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第51話 和樹が去り

「大丈夫か?」


 和樹が完全に姿を消した後、俺はシーファに心配の言葉をかけた。彼女がミライに乗っ取られたように見えたから。それが理由だろう。


「私は大丈夫ですよ。少しだけ、ミライに体を貸したのです」

「そんなことして大丈夫なのか?」

「はい。私が命令すればすぐに体の権利を戻してくれますよ。もっとも、無理に取り返すこともできますけどね。ですが、ミライは素直なので心配することはありませんよ」


 案外ミライは素直なんだな。一回会話したことはあるが、一番話しているのはシーファだ。彼女の心の中にはいつもミライの話し声が聞こえるという。それと談笑するのも、今のひとつの楽しみとなっているようだ。ミライは思ったより気さくで、話しやすいらしい。


「それで……。あの人がカズキですか?キュラサさんからは名字付きと言われていたのですが、転生者とは全員名字を持っているのですか?」

「そうだな。俺も持っている」

「そう……ですか」

「黙っててごめんな。最初、誤解を解くためにはこうしたほうがいいと思って」


 シーファは納得したように頷く。


「それで、サトルの名字とは?」

「嘉村悟だ。嘉村が名字で、悟が名前」

「カムラ、サトル……」


 俺のフルネームを心に刻み込むように何回も唱えると、彼女は微笑んだ。


「覚えました。カムラサトルですね」

「ああ。でも、普通に呼ぶ時は今まで通りでいいぞ」

「そのつもりです」


 街中でフルネームで呼ばれたら何かと面倒くさいしな。


 俺は和樹が去って行った方角を見つめた。それはほんの一瞬だったが、洞察力の鋭いシーファは気がついてしまう。


「カズキが気になるのですか?なら、追ってみるといいですよ」

「そう思うんだけど……。あいつ、俺たちよりも遥かに強い。敵に回したら、あっけなく殺されるぞ。だから、追うかどうか迷ってるんだよな」


 追ったら彼の何かしらわかるかもしれない。何かはわからないが、一万年前から姿を消していないということはキュラサから聞いている。何故、いなくなったか、追跡していればどこかでぼろをだすかもしれない。それと、まだ謎が多い死神のこともーー。


「……ちっ」


 短く舌打ちをして、俺は踵を返す。


「私も、その選択は間違っていないと思います」


 選んだのは、一旦ロット国へと戻ることだった。追跡しているところを見つかったら、どうなるかわからない。今の俺たちでは実力不足だ。もっと力が強ければ、追跡するところまで思考が働いたんだがな。


 シーファとともにロット国へ帰り、塔の中へと入ろうとする。魔法陣の場所を忘れたので、鑑定さんに聞いて発見した。


 魔法陣に魔力を流したの時、貧血のように目の前がクラクラした。きっと魔力切れだろう。だが、ここまで魔力を注いでいては後戻りができない。


 塔の中に転移すると、俺たちはまた暗がりの道を歩いて行った。やがて大きな扉が見え、俺はその扉を手で押す。呆気ないほど容易く開いた扉の向こうには、誰もいなかった。放置されたテーブルと椅子。人気がない。


「帰っちゃいましたかね……」


 和樹のことを報告したかったんだけどな。まあ、いいや。仕方がない。


「ここに、何か用?」


 透き通った若い声に、俺は思わず心を奪われた。しかし、今はそんな場合じゃないと気を奮い立たせて声のした背後を振り向く。その女性はツインテールで、扉の真横に立っていた。今の俺でも気配が感知できなかったぞ。


「お前は……」


 こんな人いたっけ?


 俺は記憶を探る。


 ツインテールの子はいたが、こんな雰囲気ではなかった。もっと圧がすごい感じで、普通の人間なら圧倒されそうな感覚。けれど、この女の子は違う。フンワカと優しい雰囲気で、その笑顔は地獄にいても周りの環境を忘れることができるぐらいのスマイル。俺は、世界にこんな人がいるのだと驚く。


「私のこと忘れちゃった?」


 ほえ?なんのことですかな?この子とはやっぱり会ってないよね……?


「もしかして、ミィトさんですか?」


 シーファの言葉に、俺は心の中でないだろと呟く。


「正解。私がミィトだよ」


 えええええええええ!? ミィトなの? 雰囲気変わりすぎだろ! よくシーファ見破られたな。


 って、俺ってば鑑定を使えば名前くらいは見れるじゃん。バカだなぁ、俺。


『先ほどの行動は適切な判断を下せませんでした。もう少し、冷静になって考えたほうが良いのでは?日頃から瞑想など心を落ち着かせることをしてみましょう。一番近くにある滝で修行をしてみるのはいかがでしょうか?・・・ここから一番近い滝は、『深淵の滝』と呼ばれる場所でーー』


 お前までディスるの?酷くない?って、深淵の滝で滝修行とか殺したいのか?あの滝の高さ東京タワーレベルだぞ?どうやって生き伸びるっつうの。鑑定さん結構毒舌だなぁ。


「ーール!サトル!」


 ハッと我に帰ると、目の前でシーファが頬を膨らませて怒っていた。何故怒られているのかわからない俺は少し焦る。


「ちゃんと人の話は聞いてくださいね」


 ああ、そのことか。俺結構うわのそらだってことあるんだよー。前世の友達にも注意されたことあるし。


【お前、どうしてそんなにぼんやりしてるの?アホみたいだからやめたほうがいいよ?】


 余計なお世話だって。その友達は、高校の学校が違くて離れてったんだけどな。結局俺はぼっちってことだ。まあそこは気にしないでーー。


「ごめん。もう一度、話してもらえるか?」

「分かりました。でも、一回だけですからね」


 シーファが口を開く。


「ミィトさんはユニークスキルの多重人格のせいで、今に至るようです。その人格は、日にちごとに変わるそうなので、今は女の子の人格なんだとか」

「じゃあ、昨日のが偉い男の人で……。何人いるんだ?その人格ってやつは」

「全部で3つ。でも、すべて私だから正確に言えば1人だけのものなの」


 なるほどなぁ。そっちもそっちで大変ってことだ。


「それで、最初に戻るけど」


 ミィトは話を戻す。


「何の用できたの?」


 俺は少し間を空けてから答えた。


「ムラヤマカズキーー転生者の話だ」


 その途端、ミィトの表情が変わった。

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