼は瞼を開けたいのに開けれないという風に瞼をびくびくと動かしている。

 辛そうに顔は歪められ、俺達の心配が高じて呼びかけようとしたその時、目を閉じたままの彼はぼそぼそと呟き出したのである。


「手首と……膝から足が無い。足が無い。手はどこ?どこ?手は、どこ?」


 ぼとりと楊は持っていたマドラーを玄人の額の上に落し、その衝撃か玄人の目がパッと開いた。

 パッと目を開けた彼が顔の上のマドラーに気づくと、彼にしては凄い素早さでそのマドラーを両手でぎゅっと掴んだのである。


 誰にも渡さないという意志を持ってだ。


「あ、ちび。それ最後の一本だからさ、返して。」


 玄人は俺の膝の上で楊にマドラーを取り返されないように身を捩り、楊はデスクから体を乗り出して玄人の肩を揺さぶり始めた。


「ちび、返して。それ俺の。ハードワーカーで可哀相な俺のアイテム。返して。」


「やりたくないなら最初から出さなきゃ良かったじゃないか。」


「ほら、かわさん、いい加減にして。それで、玄人君は大丈夫なの?」


 ようやく動き出したか髙が仲裁に入ってきたが、彼の声はとても疲れていた。

 玄人も髙のその声にの調子に気がついたのか、俺の膝の上からようやく身を起こしたのである。

 彼を支える俺の手に彼のかすかな振動、おそらく彼の体の震えが伝わり、俺は玄人を解放せずに上半身を抱きかかえるようにして髙に向き合った。


「こいつに何をさせたかったんです?今はこんな状態ですからね、出来る出来ないを先に判断したいので話してください。」


「山口が急に壊れたからさ、お前なら何とかできるかもと思ったけど、辛いよな。」


 しかし、答えたのは楊であり、玄人は楊の言葉に俺の腕の中で起き上がろうともがき始めた。

 俺がそんな彼を解放して椅子に座り直させると、ちょうど戻って来た今泉が玄人の所に真っ直ぐにやって来て、彼女が手に持っているコーラを玄人の目の前になるようにして楊のデスクに置いた。


「ありがとうございます。それで僕はもう大丈夫です。大丈夫。それよりも、山口さんがどうかしたのですか?」


 今泉は困った顔で微笑んだ。

 微笑むと彼女の目元にはふっくらとした涙袋が出来て、途端にその鋭角な顔立ちを柔らかくさせた。


今更ですが、楊は通常では「やなぎ」や「よう」と読む苗字です。

かわやなぎがネコヤナギという所もあり、「かわちゃん」呼びされる甘いキャラが良いなと思い、かわやなぎという名前のキャラは一番最初に決まりました。しかし、キャラに肉付けをしていく際に「川柳」「河柳」の字面はウチの勝利君には似合わないと気が付きました。

ネコヤナギの樹液にひっつくカナブン、という金虫リリコも作っちゃったのに。

そこで、万葉集で楊と記載された時はかわやなぎと読むので、楊の文字を苗字に当てる事にしました。

楊勝利。

わあ、なんかヤン・ウェンリーと読み違えそう。

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