栄光ある撤退
楊と宮辺が戦々恐々と髙を見守っていると、髙は機嫌が良すぎる声で古賀におもねるようにして喋り出した。
「古賀先生!これは土の中にある方が歴史的遺産であると?この遺骨は全部犯罪被害者ではないと?少なくとも十六年前の物があるのでは?」
彼女は髙のセリフにあった十六年に一瞬考え込んだが、すぐさま顔を上げて髙を見返した。
「これらは新しくても戦前のものですね。十六年ぐらいの近年のものはありません。おそらくこの塚を見つけた犯人が、丁度良いと遺体を隠しただけでしょう。」
「ありがとうございます。では、ここを埋め直します。皆さん、安全を確認しながら、全部埋め直して下さい。土砂がこれ以上流れないように、しっかりとお願いしますよ!」
楊の隣の宮辺がぶっと噴出した。
「やばーい髙さん。」
宮辺が喜ぶ反対に、驚き慌てたのは古賀だ。
彼女は呼ばれて現場を目にした途端に、大学から機材と助手二名を呼び出してここを陣取るや、警察の鑑識を遺跡発掘班のように命令し始め、作業に一々文句をつけ、鑑識作業が一向に捗らなかったのである。
今泉はそんな鑑識をねぎらい、古賀と協調関係を保てるように数日間一人で頑張っていたのだ。
「君もやばいよ。今泉を怒らすためにわざと転がされたでしょう。」
「あの人、我慢強過ぎるからね。ちょっと真っ直ぐすぎて機転が利かないって言うか、優しいおっとりさんなのかな。」
「えぇ、俺は毎日怒られているよ!目茶苦茶怖いよ!」
「だってかわさんて、怒られることばっかりしているじゃない。」
「変な藻を育てて遊んでいる君に言われたくないね。」
「新発見だったらって、かわさんこそ実験を楽しんでいる癖に。」
しらっと言い返してきた宮辺に、楊は両眉を軽く動かすに留めた。
楊には相棒の動きの方が重要だ。
髙には楊達特定犯罪課の仕事を五人の殺人事件の捜査だけに絞れるように、その他大勢の遺骨には「事件性無し」のお墨付きを古賀からもぎ取ってもらわねば為らないのだ。
「え、ちょっと。埋め直すなんて!」
「ですが、埋まっていた方が学術的価値が高いのでしょう?」
「全部埋まったら、骨の鑑定が出来無いではないですか!」
「じゃあ、全部掘り起こして持っていきますか?私達は警察でしてね、学術的価値よりも社会的安全を一番に考えないといけないのですよ。この中途半端なままでは土砂崩れが再び起こる可能性が高いですよね。」
そこで言葉を切った髙は、わざとらしくスマートフォンの画面を覗き込んだ。
「週間天気予報によると、うーん、週末には雨かぁ。どうします?持っていきますか?埋め直しますか?二次災害が起きて人的被害が出たら如何されます?」
古賀は殆んど貝塚状態の遺骨だらけの井戸を見下ろして生唾を飲むと、強く決意したかのような顔で睨むように髙を見返した。
「骨を全部、いえ、ここを全部、私の研究室が頂きます。私がこの現場を管理しますから、今後の憂いにはご心配なく。」
「判りました。では、殺人事件の現場検証の際にはご協力をお願いします。」
晴れ晴れとした顔の楊の相棒は、上司である楊を見返した。
楊は相棒のろくでなしさに呆れながらも、上司らしく現場の部下達に叫んだ。
「事件性が無いようですので、僕達はここを撤収しまーす。」
泥まみれの宮辺が、そっと楊に囁いた。
「シメがそれじゃあ、威厳が無いって。」
「宮っち煩い。」