俺の業
「あー、スキニーだ。いいねぇ。俺は触った事ないんだよ、いいかな?」
葉山の歓声に目を開けたが、馬鹿に出来た友人はやはり馬鹿だったと認識するだけだった。葉山は嬉しそうに玄人のモルモットを受け取って可愛がり始めているではないか。
「葉山さんもモルモットが好きなのですか?」
「小学生の頃に飼っていたからねぇ。アビシニアンって三毛の巻き毛の子。ハムスターよりも長生きするからってね。五年ちょっと生きたかなぁ。この子の手触りはいいね。」
「僕は動物を飼った事が無いからなぁ。可愛い?僕にも抱っこさせて。」
言うが早いか山口は玄人本人を抱きしめ、「やっぱり可愛い。」とぎゅっと力も込め、山口に抱きしめられた玄人は、彼の腕の中で小動物のようにキュウとなっている。
元公安の山口は、玄人がドストライクと公言する同性愛者でもあるのだ。
「動物嫌いって言っていたのに、こんにちはと、ペットキャリーを持って来るもんだから吃驚したよ。葉子さんの所でといい、あいつちょっと変わった?萌ちゃんと再会出来たからかな。変わっていたらいいよね。」
鳥をくっ付けたまんまの楊が嬉しそうに言うが、髙が楊に言い返した。
「あの子は優しいだけだよ。なずなにもかわさんの鳥にだって、傍に来て悪さをしても何もしないでしょう。されるがままで。変わっていなくてもいいんだよ。」
「えー、髙こそ変えたいって言ってたんじゃん。」
「そうなんだけどね、もういいかなって。今のあの子のままでいいよって言ってあげることこそあの子には必要かなって最近思ってね。そう思いませんか?百目鬼さん。そっちの方がこっちの世界に留まりたいって頑張るかなってね。」
俺は髙の言葉で、とても後ろ暗い気持ちになってしまった。すると、黙り込んだ俺の目の前で、悪戯そうな声音で楊が髙に囁いた。
「今までの考えが変わる位にラブクラフトはそんなに哲学的なの?髙ね、最近ラブクラフトを読んでんのよ。」
山口に抱きしめられたまま固まっている玄人を、髙はせつなそうに眺めていた。
「あの子さ、自分は変容をするべきだって柴崎に言っていたんだよ。死者の国に取り残されるなら、自分が変容してしまえばそこが天国になるからって。可哀相でね。」
柴崎は玄人と早川の小学生時代の共通の友達だった。
玄人を独占したい思いで柴崎が早川の手紙を取り替えたために、玄人はいじめに遭い、同じく同級生に憎まれた早川は妹が彼女と間違われて乱暴されて自殺した。
柴崎はその復讐を早川の兄と二年間も続けていたが、早川の兄の死を受けて自首した彼は、再会した玄人と語り合いながら死んだのである。
「やめてよ。おバカはまだそんな事言っているの。オカルトから離せばいいのだろうけど、実際あいつの言葉で見つかった遺体やら、助かった人間がいるからねぇ。本当に何なんだよ、あの武本家のルールは。」
俺も髙も憤る楊を見つめて、同時に大きく溜息をついた。
玄人が実母を自分が虐めで殺されかけた日に亡くしている事実を、俺達は未だに玄人に伝えられていないのである。
彼が壊れても俺が面倒見て支えられればいいのだと、俺が伝えて玄人に真実と向き合わせようとも考えたが、今の状態では、彼が壊れれば親族が彼を俺の手から奪うだろう。
その展開は俺には絶対に許せないものであるのだ。
本当に俺は情けない。
俺は愛人の子供として本妻のいる家で育ったが、一度だって家族だとそこで感じたことは無い。
家族というものを俺が知り体験出来たのは、親友の鈴木を喪った苦しみに耐えられないと仏門に下った俺を、弟子どころか養子にまでしてくれた俊明和尚との四年間の暮らしだけなのだ。
それも、共感力のない俺では当時の俊明和尚の気持ちや考え方が掴めないと、俺の後を付いてまわる武本を以前の俺に重ねて想像している体たらくでもある。俺は自分の情けなさから自分の為だけに玄人を手放せないと、玄人を親族に奪われてはたまらないと、武本家の言葉を守って動けなくなってしまっているのだ。
「成年後見人の請求をされないように気を付けろ。」