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転生神の憂鬱

作者: たか よしお

 死んだのはずいぶん昔だ。現代でいうところの室町時代。出自はそれほど高くはなかったが、聡明と評価されて僧籍に入り、招来を嘱望されていたところを病で三十路にもならず死んだ。

 それから西国のとある山村の土地神となって数百年。時代の変化を見て学びながら村を守ってきた。村は何度か戦渦にまきこまれたが、絶えることはなく今日のこの日を迎えることができたのは、土地神としては上出来だったと思う。

 今日のこの日とは、最後の村人が去る日だ。

 土地神といえど、全国的な少子化や過疎化には対処できるわけもない。村人とともにテレビを見てこればかりは一介の土地神にはどうにもできんと分かった。

 願わくば全国に散ったこの村の子孫たちが絶えることのありませんように。

 土地神としてのつとめはここで終わり、私も久々に都へと戻った。テレビで紹介されていたので都がどうなっているかはよくわかっている。とりあえずあそこの寺社は健在なので、縁故のあるところに転がり込んで身の振り方を考えようというわけだ。どうせ、ご同様の土地神はたくさんいるので、別の赴任地を紹介してもらうのはあきらめていっそ入滅してしまってもいい。記憶を封印して人間として生まれ変わるのもいいし、外国に働きにいってもいいだろう。

「少子化のせいでよい生まれ変わり先もなかなかおまへんのや」

 世話になった先ではいきなりそう言われた。

「児童虐待確実なとこならすぐにでも紹介できますけどいやどすやろ? 」

「それくらいなら入滅してしまうほうがいいですね」

 うんうんとうなずくこの神はこの神社で下働きをやっている。ほこらももらっておらず、ご祈祷の処理だの、ちょっとした天罰などを代行しているのだ。そんな立場だって満員で空きはない。

「外国も今は危ない国しか募集がないし、だからこそあいてるわけで」

 これは遠回しに入滅を勧められているなと思った。彼としてもいい加減な対応をしては自分が失職しかねないので露骨に勧めることはできない。しかし、余った神の処遇としては一番世話のない選択肢なのだ。

 入滅とは文字通り、彼岸に去って戻らないこと。人間でいえば死ぬことである。

 まぁ、十分な歳月存在できたし、いろんなものも見れたし、それでも悪くはない。

 ところが彼は急に声をひそめてこう話しかけてきたのである。

「ここだけの話どすけどな、外国ですらないところなら一つ募集がおます。誰でもってわけでもありまへんが、天満宮でもお勤めできそうなあんさんなら紹介できると思いますのや」

「それはどのような? 」

「異世界です」

 理解できなかった。

「ほら、若い人の読んでるライトノベルなんかに出てくるやつ」

 ああ、そういえば村の誰かの孫がそんな感じのものを読んでいたな。

「でもそれは作り話の世界でっしゃろ? 」

「まあ、そうともいえるし、言えなくもおまへんな。神の世界も様変わりしてましてな、いまやネットや概念の世界にも拡大してますねん。わいがゆうてるのはそういう世界の一つとしての異世界ですねん」

 よくわからない。

「で、どういうことしますのや」

「迷える若者を導く、そう聞いてます。興味ありまっか? 」

「新興宗教のご神体やれという話やないでしょうな」

 そういううさんくさい話は昔からある。あんまり頭のよくない無職神がひっかかって結局たたり神になってしまうパターンだ。

「ちゃいます。これはビジネスだす」

 新興宗教もビジネスなんだが。

「えげつない話やないでしょうな」

「安心しとくれやす。相手は神に採用されないような死人だす」

「そこまで言えるということは結構知っておられますな。ちゃんと聞かせておくれやす」

「いうてもええですけど、聞いてもうたら後戻りできまへんで。聞かずに断ってもよろしおますが、正直な話、当分は他にご紹介できる話はありまへん」


 荘厳な神殿の中を私は案内された。荘厳といってもなぜかギリシャ風というかエジプト風というかそんな大理石の回廊なのだが。

 両側には泡のたつ縦長の水槽がならんでいて、そのてっぺんには人魂が冷たい光を放っている。

 案内にたってるのはこれまたそっちの神話にでてきそうな女神だったが、聞けば日本神話の女神の分霊なのだという。社がダムに水没し、かわりに稲荷の代行としてどこかの会社の稲荷に常駐していたのだが、その会社もつぶれてしまって現在にいたっているらしい。

