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第92話 ミストとご対面

 俺たちは霧の中を歩いていた。かなり霧が濃いため、全員で密集して歩いている状態だ。……ふふっ。おっと、なんでもない。

 ‬

 中々気まずい雰囲気だった。語彙力がない俺は、何を言っても無駄だろうと判断し、黙っている。それに従っているのか、シーファ、カゲマル、ミィトも一言も発さなかった。

 ‬

「……ごめん」

 ‬

 唐突に、ミィトが口を開く。俺は眉をピクリと反応させた。

 ‬

「なぜ謝る?」

 ‬

 気まずそうに、ミィトは俯いた。

 ‬

「だって……僕が余計なことを言ったから、こんなことに……」

「それは違うだろ」

「……え?」

 ‬

 驚いたといった表情で、ミィトが顔を上げる。その視線は、真っ直ぐ俺に向いていた。

 ‬

「それだけ魔物の出せる人物……。俺は知っている」

「ホント? 今の僕じゃ和樹ぐらいしか……」

「ああ。和樹がその1人だ」

 ‬

 やはりとミィトは手を打つ。和樹の名前が出された瞬間に、シーファの表情が険しくなった。

 ‬

「和樹は、私も恨んでいる対象です。ミィト様も、そうなのですよね? なら、一緒にーー」

「わかってるよ」

 ‬

 いつもはおどおどしている目が、すっと細くなった。

 ‬

「僕があいつを殺す」

 ‬

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ‬

 霧の中をかなり進んだところで一度休憩をとった。あの後会話が発展し、今の所重い空気は吹っ飛んでいる。この状態がずっと続けばいいのだが……。

 ‬

「迷い込んだらもう出られないって聞いていたが、魔物すら出てこないな。単に迷って餓死するとかの理由で人は死んでいったのか?」

 ‬

 哀れみの目でカゲマルがいう。否定したいがその解答はドンピシャで当たっているので否定のしようがない。

 ‬

「人は数日ものを食わないだけでぽんぽん死んでいくのだな」

 ‬

 くっ。人間全体がディスられている……!

 ‬

「そう言っているということは、魔族はものを食べなくても生きていけるのですか?」

「いや、1ヶ月にパン1つで十分だ。何か食べている間に身を極めた方がいいように進化した」


 人間も見習ってほしいものだ。


「魔王もそんな感じなのか?」‬


 カゲマルは殺意のこもった顔で俺を睨みつけた。今までカゲマルにそのような目で見られたことがなかったため、少々驚く。どうやら彼の前で魔王の話題を出すことは控えた方がいいらしい。それほど強い恨みを抱いているということだ。‬


「……すまない」‬


 殺意を消し、カゲマルは立ち上がった。一刻も早くここを去りたいという気持ちを表しているのだろう。‬


「みんな、行くか」‬

「え? まだ休み始めたばかりですよね?」‬

「くぅん」‬


 シーファとシロが不満の声を漏らす。しかし、カゲマルがこう示しているわけだから止まることはできない。彼は意地でも進んでいくだろう。‬


「もう一度言う。行くぞ」‬


 俺の気迫に押され、渋々1人と1匹は頷いた。‬


「シロ、こっちにおいで」‬

「わん!」‬


 シロはシーファの胸の中に飛び込む。こう見ると本当になついている。……いいなぁ。‬


「後、どれくらいで着くの?」‬


 歩き始めて数分。ミィトが俺に質問を投げかけた。‬


「気配的にはこっちなんだがな……。まあ、もう少しで着くと思うぞ」‬


 あ、そういえばだけど幻覚って状態異常に含まれないのか。‬


『はい。幻覚は状態異常に含まれません』‬


 やっぱりな。おかげで俺の状態異常無効が使えないってこった。‬


 話は変わる。ずっと前から大気感知で感知してきたが、それでわかったことがあった。幻覚が発生しているところはほんの僅かに湿度が高いこと。風圧感知だと感知しきれなかっただろう。大気感知は万能だ。‬


 そこで、一番湿度が高い場所を探ることによってミストの場所を特定しようと考えついたのだ。今はそれを実行してるが、ミストの気配は未だない。大気感知には反応しているのにな。


『……お前ら』


 声が聞こえる。気のせいかと思ったが、シーファたちも怪訝に辺りを見回していたので、誰かが意図的に送った念話だと理解した。


『また来たのか』


 念話は一度途切れる。俺は空に向かって叫んだ。


「今日はミストに聞きたいことがあってきた。会わせてもらえないか?」

『断る。前も同じような人間が来た。お前と同じーー異世界人がな』

「ーーっ!? 和樹か!?」

『そこまでは言えない。お前らは、信用できん』

「何故ですか?」


 俺の代わりにシーファが声を出す。


「私たちは何もやってはいません。逆に、私はミストに感謝をしているのです」

『……感謝だと?』

「初めて会った時、私にミライとの和解を勧めてくれました。ミストがそう言ってくれたから、今の私があります。ミストがいなかったら、もう死んでいたかもしれませんから」

『ハッ、笑わせてくれる。そのような種族で何を言うか』


 シーファの顔が青ざめた。目の端で自分の翼がある場所を一瞬だけ見る。


「ミスト……」


 しかし、次にはミストの驚いた表現が混じった声が届いた。


『気づいていないのか、其方は』

「気づいて……いない?」


 青かったシーファの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。


「そうですよ、私は気がついていませんでした。こんな種族で人間と仲良くすることがダメだったのですよ。翼が生えた獣人なんて誰も認めてはくれない。そうですよね?」


 ミストは念話を送らない。俺はシーファに向かって口を開く。


「シーファはシーファだ。俺は、翼が生えていようが関係なくシーファを仲間としてみている。俺は、シーファが好きだ(仲間として)」


 シーファの顔が赤くなる。説得に失敗したかと思ったが、その表情は心なしか嬉しそうだった。まあ、大丈夫だろう。


「なあ、ミスト。俺は魔王に関することを聞きにきた。和樹との関係性は、敵対といったところだ。俺たちは和樹を憎んでいる。それと、魔王を倒すという目的だってある。これでわかったか?」

『……確かに、敵対心は感じられない。いいだろう、我と会うことを許可する』


 すると、霧だったところが開け、円状の草原が見える。大きさはかなり小さいが、その奥に幻影に隠された龍がいた。

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