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第50話 和樹

 異常な殺気を漂わせ、男はしゃべる。


「君たちが倒したの?」

「……」


 いつまでたっても喋らない俺たちに、彼は全く怒らない。


 俺は思う。こいつが、1人目の転生者なんだと。その証拠に、シーファが酷く怯えていた。ええっと……あ、和樹(かずき)だ。和樹に目を合わせたくもないらしく、目を背けている。その様子を見て、和樹は唸った。


「あれ?僕、嫌われちゃってる?何か悪いことでもしたかな?」


 おどけたような口調で言う和樹は、本心でそんなことを言っていない。


「その目……僕のことを知っている?」

「ーー!」


 シーファが目を見開く。彼は、ほえぇーと声を漏らした。


「生憎僕は覚えていないけどさ、まあ楽しくやろうよ」


 こいつ、嫌いなタイプだ。


 俺は、こういう前の行為を覚えていないで、へらへらと笑っている奴が大嫌いだ。


 何かあったとしても、仲直りしたみたいにすぐ肩を組んできたり、自分の都合に合わせて喋ってくる。そんな奴が、嫌いだった。


 実際クラスの中にそういう人がいたため、俺はもっと嫌いになったのだろう。こういう奴とは関わらないよう学校では積極的に努力をしていたが、異世界で絡まれるとかは考えていなかったな。


「それで、リンゴを倒したのは?君?えっと名前は……」


 俺の方を見ていう和樹。もちろん俺は何も答えない。


「まあ、黙秘していても鑑定でばれちゃうんだけどさ」


 こいつ、鑑定持ちか!じゃあ俺がパグに認められたっていうこともーー。


『自分のステータスを偽造できるから役に立つと思うよ』


 その時、パグの言葉を思い出す。俺は瞬時に思いつくだけの偽造をした。


 ルトサ

 種族 人間種

 状態異常 なし

 レベル15

 HP...120/120

 MP...60/60

 攻撃...90+2

 防御...79+2

 素早さ...91+2

 魔法...52+2

 《スキル》

 ・気配感知・気配遮断・火球

 《称号》

 ・平和男


 決まった……!


 名前は本名を反対にしただけだけども。称号は適当に考えた。平和男って変だと思うけど、これしか考えつかなかったんだもん。


「……ルトサか。でも、このステータスで龍は倒せないよね?」


 そのことを考慮してなかった。これはまずいぞ。


「あ、その娘が強いのか」


 和樹はシーファに鑑定をするが、バチンと弾かれてしまった。少し目を丸くしていた和樹だが、すぐに冷静になる。


「なんだ、鑑定遮断か。流石は翼が生えているだけはあるね」


 鑑定遮断?シーファにそんなスキルあったっけか?


 俺が鑑定をしようとするが、弾かれてしまうと和樹に鑑定を持っていることがバレてしまうため、やめておいた。あとでシーファのステータスを見よう。


「はああ、リンゴを倒されたのは意外だったけど、その代わりにいい逸材を見つけて良かったよ」

「……逸材?」

「そう。やっと言葉を発してくれたね」


 シーファは気にも留めない。そのまま和樹を睨むだけだ。


「君さ、僕の手下になってくれない?」

「……私?」


 シーファを指差し、和樹は言う。


「大丈夫。お金は払うし、側近という重要な役目につかせてあげる。それでいいだろ?それ相応の代償を払うからさ。そんな頼りない男よりも全然こっちの方が安全さ。いざという時は、僕が守ってあげるかーー」

「ふざけないでください!」


 和樹はひるむ。それまで続いていた言葉の猛攻がピタリと止んだ。


「私が貴方の側近?ふざけるのもいい加減にしてください。いや、それはいいんです。でも、サトルを侮辱する真似はいくらなんでも許しません!私はどうなったっていいんです。だけど、サトルはーーサトルだけは!」


 シーファがマジギレした。俺もここまでシーファが怒るとは思わなかった。って、自分はどうでもいいってそれも酷いな。


 止めに入ろうとしたが、本気でシーファの様子がおかしいことに気がついて開きかけた口を閉じた。彼女からは黒い閃光が火花を散らしている。ただならぬ気配を感じ取ったのか、和樹は一歩後ろに下がった。


「やあ、ごめんごめん。許してよ。この通り」


 手を合わせて謝る和樹だが、全く謝っている感じがない。それに、シーファの怒りも収まっていなかった。ああ、選択を間違ったな。和樹。


「全く女っていうものは怖いなあ」


 ぽりぽりと後頭部を掻きながら、和樹はいう。やはり反省などしていなかったのだ。


「オ前、コロス」


 シーファの口調が変わる。彼女の瞳がクレヨンで描いたみたいに真っ黒に塗りつぶされた。


「シ、ネ」


 シーファの手に黒い渦が宿る。それで和樹を狙った。


「うぃ!?」


 油断していたらしく、見事シーファの突きは腹に命中した。


「つつ・・・。HP減少付きか・・・。厄介なものを持ってるね」


 俺には何をしたのか全然わからんのだが。え?俺だけ置いてかれてない?


「コ、ローー」

「シーファ」


 少し呆れながらも俺が呼びかけると、シーファの意識はすぐに戻った。


「なんですか?サトル」

「いや。俺は大丈夫だから、一旦静まってくれ」

「そうですか……わかりました」


 渋々といった感じで頷くシーファ。意識は乗っ取られてないのかと、安堵する。


「なんだ、落ちこぼれか」


 和樹の言葉に眉をひそめる。


「あれあれ?図星かな?」


 くすくすと笑う和樹に、俺は苛立ってきた。だが、これが挑発なのだろうと考えると、心を落ち着けられる。


「なぁんだ、挑発には乗らないのかあ。案外脳筋ではないんだね。君、多分強くなると思うよ。僕みたいにさ」

「……どうだろうな?」

「はは。きっとそうだよ」

「そういう意味じゃない。お前みたいなやつにはならないっていうことだ」


 和樹の表情が一瞬だけ陰りのあるものに変わったが、すぐにヘラヘラした笑いに戻った。


「リンゴを殺したことは水に流してあげるよ。それじゃ、お互い様幸運を祈って」


 そう言い、森林から和樹は去って行った。

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