「これがそれぞれ一人分なのですか」

 都を離れると言葉使いも変える。そもそも私の生まれた時代の都と今の都では話し言葉も違うのだ。ケースバイケースである。

「はい。結構な数あるでしょう? 」

 彼女は一つに手をかざした。漆黒の長衣をきた少年が露出の多い、耳の長い肉感的な女性数名を侍らせて照れながらもまんざらでない顔をしている風景が映った。

「これが彼の望んだ世界です」

「子供っぽいですね」

「それでも何かエネルギーを感じませんか? 」

 まぁ、リビドー方面だね。

「確かに穢れているものの、ちらほら輝くものはありますね」

「これが一人二人ならともかく大変な数発生しているのです。放っておくとどんな祟り神が現れるかわかりません」

「それを整えて発散させてやるのが仕事ですね」

「出来のいい妄想はギリシャから招聘したミューズが内容の相性のよい書き手に伝達し、作品となって世に伝わります。そうすれば、ここで祭ることのできる御霊も増えるというものです。昔はこれがやりにくかったのですが、今はとてもやりやすくなりました」

 時代の移り変わりは土地神としてもしみじみ感じる。あの村もずいぶん栄えたりひどく衰退したりして最後にはなくなってしまった。

「お仕事はカウンセリングとマッチングです。望む世界と力を与え、ただ予定調和ではなく本人もびっくりしながらも楽しめる設定を行います。はやりものの基本をおさえるだけではだめで、そこは手堅くても人としての感性に訴える驚きがないといけません」

「難しそうだね」

「参拝者の望みを、本人が意識してないレベルでかなえてあげるようなものです。ずっとやってきたことではありませんか? 」

 確かに、祈りの内容は願いそのものではなく本人が拙いながらも考えた解決策にしかすぎないことがままあった。それを読み取るのは神にもやや難易度が高い。

「それでは手順を説明します。それから最初に担当する人の資料を渡します」


「まことに残念ながらそなたは死んでしまった」

 考えたら、氏子にも直接話しかけたことがないのに不思議な仕事だ。

「え、あ、うわぁ」

 死の瞬間を思い出しておののく背広の男。

「事故にいたるまでの事情はあまりにも気の毒。ゆえに転生についてはそなたの希望をなるべくかなえたい」

 ちなみに、世俗的な日本神話の神様の姿をとっている。本当は宮中にあがるような姿を仕事着にしたかったのだが、ちょっとマニアックすぎると同僚たちに駄目出しをされてしまった。

 まぁ、いきなり具体的に希望はいえないので、ここからは講習で学んだカウンセリングの技術を利用して引き出して行く。あらかじめ、プロファイリングでだいたいの方向は決まっているのでほぼ確認作業なのだが、時折びっくりするような希望がでてきてアドリブ力も試される。

 無事、過労のあまり事故を起こして死んだ営業マンは異世界に旅立った。想像通り、たまに刺激のあるスローライフを希望していたので、刺激の与え方に緩急を用意しておく。寂しがりやでもあったから、心の許せる家族や友人も増やしていこう。本人は自覚していないが、同性愛者でもあったから恋愛要素はなし。そのかわり彼好みのライバルであり友人でもある人物を用意した。毎晩原稿用紙を前にうなった成果が実ったというものである。

 これで十五人目である。まずまず順調であろう。ただ、彼の物語がミューズによって伝達されることは少なくとも十年はないと思う。

 やってみると、土地神とは違ってなかなか刺激的で面白い。ひどく疲れるので、休みももらえるのはありがたい。なにしろ土地神は暇な時が大半とはいえ常時営業であったから。

「おつかれさま。一ヶ月のお休みになるけど、どこで過ごす? 地底空洞温泉ならまだ予約できるよ」

 事務方をやっている神が私の勤務表を見てそう聞いてくる。彼もメジャーどころの神の分霊だが、ネクタイをしめて袖カバーに眼鏡と昭和の事務長のような格好をしている。気がきいてありがたいのだが、ちょっとのめりこみすぎである。

「あそこいくと媾合のお誘いがきちゃうのであんまりのんびりできないな。情報収集もかねて人の世界にいくよ」

 地底空洞温泉というのは、人間がこれないような地下空洞にわく温泉で、神々がのんびりするのは絶好の場所だ。ただ、いろいろ解き放たれるので、古代の神々にとってはフリーセックスの場でもある。彼らはあけすけなところがあってちょっと引く。といってお誘いを断ると今度は面倒になる。

