第83話 御者
ギルドへ行き、ミーノを呼んだ。すると、数秒で彼女が俺の前まで来る。しかし、その顔は残念そうだった。
「やはり、無理だったのですね?いくらサトル様とシーファ様でも、こればかりは討伐できなかったのですか……。あ、今回は違約金は発生しないので気を楽にしてーー」
ミーノの言葉が止まる。その口をあんぐりと開け、俺が目の前に出したルーゲラガスホーホーの討伐部位を見つめていた。
「ル、ルーゲラガスホーホーじゃないですか!しかも、15羽!?」
大きな声で言ったものだから、周りの冒険者たちにも聞かれてしまった。興味がないふりをして聞き耳を立てている。これが終わったら絡まれるやつだろう。俺はわかっている。
「ええっと、報酬と追加の5羽を合わせて金貨5枚です」
あたりがざわめく。金貨5枚とは相当の価値らしい。
「陛下から伝言なのですが、討伐依頼を達成したらそのままアイテムボックスを持っていっていいと……」
「わかった。じゃあ、これは持っていくわ」
会うつもりはないのか。
金貨を受け取り、俺はミーノに別れの挨拶を言った。
「前も言ったが、少しチカ大国に用がある。暫く留守にするぞ」
「……せっかく帰ってきたと思いましたのに」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもありませんよ。気をつけて行ってらっしゃい!」
何故かシーファは殺気を剥き出しにし、俺は周りの男たちに睨まれていた。何が起こっているのかよくわからないが、ここは去ったほうがいい。無理矢理シーファを連れ出し、俺たちはギルドから出た。
「チカ大国までは馬車でいくか?」
「はい。最近は徒歩が多かったので、たまには馬車で景色を眺めたいです」
「お前らもそれでいいか?」
「わん!」
「ああ」
影の中から返事が返ってくる。シロも元気に鳴いた。……本当に可愛い。
馬車を貸し出している店があったのを知り、俺たちはそこに向かった。
何十匹もの馬がいる、木造の立派な家だ。外灯には魔法が使われており、かなり目立っていた。そして、大きな看板にこの世界の文字が書かれている。俺もシーファも読めないので、カゲマルに聞いた。もう道行く人には聞きたくないし。
「いらっしゃいませー!」
横からくるくると回りながら短い黒髪の幼い女の子が登場した。この年で店をやっているみたいだ。
「馬車をお貸りですか?なら、こちらに来てください」
しっかりとした子だった。服装はピンク色のワンピースに、赤いリボン。お洒落な靴を履いていて、いかにも看板娘って感じだ。
「いい御者を選ぶとその代わりお金がかかります。あまり評判の良くない御者を選ぶとお金は安いです。馬車はその御者が自分に合ったものを選びますので、用は御者を選んでくれれば大丈夫ですよ」
「評判の悪い御者ってどういう感じなのですか?」
「運転が悪いとか、愛想が悪いとか、そういうのが多いですね。でもこれ本人に言わないでくださいね?ここの評判が落ちますから」
そういうところは意識しているらしい。念を押して、少女は言う。
「申し遅れました。私、ネルと言います。以後、お見知りおきを」
丁寧にお辞儀をするネル。本当に少女とは思えない態度だ。
「ふふ、サトルよりも性格よさげですね」
シーファが苦笑する。
「くっ……残念だが俺よりいいところしか見つからない。完敗だ……」
ネルは優しく笑った。
「そんな、お客様は私よりももっとすごいものを持ち合わせているじゃないですか」
「……?」
よくわからない。ネルはふっと笑っただけで何も答えてくれなかった。
「ちょ、教えてくれないのかよ」
「強い力が眠ってる……きっと大物になりますね……」
「おい、今何か言ったか?」
「何も言ってないですよ」
悟たちは知らないが、ネルは未来視というスキルを持っていた。これは普通スキルだが、獲得できる確率がとてつもなく低い。この世界ーーセージの中でも持っている人は数十人ほどだろう。その中の1人が、ネルだった。
未来視で見える未来は一片だけ。だが、戦闘で役立つことは多い。相手の攻撃を先読みし、カウンターを食らわすことだってできる。次くる攻撃を予想して回避することにも長けたスキルだ。未来視は使うMPも少ないため使い勝手が良かった。これとステータスが高ければ、Sランクなんて余裕だ。
しかし、戦闘力がネルにはなかった。生まれつき身体が弱く、走り回れない体質だったネル。そんな彼女の元に舞い降りた幸運がくれたものは、未来視というスキルだった。いや、幸運でもなんでもなかった。身体が弱いネルには使うことだってできない。しかも、こんなスキルを持っていたらギルドから信用され、冒険者にされ、無理矢理戦う羽目になる。だから、このスキルのことは誰にも話していなかった。
「そうだな……ライズってどれくらい高いんだ?」
「ライズさんは銀貨3枚。かなり高額ですよ」
「なら、今回は安いやつでいいな。金にもちょっと不安があるし」
「はい。そんな人にマイルさんはどうでしょう?人付き合いがいい女性の御者です。運転はぶっちゃけ揺れますが結構評判いいですよ」
「じゃあその人にしよう。どれくらいかかるんだ?」
「今回は初回限定で大銅貨5枚にしておきますよ。でも、次からはきちんとお金取りますから」
木造の家の中に入る。お金を払い、早速マイルとご対面した。
「では、私は失礼致しますね」
ネルが去り、代わりに金髪の髪を持った、ポニーテールの美女が現れた。整った顔つきに、身軽さを重視した鎧。白く細長い足は美女特有のものだった。腰には剣を下げており、御者をしながら戦闘もできそうだ。これなら信用ができる。
「よ、よろしく」
「宜しくお願いするね」
にっこりと美女が笑う。この人がマイルだろう。いや、もうマイルさんでいいかな。
確かに人付き合いはよさそうだ。というよりもこちらから話しかけやすい雰囲気を纏っていた。これなら評判がいいのも納得できる。
「今日はチカ大国まで行くが、いいか?」
「もちろん。それが御者の仕事だし」
約10分後、俺たちはチカ大国へと出発した。




