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第86話 ギルドの修羅場

 あれから魔物に襲われることはなかった。俺は馬車の中で不機嫌そうに丸くなっているシロを撫でている。そうしていると、いつの間にかシロは寝てしまった。単純なやつだ。


「もうそろそろだよ」


 マイルさんがいう。窓から身を乗り出してみると、近くに大きな城が見えた。家はマンションのようだが、外装はかなり綺麗だ。中はどうだか知らないけど。


 マンションのような家が10つほどある。もう都市と言っても過言ではない。国の大きさはエルシャルト国の2倍ぐらいだ。チカ"大国"と言っている割にはあるのかもしれない。


 チカ大国の中へ入り、ちょうどギルドの前に止まった。ギルドの大きさも半端ではない。まるで1つの城のようだ。


「ここでいいかな。お代はね……特別なものを見せてもらったし、その礼として銀貨3枚でどう?」

「それだけでいいのか?てっきり銀貨5枚は取られるかと」

「いいんだよ。でも、その代わりと言ってはなんなんだけどさ、馬車を使うときは私を呼んでほしいんだ」


 成る程。知っている人が御者の方がこっちも気分がいいし、悪いことはないだろう。


「わかった。そうするよ」


 マイルさんは満面の笑みで笑った。思わず胸が高鳴る。こんな美女に微笑まれることに慣れてないんだから当然といったら当然だ。


「では、行きましょう」


 シーファが急かす。いやもう少し居てもいいと思うんだけど……。


「早く、行きましょう?」


 目で威圧される。何故かはわからないが、ここに長居はしたくないらしい。まあ話していてもそれらしい会話は出来ないと思うからいいか。


「ああ。じゃ、また御者を頼む」

「うん」


 俺たちはマイルさんと別れ、ギルドの中に入った。


「こんにちは!」


 すると、にこやかに笑う受付嬢が相手をしてくれた。


「冒険者希望の方ですか?それとも依頼を見に来たのですか?」

「どちらでもないな。1つ聞きたいことがあって」

「なんでしょうか?」

「ギルドマスターのミィトは知ってるな?」

「ミ、ミィト様を呼び捨てで……。殺されますよ?今なら間に合います!言い直してください」


 きつく叱られる。同じギルドマスターも"様"付けで呼んでいるのだから俺みたいな一般の冒険者が軽々しく呼んではいけないのか……。って、殺されるとか言ってるけどなんも追及されたことなかったぞ?


「すまん。俺の不注意だ。で、ミィト様は今どこにいるんだ?」

「……怪しいですね。ギルドマスターは自分の住所を明かしているのですが、それを知らないとなるとどこかの魔人か何かですか?」


 マズイ。魔人は確かにいるが俺が魔人だと思われている……!


「違う。かなりの田舎から出てきたものだから、そこらへんの知識が欠けててな」

「そんな言い訳誰にでも用意できます」


『田舎から出てきました』戦法が破られただと!?くっ。こうなれば自分で見つけるしかないか。


 踵を返し、ギルドから出ようとする。しかし、受付嬢に引き止められてしまった。


「そっちのローブを被った女性だって怪しいですし、ここから返すわけにはいきません。ギルドマスターを侮辱したため、今から呼びます。知り合いかどうかはそれで明らかになると思うので」


 お、これは挽回のチャンス。


「お前ギルドマスターを呼べる権利があるのか?ミィトーーミィト様も忙しいはずだが」

「ふふん。私、結構優秀な方なのですよ。それにこういった事件はミィト様自身が解決したいと名乗り出てるので。でも、そんな風に言うということはやはりミィト様とは知り合いではないのですね?ミィト様を呼ばれることを恐れてーー」