「では所定の現金と寄り代を用意しよう。物騒だから気をつけてな」

 物騒といっても、室町ほどではないだろう。

 寄り代はわらでつくった人形である。これに宿ってかりそめの姿をつくるのだが、火には弱い。燃えてしまえば次の休みまで替えはないので注意が必要だ。

 さて、情報収集である。この仕事を紹介してくれた都の神に相談したところ、調度開催のある大規模イベントがあるというので行ってみる事にした。

「行ってみるってあんさんな、世界最大の宗教イベントより人が集まりますのやで。不用意にいったらエラい事になりますがな」

 そうなのか。世界最大の宗教イベントってどれくらい人が集まるのだろう。千人くらいかな? 

「全然、全然届きまへんわ」

 言われた数字にびっくりし、さらに教えられた数字に腰が抜けた。

「そら、あんな仕事が成立するわけやわ」

「せやろ? いきなりいっても目が回っておしまいだっせ。さて、ここでええ~話がありますのやけどな」

 こいつ、顔が広いな。

「ちょっとやってもらうことがありますけど、開場前に入れて一般参加と違う視点で見れて、交代で戦利品かいにいく時間もとれる話だす。あんさん、記録と金勘定は大丈夫ですやろ? 」

 まあ、神主と一緒に帳簿睨んでたことはあった。簿記も覚えた。使わないと思うが。

「たぶん」

 あまり本格的だと困るな。

「大丈夫です。うちらの仲間であれに出る連中がおりましてな。売り子があと一人欲しいとぼやいてるのがおって、さて一般神では無理やろなと思ってたとこにあんさんがきてくれてこれはもう渡りに船やと」

「そいつらも神なのか」

「某大社で禰宜としてはたらいております、わしも時々寄り代でさい銭の勘定やら初詣の設営やら手伝いますが、あれを常時やってる感じ。それで俗世の趣味に目覚めてあのイベントに出るまでに」

 なんだか重篤な連中のようだ。

「よい経験になりそうなので、乗りますわ」

「よっしゃ、ほな引き合わせまひょ」


「重い」

 寄り代とはいえ、肉体としての感覚はある。つまるところ、腕がぱんぱんになっている。

「こんなにたくさんの本を持ったのは初めてだ」

「開場したらこれがあっというまになくなるからびっくりしなさんな」

 そういうのは一見そこらの若者と区別のつかない神。そして手提げ金庫をあけて釣り銭の確認をやっているのはその相方の女神。二人は夫婦だ。

「そののぼりをそこに立てておくれ」

「こうか」

 凛々しい女性を描いたのぼりをたてる。壁際なので中のほうの人たちのように後ろに倒れる心配はない。しかし、まだ始まる前だというのになんだろうこの熱気に似た空気の充満は。

「本とって、そっちの黒い既刊から十くらい」

「はいよ」

 女神の描いた漫画と男神の記した文がのった薄めの冊子を渡す。あと二十くらいは残ってる。

「こっちの新刊はならべないのか? 」

「それは一つだけサンプルに出してくれ。おまけの小物をつけるので、俺が合図したらそっちから一つ、そこから一冊とってこの袋に詰めて渡してくれ。ちょっとやってみようか」

 若干の駄目だしの末に満足のいくようにできるようになった。

 そしてイベントは始まった。あっという間に人で埋め尽くされてびっくりする。神が気圧されるなんてあっていいものだろうか。

「どんどん渡して」

 新刊をつめてわたす、つめて渡す。女神が会計をして列がどんどんはけているのに人のへったような気がしない。

「やった。神絵師の本ゲット」

 喜んでいるのを聞いて、なぜばれたと思ったが、そういう用語らしい。彼女のイラストはファンが多いそうだ。

 それにしても、神の力をこれに使ってはいないよね。

「そんなつまらないことはしてないよ」

 目の回るような思いがおわって新刊がすっかりはけたところで男神が苦笑してそう言った。こちらは腕がすっかりぱんぱんである。

「二人ともはまっちゃって気づいたらこうなってただけだよ」

「まさかと思うけど、ミューズがきたことあるかい? 」

「ある。おたがい、苦笑しかなかった」

 あるんだ。

「こっちは大丈夫だから、ちょっと回って来なよ。仕事のこともあるだろうけどまぁ楽しんでくれ」

 後で交代、ということらしいので時間を決めてぶらぶらしてみる。

 広大な会場に膨大な参加者、ただ圧倒されると言いたいが、人にぶつからずに歩くのは難しい。カタログを見るといろんなジャンルがあるので、一通り回ってみる事にした、売ってるものを物色したいがさすがに多いので、これは仕事と思って神力で一瞥してだいたいの内容を見て行く。参考になりそうなものはちゃんと買う。支給された金がだんだん心配になるが。

