かわちゃん、オカルトっぽい現場に立つ
「どうして僕の部下はお馬鹿さんばかりなんだろう。」
「それは僕も入るの?」
楊はちらりと横に立つ髙を盗み見た。
「君は僕を猿回ししている人でしょうが。僕が君の猿。そして、見てよ、これ。君と署長がでっち上げた課長の僕は、こんな現場で踊らなければならない。」
彼らは小高い丘に、しかしながら見晴らしも悪い日当たりの悪い場所に立っている。辺りには異様な臭いが篭り、ぬかるんだ赤土は色々な物を含んで茶色の汚濁そのものだ。
武本の言うとおりに土砂崩れが起き、その土砂崩れによって民家一棟が泥土に埋まって全壊した。
家屋は十六年前から空き家であり人的被害は無かったが、泥土が崩れ落ちて表土を失った丘にはぽっかりと奈落の穴が開いていた。
数年以内のものと思われる遺体五体と、年数など測れない古い遺骨が溢れ出す情景に、地獄への入り口と錯覚したのも仕方が無いだろう。
遺体を吐き出した穴は、人の口のような歪な楕円の形をしていたのだ。
土中から飛び出している骨で編まれた建造物は、歪な口に生える腐った歯だ。
腐った遺体によって腐った土は異臭を放ち、底の知れないその穴が、見通せない土で埋まっている下にも延々と人骨櫓が続いているだろう事を、現場に立つものならば誰にでも容易に想像させた。
そのようなろくでもない現場は、楊の「特定犯罪対策課」に回される。
相模原東署の神埼署長が、出世させても役が無い楊のために敢えて創設したその課は、所轄の管轄を無視して相模原市内の特定の事件を請け負うのである。
特定とは、呪術や習俗の関わったとみられる、捜査しても無駄骨が多そうな、つまりこの現場そのものを指し示している。
よって楊は、本来の管轄の担当刑事から、全く手付かずの現場を丸ごと手渡されたのである。
現在、比較的新しい遺体五体は簡単な検死の上で解剖学教室に既に運ばれて解剖を待っている状態であるが、残った遺骨は考古学の教授による鑑定待ちである。
殺人の時効が消えたにしても、現代のものでない遺骨の捜査などする必要は無い。楊の友人の鯰江と同じ大学に所属する古賀奈津美教授が立会い、古い遺骨の時代検証をしているのである。
古賀奈津美は鯰江が怯えるほどの女傑だと楊は呼び出すまで怯えたが、実際は精力的だが気配りもあって親しみの持てる五十代半ばの女性であった。
楊は現れた彼女に肩透かしをも感じたが、大きな体の割には小心者の鯰江だからと思い直した。
ところがなぜか髙が古賀と幾つか会話をした後に、楊が恐れる新しい部下の一人である今泉杏子警部補を呼び出すや、彼女に現場の監督を任せてしまったのだ。
楊と髙がここにいるのは、楊が先日発掘した三体の遺体が土砂崩れで潰れた民家の行方不明の住人であった関係である。
彼らの骨に撲殺も刺殺の後も無い事と遺骨に絡まる縄の残骸から藻が検出された事から、彼らは池で溺死させられて埋められたものだと看做された。
また、彼らは十六年前の村民であった人々の記憶よると、拝み屋のような事を村で頼まれれば行う一家でもあったようだった。
「あの三体の枝野さんは、ちびの言うとおりだと、祭主ってところだよね。村の内緒の慣習的殺人?柳田国男の世界だねぇ。十六年前なんてほんのちょっと前じゃない。」
「習俗殺人なんてよくあることなんだから、そんなにいちいち騒がないでくださいよ。」
「そっちのが怖いわ。」
楊が相棒と言い合っている目の前で、不穏な大騒ぎが起こり始めた。
「よけいな口出しをしないでください!あぁ、勝手に機械に触らないで!」
「うちの署員に何をなさるんです!」
楊の目の前で古賀教授に鑑識主任の宮辺壮大が突き飛ばされ転がり、そこに割って入った今泉が物凄い剣幕で古賀に挑みかかったのである。