気持は楽になった、けど?
僕に気付かれた事を知ったそれ、ここにいるはずのない白い文鳥は、キャリーからパタパタと羽ばたいて飛び立った。それは僕の周りを飛び周り、僕の頭の上にふわっと降り立った。
その子が頭の上にいる事が嬉しく懐かしいのに、僕の胃はずしんと重い。
「どうしたの。」
葉山の声にはっとして彼を見返すと、彼はにっこりと笑いかけてくれた。
彼は普段は固そうなのに、笑顔になるとその固さが消えて柔らかで清々しい印象に変わる。
彼の笑顔に小鳥の幻影による違和感がすっと消え、代りに妖精のような人が僕の脳裏に浮かんだ。
「佐藤さんはお見舞いに来ました?」
僕は彼に思わず聞いていた。
楊の部下の佐藤萌と水野美智花の二人は、僕の一つ上となる二十二歳の若き巡査達である。
四月から刑事に昇格し、大学での僕の警護をこの間まで交代でしてくれていた人達でもある。
現在は僕が良純和尚に大学に放り込まれてから彼が迎えに来るまでの間、本部の警備部の坂下克己警部が人選した相模原東署の警備課署員の二名によって警護を受けている。
「水野さんと一緒にね。武本君の事、元気かな?って。最近会っていないの?それならメールくらいしなさいよ。君の警護から外れたなら、彼女達は普通のお友達でしょ。」
「いいの?メールして。それで、僕が普通のお友達ですか?」
「彼女達はそう考えているみたいだよ。妹分だって、以前から勝手にクロって呼び捨てじゃない。君だって、二人と一緒の時はさっちゃん、みっちゃんと呼んでいるのでしょう。」
僕は感動しただけだ。
そう、あの二人が優しいって。
でも、僕の顔がどうかしたのか、葉山は慰めようとしてか、僕の頬から頭を包むよう添えた右手と背中に回した左手で僕をそっと抱き寄せた。
僕は彼の折れた肋骨の事を考えると、彼を押しのけるなど出来ないどころか彼のなすがままだ。
でも、抱いている時間がちょっと長くないですか?
「え、ちょっと、友君。クロトは僕のモノだから。抱きしめ禁止。返して。」
取り返そうとする山口にも抱きしめられる事は明白だけど、このちょっと停滞した状況では助け舟にも思えるから不思議だ。
「あぁ。クロって本気で抱き心地いいよね。全然男臭くないし、柔らかすぎない所もね。」
はい?
僕は恐る恐る葉山を見上げた。
「あぁ、可愛い。これ、これだよ、これ。いつも思うんだけど、吃驚して見上げた顔が凄く可愛い。そうか、そうか、そうだよ、クロ。俺も自分を解禁していいんだよね。なんだ、自分がおかしいとか今まで悩んでもいたけれど、うん、全然大丈夫じゃない。」
僕は何がどうしたのかわからないまま、山口によって葉山から引き離された。
そして山口は引き離した後に抱きしめる事を珍しくせずに、僕をそのままソファに放り出すようにして、ぽん、と座らせたのである。
葉山の姉も楊も髙も良純和尚までも、諍いを始めた二人にぽかんとした顔だ。
「ちょっと、友君。クロトは僕の恋人だから。ダメだから。別の子にして。普通にお見舞いに来た佐藤さんや水野さんでいいじゃない。ほんと、駄目だから。」
山口は偉そうに葉山の前に仁王立ちして、頭が悪そうな内容を宣言して葉山を言い聞かせようとしているが、いや、その、ほんと、君も駄目だから。
「何言ってるの?まだしてないんだから恋人じゃないでしょう。それに俺は、男の子が好きなわけじゃないから。普通に綺麗な男の子を見てもそんな気にならない。クロがちょっと気になるって言うか、そういう目で見た時に顔が凄い好みなんだよね。」
「顔だけの人にクロトは渡せないよ。」
葉山の山口に言い返した言葉は気もそぞろな風だが僕には怖い内容で、それに対して決意を見せた顔付となった山口が葉山に言い返したのだが、なんか、小学生の喧嘩みたいだ。
「山さんだってあの顔がいいって言っているじゃない。君の元同僚の公安刑事達が、クロならできるって言うの聞いてから、俺はやっぱりおかしくないかなーなんて思い始めてね。弟が欲しかったから、とか、女装した時のクロをアイドル的に好きになったのかなって、一々クロを気にしている自分がおかしいって、色々と自分的に考察してみていたけれどね。俺はクロそのものならいける気がする。最近の女の子にはない、楚々とした所もかなりそそるというか。」
僕は二人に、というかかなり葉山に呆然として、いつもと違う行動を取った。
「かわちゃん!この馬鹿二人に、僕はお断りですって、角が立たないようにどう言えばいいですか!」
大声で楊に助けを求めたのである。
いつもと違う行動って不確実なものだ。
楊は僕に親指一本立てただけで、腹を抱えて大笑いするだけだったのだ。
でも、えー?葉山が?きっとダイダイがおかしいからだ。
ダイダイを急いでなんとかしないと!