 こうしてみると私の仕事はここをふくむ巨大な循環の小さな一つと知れよう。村落社会が人間の社会の大半をしめていた時代ではないのだと実感した。

 しかしまぁ、いろんな趣向があるものだ。食べ物のうんちくから男同士の色恋もののジャンルまで。創作の中には私の担当からミューズが伝えたらしいものが二つほどあったが、その一つがあと十年は受け入れられないだろうと思っていた直前の仕事のものだったのでしみじみ世の中には思いがけないこともあるものだと思った。内容は彼のストイックな世界とは違ってかなりエロチックに脚色していたが。

 さて、そろそろ時間だ。いわゆる戦利品をいれた紙袋を手に戻ろうとしたところで声をかけられた。

「神様、神様でしょ? 」

 違う誰か、そうあの女神のような人を呼んでいるのかと思ったら肩まで叩かれた。ふりむくと、化粧っけのない丸い眼鏡のそばかす少女だ。少し太めなところはここではむしろ違和感がない。

 見てわかった。彼女は私が土地神をしていた村の子孫だ。村にはほんの小さいころに一度来ただけである。あのときも、拝殿で誰にも見えないはずの私をじっと見ていた。

「どうしたの。こんなところで何をやってるの? 村がなくなったのでぶらぶらしてるの? 」

 ナチュラルにぐいぐいくるのを一度手で制した。

「いったいいきなりなんですか。あなたとは初対面ですよ」

「元とはいえあたしは氏子よ。そうだ。ここには他にも神様きてるから引き合わせてあげる」

 手をつかまれてぐいぐいひっぱられる。まわりが何事かと見ているし、邪見にはらうと悪目立ちしそうだ。爆発しろ、なんてつぶやいているのもいる。私は旧時代の人間だが、その意味は知っているぞ。そして君たちは誤解している。

 ひっぱられるままにつれていかれたところは。

「おう、お帰り」

 うちのブースだった。

「なあんだ、そういうことか」

 少女は合点という顔をする。

「もしかして、知り合い? 」

 神々の声が重なった。

「こちらの氏子です」

 少女は私をさして二柱にいう。

「でもって、ファン」

 女神をさしてそういう。

「そういう君はなにものだ」

「巫女だよ」

 ぐったりした声で男神がいう。

「数は多くないけど、知ってるのは何人もいるんだ」

「いいのかそれで」

「仕事中にも見抜いてくる人もいるし、まぁごまかすしかないよ」

 ごまかしきれてないんじゃないかな。

「そういうことは先に教えてくれ」

「すまん。だがこんなにテンション高くこられるとは思わなかった。たいていはそっと見守ってくれるだけらしいのに」

「だってあたし、神様のお嫁さんになりたかったもん」

「その意味、前に教えたよね」

 女神が苦笑いしながら荷物をまさぐってとっくになくなったはずの新刊一セットを出す。

「はい、口止め料」

「まいどー。それじゃこちらもブツをだしますかね」

 少女はバックパックを下ろして中から重そうでカラフルな本を出す。

「やった。ありがとー」

 女神のテンションも変になる。ほとんど友達だ。ぱらぱらやるのを見ると、画集のようだ。

「そいじゃ、俺たち、回ってくるから店番たのむよ」

 一人で残されるのか。

 いや、一人じゃないようだ。女神が少女に留守番を頼んでいる。

 これはこまった。

「えへへへー」

 彼女は嬉しそうである。土地神として長く一つの共同体を見守ってきたが、若者がこんな風に笑っていられるというのは本当に幸せなことだと実感している。ままならぬ人生を憂い、それでも仕方ないとはいえ立ち向かってみんな果てていった。