「いや、別に呼んでもいいぞ。っていうか逆に呼んでくれ。俺の誤解が解けるはずだからな」

「……後悔してもしりませんよ」


 俺たちを睨みつけながら、受付嬢は奥へ入っていった。しばらく待っていると勝ち誇った顔で彼女が出てくる。シーファが俺に耳打ちをした。


「この人に殺意を覚えた気がするのですが……殺してしまっても?」

「やめとけ。誤解されたままになるし、我慢してほしい」


 俺も小声で返し、未だにんまりと口の端を釣り上げている受付嬢を目の端で見た。


「ミィトが来るまで俺たちはそこで座ってるとするか」

「はい。その方が疲れませんもんね」


 俺の意見に賛成するシーファ。スルーされ、さらにはミィトを呼び捨てにするという行動に、受付嬢は顔を真っ赤にした。


「ほら、また!もういいです!好きに殺されればいいのです!」


 何故俺たちが殺されることが前提なのだろうか。思い込みが激しすぎる。


「あ、来たみたいですよ。ミィト様、こちらです」


 桃色のツインテールの女性が来る。ミィトのご登場だ。


「問題の人は誰かな?」


 今の人格は普通に女性らしい。よかった。気弱な男性だったら少し面倒臭かったかもしれない。


「この怪しい2人と1匹です。1人はミィト様のことを呼び捨てで呼び、もう1人は顔すら見せない女性。その犬もきっと悪く育ったに違いありません!さあ、早く裁きをお願いします!」


 そして、ざまあみろといった表情でこちらを見下してくる。うん、その思い、そっくりそのまま返してあげるか。


「……そう、だね」


 ミィトはいう。ふっと受付嬢は俺たちを嘲笑った。


「と、いうことです。これはミィト様を馬鹿にしたので最低でも冒険者の位を奪わなければ私の気もミィト様の気も済みませんよ」

「何を言っているの?」


 ミィトの言葉に反応する受付嬢。「え?」と間抜けな声を漏らした。


「そ、それはどういうことで……?」


 突然のことに戸惑っているようだった。


「あのね、勝手に判断しないでもらえるかな?」

「あ、え……あの……」


 口をパクパクと動かす受付嬢は、魚を連想させた。


「この人たちは私の友達。早とちりしないで。名前だって知ってるんだから。サトルに、シーファ。この子の名前は……シロだね」


 シロの名前教えたっけ?あ、ミィトには鑑定があるのか。


「これで俺たちへの誤解は解けたよな?なら、謝ってもらおうか」

「ですが……」

「私が言ってるの。ギルドマスターはどんなことだってできるのよ?例えば、貴方の仕事をなくすとか」


 受付嬢は身震いし、勢いよく俺に向かって頭を下げた。


「すす、すいませんでしたぁ!私の勘違いで不愉快な思いをさせてしまい……」

「うーん、許そうかなぁ。シーファ、どうする?」

「本当は軽く殺したいくらいですけどギルドでそんな真似はできませんし……。そうですね、給料3回分なしというのはどうでしょう?」


 受付嬢の顔が引きつる。この仕事だけで生きてきているのだから、その給料をなくされたら食べていけなくなるだろう。その過酷な提案に、ミィトは頷いた。


「うん。罪を反省し、この期に及んでもうこんなことはしない。わかった?」


 殺気を漂わせ、ミィトは詰め寄る。受付嬢は何度も首を縦に振り、泣き目になりながらカウンターへと戻って行った。ちょっと同情。


「で、ここに来たってことは私に用があるってことだね?」


 流石。お察しがいい。だけどーー。


「悪い。ギルドの前で待っててくれないか?すぐ行くから」

「いいですけど……」


 2人は渋々といった感じでギルドから出て行った。


 俺は受付嬢の場所に近寄る。


「なんですか?私を嘲笑いに来たのですか?」

「んなわけないだろ。ほら、これ受け取れ」


 指で白銀貨を弾く。綺麗な半円を描き、受付嬢の手の中へと入っていった。これは前換金したものだ。今回はちょっとやりすぎたな。


「こ、これは……」

「それがあれば食っていけるだろ。お釣りはいらん。もう金は貸さないからな」


 俺は今後こそ踵を返し、ギルドの入り口へと向かう。


「ありがとうございます!私なんかに、こんな私なんかにっ!!」


 俺は手を挙げ、ギルドを後にした。

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