流星の贈り物
その一
「ねえ、ママァーお願いだからー」
長女の茉莉が困ったような顔で手を合わせてくる。
夏井鏡子は口紅を付け終えると、
「ん〜。パパに訊いてからね。だいたい、誕生日まで二ヵ月もあるのに。気が早いわよ」
と言って茉莉に帽子を被せた。
「え〜なんでよぉ〜。早く予約しないと売り切れちゃうって、杏奴ちゃん言ってたよ!」
「はいはい。買わないって言ってるわけじゃないんだからいいじゃないの。さ、そろそろ出ないと間に合わないわよ」
鏡子は茉莉にランドセルを渡し、自分もバックを抱えると、玄関へ向かった。
茉莉の学校では、今日から新学期だ。
そのため、PTA会長である鏡子は、始業式に出席しなければならないのだ。
まあ、これといって話すこともないのだが。
「あっ、杏奴ちゃん、おはよ〜!」
歩道に出てすぐ、茉莉は友達の元へかけていく。
「じゃあ茉莉、ママは車で行くから。始業式でね」
「ええーママ車なのー。茉莉も乗せて!」
「だーめ!子どもは歩けって先生に言われてるでしょ。こんだけの距離なんだから。いつも歩いて通ってるくせに。ねえ、杏奴ちゃん?」
「え、あ、はい」
急に話題を振られた杏奴は、苦笑いで返す。
「じゃあママも歩けばいいじゃんか」
「ママは大人だからいいの。校長先生にもご挨拶しなきゃだし」
「はあ、これだから大人は。不公平だわ」
「ブツブツ言わない!誕プレ買わないわよ」
不満顔の茉莉を横目に、鏡子は待たせていた車に乗り込む。
「茉莉の学校までよろしく」
「へい」
泉家お抱えの運転手の金之助は、元気よく答えると、車を発進させた。
前方に見えていた茉莉と杏奴が、みるみる後ろへ消えていく。
あっかんべーをしている娘に手を振って、鏡子は始業式で何を話すか、真剣に考え始めていた。
その二
「……というわけで、茉莉からおねだりされちゃって」
鏡子は手を洗いながらため息をついた。
「ほお。流れ星がほしいと言ったのか。茉莉もなかなか面白いこというじゃないか」
そう言ったのは、夫の録弥。
時間を研究する施設の所長で、鏡子と結婚する前からかなりの財産を持っていた。
今では、タイムマシンを作ったことで、歴史に残る偉人となっている。
「そうかしら?だって流れ星って宇宙に飛んでる屑なんでしょ?それにお金使うのはもったいなくないかしら」
「んー。でも流れ星なんて僕も何回かしか見たことがないからなあ。僕達が小さかった頃は田舎に行けば見えたけど、今じゃどこも灰色だし、茉莉は星さえ見たことないと思うぜ」
録弥は窓から顔を出して空を見上げた。
そこにはぼやけた月が小さく浮かんでいるだけだった。
「うーん。そうねえ。そういえば、理科の星の授業もなくなっちゃったらしいわよ。宇宙宇宙言ってる割に、情けない話よねえ。せっかくの機会だし、ちょっと奮発して買ってみちゃう?」
「僕は構わないけど」
「ほんと?実は私も見たことないのよね、流れ星。」
「そうなのか。人口の流れ星で願い事が叶うかはわからないけど」
「ふふふ、そうね。でも茉莉も喜ぶと思うわ。今流行ってるんだって。バースデースターっていうみたい」
「へえ、そりゃ、世の親達は大変だなあ。いやあ、星製造所んとこの所長さんもうれしいに違いないぜ」
「そりゃそうよ。自分達が作った星が宇宙を飛ぶんだもの。素敵よねえ」
「そうだなあ。よしっ、早速注文しよう」
録弥がパソコンを起動させるのを見て、鏡子はほっと息を吐いたのだった。
その三
ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデートゥーユー♪ハッピーバースデーディア茉莉ちゃん♪ハッピーバースデートゥーユー♪
歌が終わるのと同時に、茉莉がろうそくを吹き消した。
わあっと拍手が起こる。
「おめでとうー。じゃあケーキ切ろっか。チョコは茉莉が食べるよね?」
「うん!」
それぞれの皿にケーキを盛り付けてから、鏡子は茉莉へのプレゼントを持ってきた。
「はい、パパとママからのプレゼント」
「わあ、ありがとう!開けてもいい?」
鏡子がうなずくと、茉莉は満面の笑みで包装紙を破っていく。
が、不器用な茉莉はうまく開けられないようで、テーブルの上にはすでに、紙くずの山ができている。
「あーあーあーあー。全く。ちょっと貸してごらんなさい」
テーブルの上に落ちていく紙片に我慢できなくなったのか、鏡子が包装を外していく。
茉莉はぷうっと頰を膨らませて、
「今年の私の目標は、この不器用をなおすことみたいね」
と独り言のように呟いた。
あとは箱の蓋を外すだけ、という状態にしてから、鏡子は茉莉にプレゼントの箱を戻した。
「うわあ、ドキドキする!流れ星かなあ、いやあ、絶対流れ星だよねー」
