第34話 シーファの暴走
『娘の寿命は残り一年ほどだ』
その声が頭の中で反響し、俺はうまく呼吸ができなくなっていた。心の奥に何か詰まるようなものを感じ、自然と息が荒くなる。ようやく声を絞り出した時には数分経っていた。
「それを、俺が、信じるとでも……?」
ミストは赤く光った眼を細める。どこか項垂れているような気がした。
『残念だが、本当のことだ。お前が信じるかどうかは、分からないがな』
「信じるわけないだろ?もし本当だったとしても……信じたくない」
『そうだろうな。だが、信じるしかない。信じなければ、お前はそのまま最愛の人をなくすことになる。時には、信じるという気持ちも必要なのだぞ?』
「……」
『我の話に乗ったという前提で話そう。その娘は、何処かおかしいのだ』
「おかしい?」
『ああ。普通なら融合された時点で人間は死ぬ。だが、其奴は未だにその姿を保っているだろう?そこが、おかしいところの1つだ』
「ねえ、サトル。何を話しているのですか?私には内緒なのですか?」
シーファが割って入る。俺は口をつぐんだ。今の彼女に寿命なんてことを教えたら、正気でいられなくなるだろう。ここは、あえて嘘をつくことにした。
「俺が最強になるためのアドバイスをもらっている。もちろん、シーファのもだ」
「どうして私には話さないのですか?」
「……」
「私だけ仲間はずれなのですか?」
シーファが詰め寄る。
「差別をしないでください。サトルも、私をいじめるのですか?」
何も答えない俺に、シーファはますます機嫌を悪くした。
「大事な話なんだ。シーファには、今は聞かせたくない」
「さっきのは、嘘ですね?」
「……」
シーファは1つ深呼吸をしてからは何も話さなくなった。ミストはそのタイミングを見計らって念話を送る。
『話は終わりだ。帰るがいい』
「……分かった。行こう、シーファ」
いつまでたってもシーファは返事をしない。俺は彼女の手を掴もうとしたが、すぐに振り払われた。
「シーファ?」
「憎イ……憎イ憎イ!人間ガ憎イ!オレヲ何故ココマデスル!?」
シーファがいきなり低い声で叫び始めた。何のことかわからず、俺はただ呆然と立ち尽くす。
「嫌ダ……人間ハァ、下等生ブツ!ソンナ奴ト一緒ニナンカナリタクナイ!」
誰のことか、何を言っているのか。それすらも分からない。ただ、シーファは壊れるように周囲に唾を撒き散らした。
「大丈夫か?シーファ!」
「オ前モ人間……殺ス、殺ス!」
そう言ってシーファは風刃を無詠唱で飛ばしてきた。じゃあ、今叫んでいるのはシーファに融合されたスカイホース?
風刃を避ける。流石に攻撃することは出来なかった。仲間だから。それが1番率直な答えだろう。
『哀れな……今暴走するか』
「何の話をしている!?暴走とは何だ?」
『まずは小娘を黙らせる』
すると、急にシーファはキョロキョロと辺りを見回すだけで攻撃をしてこなくなった。きっと今、幻を見せられているのだろう。
『昔にも同じような奴がいた』
ミストは話を切り出す。
『其奴は融合された瞬間に、魔物に意識を乗っ取られ暴走して殺されてしまった。我もまだ力が未熟な時でな……。助けることすらできなかった。その時いた研究者は言ったんだ。
「中にいる魔物と和解すれば、逆に魔物の力を使える」
とな』
「じゃあ、シーファがスカイホースと和解すれば……!」
『確かな情報とは言えん。だが、試してみる価値はありそうだ』
「最後に1つ……俺たちに何故ここまで協力するんだ?」
ミストは笑った。嘲笑でも大笑いでも判別がつかないぐらい、一瞬だった。
『困っているものを見つけたら、手を差し伸べるのが普通だろう?我は人間にはよい感情を持っているからな』
変わった魔物もいるものだ。
幻が消えたのか、シーファはすぐに俺のところへやってきた。そして、抱きつく。
「すみません……すみません……」
症状は消えたようだった。俺は安堵のため息をつく。少しだけ驚いたようなミストの声が聞こえた。
『まさか自分で抑え込むとは。小娘、お主は一体何者ーー』
そこでミストは念話をやめた。赤い目を大きく見開く。幻影でよく見えないが、心なしか体は震えているようだ。
「どうした?」
俺が声をかけるが、ミストは何も言わない。すると、急に踵を返しどこかへ消えていってしまった。
「サトル……本当にすいませんでした。私、魔物に意識を飲み込まれるなんて……」
俺は優しく抱きしめ返した。シーファは涙を流している。よほど怖かったのだろう。
「大丈夫だ。俺がいる。安心しろ」
そう言うと、本当に安心したかのようにシーファは一息吐いた。
あ、ここからどうやって出よう?それに討伐部位も持ってきてなかった。
俺が考えていると、シーファはポンと手を叩いた。
「そういえば、途中に私にもミストバードが襲ってきたんですよ。だから、討伐部位も回収しておきました!後はここから出るだけなのですが、どうするのですか?」
「シーファ。飛べるか?」
「……飛ぶ、ですか。でも、サトルを乗せたままではーー」
シーファはハッとした目つきになった。俺がミストバードに変化できることを忘れていたのだろう。
「あまり翼は使いたくないのですが……仕方がありませんね」
そうして、俺はミストバードに変化し、シーファは普通に飛ぶことによって深淵の滝から脱出できたのだった。




