神木の力
「凄いですね。ちっちゃなライト持っていたり、以前暴れた時の特殊警棒も。淳平君は四次元ポケット持っているみたいですね。」
木の根元を調べている山口が、僕の言葉にアハハと笑い声を立てた。
ダイダイがおかしいと来て見れば、風が吹くたびに次から次へと葉を落としていくダイダイの哀れな姿であったのだ。
「あぁ、あった。ココか。根元の方。わかる?穴が空けられている。たぶんここから除草剤を入れられたんだね。」
「何て酷い。」
「どうしたお前ら。」
楊が僕達を迎えに来たらしい。
今のところ出来る事が無いのだから、僕達は戻るしかないな。
「誰かが木に穴を開けて除草剤を入れたようですね。木が枯れかけている。」
山口の言葉に楊は木を仰ぎ見た。
「可哀想にな。明るい時に見ていなかったから気づかなかったよ。助かりそうか?」
「わかりません。明日にでも橋場の善之助おじいちゃんに腕のいい庭師を紹介してもらいます。この木はただの木じゃなくてご神木だから、助かるといいですね。」
「ご神木だったの?」
聞き返して来た楊が大層驚いていた様子に、僕こそ吃驚してしまっていた。
「あれ、教えてなかったっけ?もう一本有ったのですよ。大通りのど真ん中に。そして、その間に小さな祠です。お墓かな。南の大きな神社にあった神木の苗だったのがここで根付いて。それで、ここら一帯はこの木のお陰で神域で清浄だったのに。この木が駄目になったら、綺麗だった分不浄が一気に押し寄せますから大困りです。」
「不浄?」
「さっきの現象みたいな。あんな事がここでは絶対に起こるはずが無かったのです。僕が怪我した時に蜘蛛が現れた時点で気づかないといけなかったのに。すいません。」
僕は楊邸のリビングルームでトラックにつっこまれ死に掛けたが、前夜に危機を知らせる蜘蛛が僕の目の前に現れたのだ。
僕の言う蜘蛛とは、小動物の霊である。
ただの霊ではなく、呪いを使うものに身代わりとして使われた可哀相な霊だ。
呪いで死んでしまったが為に呪いそのものとなった彼らは、生前の姿を失って胴体の無い蜘蛛の様な姿形に成ってしまっている。
彼らはそんな酷い目に合いながらも、人間に可愛がられた記憶だけで僕の所に擦り寄るのだ。
「蜘蛛?」
あ、楊には判らないのだった。
思わず山口と目線を合わすが、山口は猫の様な瞳をただの笑みにして僕を見返すだけだった。
「ただの戯言だからそこはいいだろ。馬鹿共が何していたか判ったならさっさと戻ろう。俺は腹が空いた。」
やっぱり良純和尚が助け舟か。
最近の山口はちょっとおかしい。
馬鹿一直線降下中だ。
「困った時に百目鬼さんより僕に助けを求めるなんて、クロトは可愛い。」
きゅっと肩を抱かれて囁かれた。
あんなに頼りになった山口はどこに行ったの?
山口に疑問符ばかりの頭でリビングルームに戻ったら、葉山が困った顔をして僕を待っていた。
彼の手元にはアンズちゃん!
「すいません。ずっとアンズを抱かせちゃって。おしっことかしちゃいました?」
葉山はくすくす笑いながらアンズを僕に返すように持ち上げ、僕は彼女をそっと受け取った。
すると、空になった彼の膝が汚れているどころか、幾枚ものキッチンペーパーが敷いてあった事に気が付かされた。
「うわぁ、さすが。」
「俺は飼育経験者だもの。可愛くて最高のペットなんだよね。この尻癖さえなければ。」
モルモットは脅えると当たり前のようにおしっことウンチを漏らすが、落ち着いた時でも、落ち着けるそこでウンコとおしっこを垂れ流すのである。
「この子をくれた人は、うんこ製造機って呼んでました。」
僕がアンズをキャリーに帰している横で、葉山が膝の上のキッチンペーパーを丸めてゴミ箱に捨てていた。
ゴミ箱に捨てられた丸められたキッチンペーパーは白い塊で、それは何かの姿を僕に思い起こさせた。
カツン。
ペットキャリーに設置された小型の水ボトルが、アンズが咥えたことで金属音を立てただけであるが、僕はその音によって自然とキャリーを見返してしまっていた。すると、キャリーの上にちょこんと白い文鳥が乗っていた。
罪に潰されそうだと、僕はひゅうっと息を吸い込んだ。