誰に話しているのか、茉莉は小声でそう言いながら蓋に手を置いた。
そして、えいっと蓋をオープン。
「わあああ!流れ星!流れ星だあ!シューティングスター!イエェーイ!!」
茉莉は箱を持ったまま万歳をし、弟の類は、何にウケたのか、一人でゲラゲラ笑っている。
「コラー!茉莉、壊れるからそんなに高くあげないっ!あっ、コラ類、ジュースこぼれるでしょうが!」
鏡子は娘のお礼を聞く前から注意をとばしている。
「いやあ、だって本当に嬉しいんだもん!ありがとう!わああい!」
茉莉はそう言って箱を抱えると、くるくると回った。
「だーかーらー壊れるって言って」
「ウーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!ウヒィー笑い死ぬー」
「っはあ、こーりゃダメだわ」
鏡子はそう言ってコーヒーをすすった。
録弥も苦笑しながらコーヒーをおかわりする。
「いや、もう元気すぎて。そのうち私の手に負えなくなるわ」
「もう10歳だぜ?二分の一は成人なんだから。ほっといても大丈夫だよ」
録弥は鏡子のカップにもコーヒーを注ぐ。
「そうだといいんだけど」
鏡子はため息をついてケーキを口に入れた。
その四
茉莉がタイムマシンに乗りたいと言い出したのは、一昨日のことだった。
彼女によれば、今の時代はビルばかりで殺風景だ、映画に出てくるような、自然がいっぱいの場所で流れ星を見たい!とのこと。
さすがの録弥も難色を示したが、茉莉の必死のおねだりに折れたのか、家族全員で行くことを条件に承諾した。
そしてまさしく今、家族四人がタイムマシンに乗り込んだところなのだ。
「ヘルメット被ったか?シートベルトは?スピード出るから、膝当てもしとけよ」
録弥がビシビシと指示を出す。
「ねえパパ、酔わないよね?酔い止め持っといたほうがいい?」
「ああ、一応持っときな。じゃあ発車するよ。3、2、1!」
ビュッと音がしたかと思うと、辺りが真っ暗になった。
前からはものすごい風が吹き付け、顔がグニョグニョに変形する。
茉莉が何か言ったようだが、風の音が強すぎて、鏡子には何も聞こえない。
隣の類はというと、恐ろしさのあまりか、目を瞑り、大きく口を開いている。
「ああっ」
今度はかすかに聞こえた。
鏡子が風の抵抗をうけながら目を開くと、茉莉のポシェットから大量の光るものが溢れでていた。
直径わずか3cmほどのそれらは、風に流され、光のような速さで後ろへ飛んで行ってしまった。
鏡子が茉莉に話しかけようとした瞬間、隣でフォッとなんとも変な音が。
今度は何っ!と鏡子が顔を向けると、類が口を押さえて真っ青になっている。
乗り物酔いだわ、と思い、鏡子が背中をさすっていると、徐々に類の顔が光り出してきた。
え、何っ!?と口パクで尋ねると、類の口から炎があふれでた。
「きゃああああああああああああああ!!!」
風のことなど忘れて鏡子が悲鳴をあげると、録弥がこちらをふりむき、目を丸くした。
そして機会に異常があるのかと、焦りながらモニターを叩き始める。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ……。
ロケットの打ち上げのような音がしたかとおもうと、類の体が浮かんで行く。
シートベルトはちぎれ、ヘルメットと膝当ては後ろへ流されていった。
類の足の方から大きな火花が舞っている。
そしてついに、類はタイムマシンから離れていき、真っ暗な闇の中へと消えていってしまった。
まずい、という形に録弥が口を動かした。
そして、ハンドルをきり、類の飛ばされた方向へ向かう。
「えっとー、たぶんこのくらいの時間だ」
録弥は一人でつぶやくと、誰もいないのを確認して、近くの牧場にタイムマシンをそっと着陸させた。
ふうーと三人分の息が混じる。
「類はどこ?というか、何があったのよ!?」
鏡子が荒い息で録弥を見つめた。
「わからない。でも、ここにいることは時間版GPSで表示されている」
録弥は唇を噛んでそう答える。
「類――――――っ!!!」
茉莉が涙をためた瞳で叫んだ。
「ここだよー」
小さいが確かに声が聞こえた。
「えっ」
三人は辺りをキョロキョロと見回すが、周りには誰もいない。
「類ー!いるのーっ!」
鏡子も涙目になりながら大声を出す。
「上だよーっ!上ー!」
ささやくような小さい声で返事が聞こえた。
「上?上は空……」
録弥は言葉を失った。
鏡子と茉莉もあわてて空を見上げる。
そこには大量の星に囲まれて、類が流れていたのだった。
「ねえちゃーん!僕がプレゼントだよーっ!」
茉莉は涙を拭いて、
「最高のプレゼントだったわー!」
と叫んだ。