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垣根を超える?

 春のうららかさが感じられる風景の中、歌を詠みたいと思う者がいるわけも無く、黙々と発掘作業だけが行われていた。


 作業をする者達の殺伐とした気持ちを煽るかのように、十五メートルも無い彼らの頭上において、風力発電らしき風車が春の風に重低音の嫌な音を響かせながらプロペラを廻している。


 彼らの一生懸命にせざる得ない作業とは、その風車の真下に埋められている物を掘り出すという嫌な事この上ないものだからだ。

 彼らが掘り出しているもの、それは、地中探査の機械の画像によると、三体の白骨死体であった。


「ねぇ、どうして僕が呼び出されるのよ。直接教授に頼めばいいじゃない。僕の地震学は物理学と数学理論が主で、研究も机上の計算が主だっていつも言っているでしょう。これは考古学研究室の機械で、僕の研究室の機械じゃないっていつも言っているじゃない。」


 体が大きくがっしりしている割合に、威圧感など一つも感じさせない大男が現場の監督官に異議を唱えた。

 しかし、高校時代から良く知っている眉目秀麗な目の前の男は、おどけるような表情を見せるだけで無辜の一般人である筈の彼からすぐに目線を逸らした。

 その代わりにその男の周りで立ち働く鮮やかなブルーの繋ぎの作業員達が一斉に手を止めるや、彼が居た堪れなくなる程の物凄い目線を送ってきたのである。


 彼らは大男が持ち込んだ機械のせいで朝の六時から駆り出され、予定に無い遺体の発掘作業をさせられているのだ。


 この状況を生んだかわやなぎ勝利まさとしは相模原東署という所轄の刑事であり、このお揃いのブルーのツナギを着て抗議者を睨んだ面々は、楊が呼び寄せた本物の鑑識官達なのである。


「僕のせいじゃないでしょう。僕を騙したこの嘘つき男の責任でしょう。僕は部外者の一般人じゃない!」


 しかし、彼の叫びは彼を睨んだ者全てにきれいに流され、流した人々は彼が居た堪れなくなる程あっさりと作業に戻ってしまった。

 指を差された当の本人でさえ涼しい顔だ。

 鯰江なまずえ大地だいちは大きく溜息をつき、高校時代に同好会のようなラグビー部で一緒に汗を流した時代は取り返せないものだと覚悟を決めた。


 とっつき易く誰とでも打ち解ける主将だった男は、同級生の死の原因だと仲間達のスケープゴートにされて以来、高校時代の仲間達には垣根を作っているのだ。


 その垣根を越えた奴でなければ俺は受け入れない。

 そんな垣根だ。


 鯰江は彼と友人でいたいばかりに、彼の言うがまま、畑違いの学部の教授に頼み込んで、地中探査の機械を借りて彼の現場に駆けつけたのである。

 鯰江が昨日楊から受けた電話では、博物館から盗まれた恐竜の骨を私有地から掘り起こしたいというものであった。


「悪い。物証が無いとのらりくらりでしょう。あるって確信した上で追い詰めたいのよ。勝手にやったら違法捜査でしょう。朝一で、こっそり、頼まれてくれないかな?」


 昨年の十一月に同じ機械で同様の嘘の頼まれごとで哀れな女性の遺体を発見させられたが、今回も酷いものであった。

 機械から出力された画像によると、風力発電機の一機につき一体の遺体が縛られた様子で埋まっているのである。

 まるで人柱の墓標のように、だ。

 そしてそんな陰惨な物が埋まっている現場のすぐ脇には、澄んだ水面を輝かせた貯水池が何食わぬ顔で鎮座していた。

 近隣住民から「人食い池」と呼ばれて恐れられているその池は、名前に違わず最近も三体の遺体が上がり、楊がその事件を担当したのだそうだ。


「どうして人食い池なの?」


「十六年前にあの機械を建てたばっかりに貯水池からここら一体が汚染されてね。田畑を放棄する羽目になったと、機械を建てた地主夫婦が周囲から責められて自殺しちゃったんだって。それ以来、池が自殺の名所になったかららしいね。」


 なんの感慨もなく説明する楊に、鯰江はそこまでこの土地にこだわり、そして、無理矢理にでも死体を発見してしまった理由を尋ねようとした時、鑑識の一人が此方を見上げて大声をあげた。


「かわさん!午前中に全部掘り起こすのは無理ですよ!」


「えぇー。機械は昼には返さなきゃだよ。なんとかならない?」


「無理ですって。」


 部下の答えを聞いた男は鯰江に向き直り、無邪気な笑顔を鯰江に向けた。

 楊本人は無邪気だと考えているらしいが、そこらの俳優よりも美男子である男の笑顔は、向けられた方は必ず言うことを聞かなければという気にさせる脅迫の笑顔ともなる。


「大ちゃん、なんとかならない?」


「かわちゃん。だから、僕じゃなくて直接その機械の持ち主の古賀教授にお願いしてよ。いつも僕経由で彼女を素通りしているから、僕は彼女に睨まれているのよ。僕はただの講師で、大学では肩身が狭い人間なんだからさ。お願いだから、かわちゃんが彼女に直接頼んで。警察の、それも警部さんからの申し入れなら喜んで、でしょう。」


「えー、大ちゃんが怖いって言っている人じゃん。無理。」


 鯰江が楊との親交について考え出した時、鑑識官の一人が叫んだ。


「ちょっと!だめよ!こっち入っちゃ。」


 鯰江と楊が同時に振り向くと、小学生くらいの少々小太りの少女が、進入禁止の場所に知らずに入ってしまったようだった。

 二人は自然にそこに近付いて行き、鯰江はそこでその少女が小柄なだけで服装からランニング途中の大人の女性であったと気がついた。

 小柄な彼女は、顔を楊達の方へとひょいっと向けた。


 長い髪を一本の三つ編みにキチっと結い、太り気味で吹き出物も少々ある顔をしていたが、鯰江にとっては初めて出会った可愛らしい女性である。

 鯰江達を認めて彼女は軽く微笑んだが、鯰江には彼女の目に悲しそうな色が灯っている様に感じられた。


「あ、かわちゃんだ。また事件ですか?またあの池で?」

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