 彼女はこういうことにはなれていると見えて、いたって自然に立ち寄る客に応対し、私よりよほどしっかり留守番を勤めている。お金の勘定は自然に私の仕事になった。

「ねえ、神様」

 その呼び方はちょっとやめてほしい。ここが大きなお祭りなのはわかるが、それはそれで別の誤解をまねきそうだ。

「じゃあ、氏神様」

 たいしてかわってないが、あきらめた。

「今、どこにいるの? 」

 そこから出てきた名前は系列の大きな社の数々、よく知ってるな。

「まぁ、いうなれば異世界だよ」

「マジっすか」

 この会話、かなり怪しいがここではむしろそれらしさがあるな。

「死なないよう、ちゃんと子孫繁栄してくれ。もう氏神ではないけど、村の子供たちに願うのはそれだけだよ」

「それができりゃ廃村になんかなりませんて」

 身も蓋もない。

「あたしだってこの冥府魔道をつきすすんでいつか寂しく死んでいくでしょう」

「どこで覚えたの。そんな表現」

「それより氏神様の戦利品見せてくださいよ」

「いいよ」

 とでもいうしかなかった。この娘には古代の神のような奔放さがある。まさかと思うが生まれかわりじゃなかろうか。

 彼女は鼻歌を謡いながら紙袋の中身をあらためる。ときどきちょっとにやりとするのが不気味だ。

「なるほど異世界っすね」

 何がなるほどなんだか。

「えへへ」

 よくわからないがまた笑ってる。

「なあ、私のどこがそんなに気に入ったんだ? 」

「だって神様、なかなかイケメンじゃないですか。あれはまちがいなくあたしの初恋フォーリンラブ」

 ふざけてるのか、本気なのか。

「古代人的にはそうなのかも知れないな、と思うことはあるけど、現代っこにはそうでもないんじゃないかな」

 同僚の古代の女神とその女友達に誘惑されたことはあるが、あれは興味本位だろうな。

「そうっすかね」

 彼女はちらっと俺の顔を見て、目をそらした。またちらっと見る。気になる。

「ともかく、今日見た事は誰にも言わないでおいてくれると助かるよ」

「心配しなくっても、誰も信じやしませんて」

 結局、ブース主がかえってくるまで接客してる時以外、彼女は私の顔をチラ見しては時折にやにやしていた。やっぱり気になる。

「君も物好きだな。イケメンかどうか知らないが、私は生きた人間ではないよ」

「生きた人間は嫌いだから大丈夫」

 何が大丈夫なのだか。ただ、気になる。

「私は生きた人間のほうが好きだよ。どんなに卑劣な小物だろうと、清廉そうに見えて卑しい欲望にまみれた偽善者だろうと」

「さすが氏神様、心が広い」

 その滑稽さを含めて愛してるなんてちょっと言いにくくなったな。

「だけど君は私に求めてるのはそういう愛し方じゃないね」

「わかりますか。ホテルいきます? 」

「おでこぐりぐりやるぞ。いい加減になさい」

「はあい」

 真ん中の「あ」が一音高い。舌だしてそうだ。

 そこから話題は私の戦利品のことになり、最近の異世界ものの話になった。彼女は純粋に好きで、私は仕事上の関心から。

 そうしてるうちに回っていた二人がずっしり増えた荷物をもってもどってきた。

「そいじゃ神様、またお会いしましょう」

 少女はテレビでみた下っぴきみたいに去って行った。

「よかった。あなたにすげなくされて泣いてるかもって心配してた」

 神絵師の女神にそんなことを言われる。

「なんですか、人を朴念仁みたいに」

「あの娘のこと、どう思った」

「祭りではしゃいでいるけど、ちょっと気になるところもありますね」

「いじめって知ってる? 」

「担当したのに何人か被害者も加害者もいたよ」

「じゃあ、わかるわね。あの娘、被害者よ」

 なるほど、と思うところがあった。

「もしかして、監視してた? 」

「見えちゃう人にはみんな式をつけてるわ」

 急にいろんなことがわかった気がした。

「そうか、これも君たちのつとめか」

「いいえ、趣味よ。でも、知らない間につとめを果たしてるのは性かしら」

「もう本がなくなったから撤収な」

 男神が在庫のなくなったのを確認してそういった。


 目の前には、あの少女がいた。

「残念だが、そなたは死んでしまった。自殺するほど不憫な人生を送らぬよう、転生先にもっていくアイテムや能力の希望はあるか? 」

