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魔王は勇者に先手を打つ

作者: どじょっち

 とある城に一人の魔王がいた。

 黒いローブを纏った骸骨という如何にもな風貌だ。

 玉座に座り、手で顎をさする仕草さえ様になっている。


「――レイブンよ」

「はい魔王様」


 魔王は威厳のある声で近くに控えていた側近に声を掛けた。 

 カラスのような頭を持つ、黒いスーツを着た魔族だ。


「今しがた感じ取った、ついに勇者が現れたようだ」

「なんと――!」

 

 レイブンが驚愕で目を見開く。

 数百年に一度、勇者となる人間に紋章が現れると言われていたが、夢物語だと思っていたのだ。

 狼狽えるレイブンを見て、魔王はくつくつと笑った。


「お前がそこまで驚く姿は初めて見たぞ」

「笑っている場合ではありません魔王様。勇者と言えば魔王様を討つ可能性を持つ唯一の存在です――いかがなされますか?」

「決まっているだろう」


魔王はゆっくりと玉座から立ちあがり、目を赤く光らせた。


「これより勇者の元へ向かう。レイブンよ、付いてこい」

「は!」

 

レイブンは勇者になってしまったがゆえにこれから死ぬ人間に内心同情した。



「うふふ、かわいい子ね」


まだ陽が沈んで間もない時間帯。マナはベッドで眠る娘の頭を撫でていた。

誕生日会の疲れですぐに眠ってしまったのだ。


さらさらな桃色の髪を撫でながら、マナは微笑んだ。


「もう十歳になるのね--時が経つは早いわ」


 夫を早くに亡くし、女手一つで育ててきため苦労を掛けることも多かったが、純粋で優しい子に育ってくれたのはマナの誇りだった

 

「あら? これは何かしら?」


 見てみると娘の右手背にうっすらと紋章のようなものが浮かび上がっていた。

 ぐっすり寝ているので痛みはなさそうだが、明日お医者さんに診てもらおうとベッドから離れた。


 するとコンコンとドアを叩く音が響く。

 こんな時間に誰だろうかと返事をしながらドアを開けた。


「どうも」


 そこにいたのは骸骨だった。

 黒いローブを身に纏い、怪しく目を光らせている。

 マナは瞬時に自信の限界を超えた速さでドアを閉めた。


「ふん!」

 

 ――かに思えたが、骸骨の足がドアの間に割り込む方が早かった。


「な、なんですか貴方は⁉」

「落ち着くがいい人間よ、我はこういう者だ」


 骸骨から差し出された名刺を受け取って確認する。

 そこには達筆で魔王と書かれていた。

 魔王と言えば人間と敵対している魔族の長だ。


「帰ってください‼ 近所の人呼びますよ⁉」

「それは困る、我は貴様の娘について話があるのだ」

「ミユに⁉」


 娘の危機は母親から恐怖を消し去った。

 マナは「失礼する」と言って堂々と入ってきた魔王に玄関で待つよう伝えると、台所から包丁を持ってきた。


「あの子には指一本触れさせないわ」


 自身の命に代えても我が子を守ろうとマナは覚悟を決めたのだが――


「突然押しかけてすまない。ささやかな物だが、受け取るがいい」


 家の中になだれ込んできた金銀財宝の数々にマナは目を丸くした。


「こ、こんなもの受け取れないわ!」

「だが生活に困っているのだろう?」

「ぐっ‼」


 確かに女一人の稼ぎなどたかが知れている。

 余裕もなく、貧相な生活を娘に強いていた。

 これだけあればおいしいものを食べさせてあげたり、欲しかったおもちゃを買ったりすることもできるだろう。

 

「なら言い方を変えよう。我はこれらをここに捨てた、後は売るなり焼くなり好きにするがいい」

「そういう問題じゃ……はぁ」


 何を言っても引き下がるつもりはないのだろう。

 マナはそう諦め、これ以上入ってこないことを条件に話だけ聞くことにした。


「感謝する、話と言うのは他でもない。貴様の娘を支援したいのだ」

「――どういうことですか?」


 いきなりやって来た魔王が娘を支援したいなどと胡散臭いにもほどがある。

 警戒するマナを横目に、魔王は咳払いして話し始めた。


「まだ戦争になっていないが、我ら魔族と人間の仲は決して良くない。しかしこのままではいけないと悟ったのだ。魔族も人間も手を取り合わねば、平和は決して訪れぬ。まだ表立って動けてはいないが、時間ができた時にはこうやって未来ある子供たちを支援しているのだ」

「……」

「用はそれだけだ。また会う時もあろう」


 言いたいことだけ言って魔王は去っていき、玄関には金銀財宝が残された。


「んにゅ……お母さん? ……え⁉」


 目をこすりながら部屋から出て来たミユが目を点にする。

 どう説明しようかとマナは頭を抱えた。

 

 一方そのころ、魔王は近くの草むらに隠れていたレイブンと密談していた。


「ま、魔王様何を考えているのですが?」

「決まっているだろう。今のうちに勇者に媚びを売って戦わないようにするのだ、そうすれば死ななくて済む」

「魔王としての威厳は死んでいますよ⁉」

「命が無事なら問題ない。そうだな、支援すると言ったからには徹底的にせねば。レイブンよ、財源の確認と支援が必要な人間を調べるのだ」

「正気ですか⁉」


 意気揚々と城へと戻る魔王とは対照的に、レイブンは意気消沈していた。



「お母さん、魔王様が来たよー‼」

「よく来てくださいました魔王様、こちらに座ってください。レイブンさんもどうぞ」

「うむ」

「失礼します」


 ソファに案内され、魔王とレイブンが腰を下ろす。

 マナ達が暮らす家は以前と見違えるほど、きれいに整えられていた。


 あれから数年たった。

 魔王は支援に本腰を入れ始めたことで多くの人間を救い、マナやミユも心を許し、大切な存在と思われるまでになっていた。

 最初は抵抗していたレイブンも魔王のためならと諦め、魔族達の説得や人間達との交渉を徹底的に行った。その甲斐あって、今では魔族と人間の和平条約が結ばれたほどだ。


「ありがとう魔王様。貴方が助けてくれたおかげで戦わずに済みました」

「うむ、これからも仲良くしていこうではないか」


 ミユに抱き着かれながら魔王は笑った。

 こうして魔王と勇者は戦うことなく平和に過ごしたのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございました.感想・評価をいただけると嬉しいです

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