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第61話 シロ

 眩い光がおさまり、俺はゆっくりと目を開けた。そこは見覚えのある風景。都会とも言えず、田舎とも言えない町並みに、俺は戻ってきたのだと痛感する。


「おー。嘉村じゃないか。こんなところで突っ立って何してるんだ?犬のフンでも踏んだか?」


 そうやってニヤニヤ笑いながら近づいてきたのは俺の親友ーー阿界(あかい)(しん)だった。俺は何故か失踪したことになっていないらしい。もしかしてと思い、自分の服を調べると元の学生服に戻っていた。


「どうしたんだ?自分の服を気にして。学ランがイケてるとでも思いだした?」

「いや……別に、な」

「なんだ、ノリ悪いなー」


 阿界はため息をつき、持っていたカバンを肩にかけた。


「ったく。俺は帰るからな。明日、ゲーセンにでも行こうぜ」


 俺の返事も聞かず、阿界は去って行った。


 阿界の姿が見えないことを確認すると、一直線に家へと向かった。俺は幼い頃両親を亡くしているので、祖父と祖母の家に住ませてもらっていたのだ。だが、2人とも俺のいるせいで家計が厳しくなり、どこかへ行ったきり消えてしまった。あえて俺はそのことを胸に隠し、金も自分で稼いで生きてきた。


 雑草だらけの庭を掻き分け、玄関へと入った。すると、愛くるしい鳴き声とともに白い犬が現れる。こいつがシロだ。


「シロ……!」

「くぅ〜ん」


 俺はシロを抱きしめた。シロも、頬を舐めてくれる。やっと再開できたのだ。心は弾んでいた。


「あ、腹減ってるか?少し待っててくれ」


 庭の倉庫の奥にあるドッグフードを持ってきて、その中身をたっぷりシロにやった。彼は尾を振り回して喜んでいる。


 因みに、シロは頭がいい方だ。命令すればなんでも聞くし、お手とかお座りとかはお手の物。今回はしなかったけどね。


「わうん!」


 満腹になったようで、俺は餌を片付けた。そこで、やっと本題に入る。


「シロ。お前は、俺と一緒に行きたいか?違う世界に」


 シロは後ろ足で頭を掻いていた。やはり、難しい言葉は通じないらしい。……いや、通じるんじゃないか?あの方法なら……!やってみる価値はある。


 俺は体に力を入れた。すると、熱を帯びたように全身が熱くなり、みるみると身長が縮んでいく。


 やった!こっちの世界でも変化は使えたんだ!


 俺の変化したもの。それは、ルーゲラウルフだ。シロと同じ身長になって、目と目があう。彼はぽかんとした表情で、こちらを見ていた。


 これ、犬語話せるのかな?


「ワンワン」


 適当に行ってみたけど、普通に日本語だった。


『スキル意思疎通を獲得しました』


 おお!ナイスだぞ!


 ーーえーと。わかる?俺の言葉。


 脳内で話しかける。しかし、言葉は返ってこない。ただ、驚いた感情が読み取れた。効き目はあるようだ。


 ーー今から話をするんだけど、いいか?


 首を傾げていたシロだが、こくりと頷く。俺の言葉は聞こえて、あっちからは返答できないのかな?


 ーー俺、嘉村悟は死んだ。そして、違う世界へ転生した。ここまでいいか?


 また驚いた感情。少しして、頭の整理がついたみたいでシロは低く鳴いて先を促した。


 俺は説明した。この世界に残るかどうか。たとえこっちに来るという選択肢を選んでも、自身の命が消えるかもしれないということ。もしこない場合は近所の人に預けること。成功した場合は俺と過ごせるが、失敗したら俺の命もなくなること。そして、このチャンスがなければもう2度と会えないこと。


 シロは目尻を僅かに下げた。俺だってそうだったよ。


「うう・・・わん」


 同様。そして、恐怖。何を言っているのかはわからないが、感情はしっかりと伝わってくる。俺は、最後の一押しをした。


 ーーどうする?俺にも時間がない。悲しいことだが、早く決めてくれないと俺にもマズイんだ。


 記憶が消えるということ。シーファとの記憶、異世界の記憶、全てが消える。そうしたら俺は元の高校生の生活に逆戻りだ。それだけは避けたい。


「わん!わぐぅ!」


 迷いのない鳴き声だった。そうか、と俺は人間の姿に戻る。


「じゃあ、決定だ」

「わん!」


 意思疎通が入った今では、人間の姿でも言葉が通じる。


「パグ。準備が整った。やってくれ」


 静かに言ったが、きちんと伝わったらしい。俺たちの周りが白く輝いた。


「シロ!」

「わう!」


 胸の中に飛び込んできたシロを俺はしっかりと抱きしめる。そして、そのまま守るようにして俺はシロを体で包んだ。


 完全にシロに閉ざされた世界になり、急に俺の体に激痛が走った。焼けるような痛みだが、中から叩かれているような気もする。体が膨張して、破裂しそうな感じだった。まるで生きている心地がしない。


「わう!ぐうあ!?」


 シロも苦痛の叫び声を上げた。俺は彼が破裂しないように、ぎゅっと押さえつける。シロは暴れだした。


「シロ・・・」


 やっとの事で声を出す。


「待て・・・だ。待て。俺の言葉が・・・聞こえないのか?」


 シロは暴れるのをやめた。腕の間から優しい目で見上げてくる。こいつだけは守らなくてはと、俺は思った。


 やがて、痛みが治まってきた。光も収まり始め、見慣れた影が姿を現す。


「はあ、はあ、はあ」


 その人物は、肩で息をしていた。片手でサラサラの前髪をわしゃわしゃとかき混ぜ、息をつく。


「ふう。やっぱり2人は荷が重いなあ」

「パ、パグ・・・」

「うん?ああ、回復してあげたいんだけど僕のMPもすっからかんでさ……。ごめんよ」


 珍しく謝るくらいなのだから、本当にすまないと思っているのだろう。だけど、俺からは感謝の気持ちでいっぱいだ。こうやってまたシロと暮らせるのだから。……シロ?


「シロ?おい、しっかりしろよ」


 シロは目を固くつぶって動かない。体を揺すったが、微動だにしなかった。


「シロ、シロ、シロ?」

「……」


 シロ……。


「起きろよ、おい」


 何度も呼びかけた。しかし、シロは鳴き声ひとつあげない。と、思われた。


「わ……う」

「シロ!」


 シロは前足を動かし、地面に足をついた。ブルブルと身震いをして、俺を見る。先ほどの優しい目がまっすぐ俺に向かって刺さる。強く抱きしめると、嬉しそうにシロは身をよじった。


「それじゃあ、僕の力も持たないしシロを連れて帰ってね。はあ、今日は疲れたよ」


 そうしてパグの姿は消え、俺たちもその場から消えた。

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