「であれば、神様と一緒に生きたいっす」

「本気か? これまでそのような望みは誰もしておらぬ」

「今度こそ、あたしを救って欲しいっす」

「わかった。そなたとともに異世界へまいるとしよう」

 私は自分の分霊を作り、彼女の魂を夢の世界へと送り込む。本人は気づくわけもない。分霊がどうふるまうかはプロファイリングにより既に仕込み済みである。

 本当に残念だ。

 そう思ったところで目が覚めた。

 夢など何百年ぶりだろう。かりそめとはいえ、肉体に宿ったおかげで変な夢を見た。

 ホテルの一室だった。一応シングル一部屋をとったはずなのに、ベッドの下にはあの夫婦が抱き合って寝転がっている。夏だからよかったが、冬ならいくら神といえ風邪をひいているだろう。

 二人とも酒臭い。これは部屋を間違えたなと思ったが。ドアはオートロックで、彼らの部屋の鍵があうわけがないから私も寝ぼけてあけてやったに相違ない。

 起こそうと揺すると女神が寝ぼけた声で何かいって服をぬごうとしたので、思わず強めに頭を叩いてしまった。

「いたあい」

「間違って他人の部屋にはいってきた上、何を始めようとしておられるか」

 彼女は起き上がると私の顔を見て、部屋を見回して「あらやだ」と照れ笑いを浮かべている。

「ちょうどいい。昼間のあの娘、式をつけて監視していたというが、住まいなどは知っておられるか」

「どうするの」

「どうするかは考えてないが、嫌な夢をみたので様子を見に行きたい」

「あまり深入りしないほうがいいわよ」

 そういいながらも彼女は備え付けの便せんに所番地を書いてくれた。二時間あればいける距離だ。

「ここから別行動ってことにしてよろしいか」

「いいけど、気をつけてね。穢れにそまって祟り神になんかならないよう」

「わかった」

 戦利品は二柱の働いている神社に一度送って預かってもらい、私は身軽に様子を見て帰ることになった。何かできるならやってやりたいが、人の営みに神は原則として不干渉である。日常空間の彼女を見て、言葉があればかけてやるのが精一杯だろう。

 書かれた住所にあったのは、小さな一軒家だった。この辺りにおおい狭小三階建てで、少女の家族は両親とそして一階の三畳間に寝たきりの祖父。村の出身者はこの祖父と父親である。役所勤めだが多忙で、介護と家事は別の地域出身の母親に一任されていた。

 状態の一番悪いのはこの母親である。そのまとった気配を見た私は思わず目をそらしてしまった。

 私が観測の目を向けたとき、母親は台所で酒をあおり、少女は祖父のおむつをかえていた。なんとかケアサービスとかかれた箱から出していたので、日頃は訪問介護の手を借りているのだろう。

 老人はもうろうとしていたが、孫に何をさせているかの自覚はあって、あきらめと恥じらいの波に翻弄されていた。彼のことは村を出る日までみていたし、仏壇に写真だけ飾られたその妻とのういういしいつきあいも見ていた。何世代もの生老病死を見てきて今更おどろきはしないが、やはり平気でいられるものではない。

 少女の心もまた複雑であった。元気だったころの祖父にはなついていたらしい。汚れ仕事に文句を言うつもりはないが、同時に枷となっている祖父の死を望む気持ちがあってそれゆえに自分を軽蔑しきっていた。彼女の部屋には大量のスナック菓子と同人誌、アニメのディスク、そしてヘッドホンがあってそれらに浸りきる時間が救いのようだ。

 母親の出す負の感情に神力がくもりはじめので私は観察をやめた。

 とりあえず禊をしなくては。あれほど禍々しいとは思わなかった。

 来る途中、便利な携帯端末で浴場の有無は確認している。少々値段ははるが仕方ない。バスで移動して浴槽に浸る。吐息とともに吸い込んでしまった瘴気を吐き出し温かい湯気をかりそめの体にすわせる。生き返る気分だ。

 直接できる事は何もない。だが、彼女の問題は見えてきた気がした。

「どうしたものかね」

 とりあえず仁義はきっておかなければ。

 禊を終えてあたりの鎮守社にいく。ここも私のような失業神を二三柱やとって忙しそうにしている。管理は二時代前のレトロなコンピューターだ。もちろん実体ではない。区域内の人数が多いので大変らしく、のめりこむように仕事をしている。

「おや」

 まつられている土地神は私に気づいて出てきた。

「何か御用かな。手は足りておるし自転車操業なのでもし就職希望なら申し訳ないのだが」

「いえいえ、そうではありません。この地に昔の氏子がすんでおりましてな。一つお許しをもらいたいだけでございますよ」

 こういう申し出はたまにあるのだろうか、土地神はなるほど、といってにっこり笑みを浮かべた。

「聞いておりますよ。監視を手伝ったのはうちです。記録をみますか? 」

 意外な申し出だった。ありがたく、ありがたくお受けする。

 記録は翼のついた小型カメラの形をした式神の中にあった。それを見るためには肩に乗せ、眼鏡野形をしたヘッドマウントディスプレイでみることになる。映像などもあって危ないので境内のベンチに座り、休憩中らしくするため飲み物を手にする。

 ベッドにつっぷし、嗚咽なのか呪詛なのかわからない言葉をつぶやく少女の姿があった。そうかと思うと、やつれた母親と何事か笑い合う姿があり、一転してきついことをいわれて涙目になっている姿もあった。ヘッドフォンをかけ、すべてを遮断して動画を視聴する姿もあったし、股間に手をさしいれてふとんの中で丸くなっている姿もあった。

「あたしがチョロそうだから、簡単にヤれると思ってるのかしら」

 暗い声でそういって着信拒否の設定をしている姿もある。父親が撮影したのか、元気だったころの祖父と晴れ着姿の幼い彼女が手をつないで神社を歩いている動画もあった。料理中にふと包丁を見てたわむれに手首にあてている姿もあった。

 深入りするな、と言われた理由が少しわかった気がする。ひどい呪詛の中に身をおいているではないか。救いがあるとすれば、学校のいじめが通常の範囲に収まっていることくらいだ。

「どうしたものかね」

 どうにもできない。神は現実世界の前には無力だ。

 このままでは正夢になりそうだ。

 夢、か。

 夢枕にたつくらいはできる。だが、あの少女の夢に出ても見られたくないものを見られたと知って拒絶反応をおこすか、気付かずに妄想に巻き込まれるか、うまくいく見通しがない。

 あの家の不孝の要になっているのは母親だ。家庭から目をそむける夫、元気なころは良好な関係だったがいまは負担でしかない義父。そして義父になついていた少女。母娘の関係は本来は決して悪くはない。だから離婚して出て行きたくなっても義父と娘の存在が障害になっている。

 諭すなら彼女だが、縁がない上に穢れがひどく、手に負える気がしない。気にせずなにもかもおいて家を出ればいいのだ。だが負の連鎖に陥ってる以上、外的な強い刺激がなければ有益な方向に動く事はない。

 手詰まりだ。

 私は引き上げることにした。


 休暇の残りは戦利品の読み込みとあわせて読書に費やした。幻想文学の古典から最新作まで、軍資金の残りを投じて購入し、最後は寄り代と一緒に焚き上げて持って帰る。

 休暇は終わった。心残りはあったが私は仕事に復帰した。次の魂のプロファイルを調べ、その人生の蹉跌がどんなものであったかを調べ、共通点のある事例を集めてプランを練った。

 年齢は高いほうで五十。「なめられる」ことに耐えられない気質。そうやって築いた高い防壁ごしでしか他人と関わらず、結局未婚。しかし、その防壁の内側には子供っぽい空想の世界を大事に残してきたピーターパン。

 防壁に触れないようにして彼の心の内側だけを実現するようにしてやればよさそうだ。だが、ミューズが誰かにもたらすような何かは期待できない。

「報われることはなかったことが残念ですが、あなたは立派に生き抜いてきた」

 まぁこんな感じにくすぐっていこう。

「次の人生はむくわれることのあるものになるようにしましょう。希望はなにかありますか」

 ここで想定通りの希望が出てくれば終わったも同然だ。

 そして無事にこの仕事も終わった。

 それにしてもこの仕事、老若男女はあんまり関係がない。

「さっき送り出した人なんか八十過ぎのお祖母さんだったけど、ものすごくかわいらしい希望だったからはりきっちゃった」

 同僚の女神がそんなことを言っていたな。

 次の仕事がすぐ来るのかと思ったら、対象者があんがいもっているので二日ほど様子を見てくれという。医師と設備が恐ろしく優秀なので助かってしまうかもしれないそうだ。

 思いがけず時間ができたので、駄目元で心残りを整理してみることにした。


 冬、私はまたイベントの店番をしていた。本は全部売り切ったので、夫婦神が回ってる間に片付けをしているだけである。

「いた。神様だ」

 やつか。

「そう呼ぶなといっただろ」

「えへへ」

 前と同じ笑顔。いや、少しやせたか。

「おひさしぶりでーす。お一人? 」

「うん、二人はいま巡回中。また本? 」

「ええ、でもこれはこれでちょうどよかったス」

 彼女は当たり前のように座り込んだ。

「あれ、神様でしょ? 」

「あれ? 」

「うちのお爺ちゃんのことっス」

「んー、あの村の人だよね。覚えてるけど、どうしたんだい」

「寝たきりだったんスがね、どうやってか抜け出して家の近くで車に轢かれちゃいました。先月のことっス」

「それは悲しいことだね。彼はどこへいこうとしてたんだろう」

「さあ、自殺じゃないかって言う人もいたけど、あたしはお爺ちゃんは倒れるまで旅をしようとしてたんじゃないかと思うっスよ。昔は旅行によくつれていってくれたっス」

「いいお爺ちゃんだったんだね」

「ええ、だからあたしもママ上もほっとしました」

「ほっと? 」

「爺ちゃんの世話がつらくって、大好きな人なのに憎んでしまう自分が嫌いで、それがようやく終わったんス。悲しいけど、とても救われたっスよ」

「彼もそんな状態を望んじゃいなかっただろうね」

「爺ちゃん、たまに頭と言葉がはっきりするときがあるんスが、死ぬ少し前に旅に出る、と言いだしたんス」

 知っている。彼はこういったはずだ。

「ずいぶん迷惑かけちゃったね。爺ちゃん、そろそろ旅に出ようと思うんだ」

 私は彼に死ねとはいっていない。ただ、夢枕にたち、久闊の後に今の仕事のことを少し言って、新しい旅立ちを助けているから、人生が終わったら来ないかと誘ってみただけだ。

 この老人は晩年まで村を出ることはなかった。だが、若いころは村を出て、そして故郷に錦を飾って帰りたいと渇望する才気ある若者だった。しがらみがそれを許さず、彼は腹をくくって許された人生を送ってきたのだ。

 その行く末が不憫。

「それでね、そんな風に旅に出た人の話の最初のほうだけ教えてくれないか、なんて言いだすんだよ。誰にきいたんすかね」

「最初のほうだけ? 」

「どんな旅立ちがしたいか、なんスよ。爺ちゃんわりとカッコつけだし」

「それでどうしたんだい? 」

「あたしの特選転生ものを読み聞かせたっス。ほんのいくつかだけだったのが残念」

 世代的にあわないのではないか。

「神様、お爺ちゃんはどんな世界にいったんスか? 」

 一言で言えば行きて戻りし物語の世界だけど、いろいろびっくりするリクエストがあったなぁ。

 だがそういってしまっては楽しくない。

「探してごらん」

「探すって? 」

「文学芸術の神が、書くにふさわしい書き手に彼らの物語をひらめかせることがある。それはもしかしたら君かも知れない。別の誰かかもしれない。一つではなく、複数の作品に分割して入っているかもしれない。探してごらん」

 少女はしばらく私の顔をじっと見ていた。

「神様」

「どうした」

「言っちゃだめってことならそう言ってくださいよ。かっこつけちゃって」

「だめか」

 とぼけて笑ってみせた。少女もくすくす笑い、急に真面目な顔になった。

「それでも、いま凄く神様にキスしたい」

 大胆な。

「衆人環視だけど」

「じゃあ、後で物陰で濃厚に」

「いやまて…」

 不意を打たれた。頬に柔らかいものが触れる。耳打ちを装っての軽いキス。欧米の子供が感謝を現すときにするような可愛いキスだった。

「えへへー」

 やらかした本人は照れ笑いを浮かべてる。

 まあ、いいか。

「神様、次も来る? 」

「仕事続けてたら来るかもね。その前にこのサークルが当選しないといけないけど」

「落ちたら一般できて。たぶんあたしなんか作るから見てほしいんだ」

 休みが重なればいいんだけど。

 サークル主の夫婦がもどってきた。少女は女神と手をとりあってちょっと理解不能な会話を始める。

 まあ、いいか。


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