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第33話 魔物と人間

 この大きな滝が覆われるほどの濃い霧。滝の近くには幻影の覇者がいた。その姿は龍で、身長は2.5よりも大きく、3メートルよりも小さい。煙のようにモヤモヤと動くその龍の身長を図るのは困難だ。


 色は灰色になったり、赤になったり、紫になったり。それすらも分からない。しかし、これは幻影。このスキルを駆使することによって、この龍はミストバードたちから幻影の覇者と呼ばれるようになった。


 誰にも明かしたことのないその姿は、自分ですら何年も見ていない。幻というものを使いすぎ、逆に幻に囚われてしまった。常時発動されるスキルは、自分の姿さえも見させてくれない。


 巨大な龍は大きな石の上で翼にくるまっていた。いつものように、眠ろうとしていたのだが慌ただしい声とともにミストバードが飛んでくる。


『どうした?』


 念話で話しかけると、ミストバードは心の中で話し始めた。龍は念話でそれを読み取り、頷く。


『人が来たと……それも2人か。だが、それだけで我に伝えることはなかろう?』

『はい。その2人のうち、女性の方が異様な空気を出しているというか……。何か、魔物ののような……。そんな気配がするのです』

『魔物?人間ではないのか?』

『フードを被っていて、あまり分かりませんが……。それに、その近くにいた男もかなり強いオーラを発していました。どちらも危ないです。一応報告しましたが、貴方様はどう思いますか?』

『面白い。面白いじゃないか。ここにくる奴といえば命知らずな下等な魔物か人間ばかり。今回は面白い客が来たようだな。よし、相手をしてやろう。まずは小手調べだ』


 龍は食いつき始め、ミストバードの方を向いた。


『お前の隊に新人さんがいたろう?そいつらを送り出そう』

『分かりました』


 ミストバードは霧のように消えてしまう。龍はこれから起こるであろうことに、舌なめずりを繰り返した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 目の前までくると、大きな滝は霧に覆われて完全に見えなくなった。上を見上げても白い靄が漂っているだけだ。それでも滝のマイナスイオンは届いているぞ。


「気長に待とう」

「そうですね」


 俺が言うと、シーファは頷く。ここから先に入ってしまったら迷ってしまうし、ミストバードさえ見つからないかもしれない。依頼内容は入り口に現れるミストバードを討伐だったし。


 それから数十分が経った。ミストバードは一向に現れない。シーファはうたた寝を始めていた。俺はたっぷり寝たからどうってことないが、これって運が関係してるかな?


「……」


 シーファが立ち上がり、無言で俺を見つめる。その目は黒く濁っていた。


「シーファ?どうした?」


 手をかけようとするが、シーファは逃げる。それも霧の中に。


「シーファ!そっちへ行くな!」


 慌てて追いかける。シーファの影が見えなくなり、あたりは完全に霧に包まれた。


「っ……」


 シーファに何があった?この霧の中に彼女の興味をそそるものでもあったのか?


「どこだ!?シーファ!」


 張り裂けんばかりの大声を上げるが、シーファから返事は返ってこない。俺は走った。


 風圧を感じ、思わずかがむと頭上を何かが通過した。


「ギィ!」


 3羽ほどのミストバードの群れだった。そいつらはかなり好戦的らしく俺に攻撃を加えてくる。


「《偉大なる光の精霊よ。闇を退け光で世界を満たせ》聖柱!」


 大きな光の柱がミストバードの地面から出て、跡形もなく全てを消し去った。


 《ミストバードを倒しました。経験値を合わせて605獲得。レベルが36に上がりました。ミストバードに変化することが可能になりました》


 シーファを探し、走る走る。気がつくと、濃い霧がなくなっていた。後ろから荒い息が聞こえる。そこにはシーファがいた。


「どこ行ってたんだ?シーファ!」


 彼女は怪訝な表情をした。


「もう、変に駆け出したのはサトルでしょう?私はその後を追いかけるので精一杯ですよ。おかしなこと言わないでください」


 違うんだ。俺は確かに見た。シーファが霧の中に走り去っていく姿を。


『どうやら、力はあるようだな』


 頭の中に直接響く声。そのため、どこから発されているのかがわからない。


『こっちだ。お前たちの目の前』


 そこには先ほどのシーファがいた。目は黒く濁っていて、生気を感じられない。その偽シーファは手をひらひらと振って形を変えた。


『我の名前はないが、ミストと呼ばれている。2つ名も持っていてな、もう1つが幻影の覇者だ』


 形を変えたんじゃない。あれは幻だったんだ。


 元の姿に戻った龍は、姿が確認できなかった。霧のように体がモヤモヤとうねっていて、色さえもわからない。ただ、その中で赤い目だけははっきりと確認できた。


『少しお前たちを見込んでな……。特にそこの小娘。魔物の気配が感じられる。これは……スカイホースか?』


 シーファの顔の筋肉がピクリと動く。それをミストは見逃さなかった。


『どうやら図星のようだな』

「なんの意図があって俺たちと話している?お前なら俺たちを殺すことなどすぐにできるだろ?」


 あれだけの幻影を出せるのだから、その気になればすぐに俺たちを殺すことができるだろう。それだけの実力者だということは見て取れた。なのに、なぜ殺さないのか。


『安心するがいい。我は敵ではない。力を試させるために、ミストバードは送ったがあんなにすぐ蹴散らされるとはな』

「もう一度聞く。意図はなんだ?」

『……その小娘のことだ。我の推測では、魔物と融合されたと感じる。その話なのだが……。そうだ、今はその小娘にはこの念話が聞こえていないぞ。そして、大事な話がある』


 俺は頷いた。ミストが続ける。


『知っているか?魔物と人間は魔力の波長が合わないということを』

「……?」


 小首を傾げている俺に、ミストは構わず念話を送る。


『波長が合わない同士だと近くに長時間いるだけで魔力と魔力が交わって、体内でその魔力にやられ、寿命が短くなると言われている。これは、人と魔物同士に起こる現象だ』


 俺は話が大体わかってきた。


『だが、その状態で無理やり魔物と人間を融合したらどうなるか。それは分かるだろう?その小娘は何とか無意識に体の中で魔物の魔力を抑えているからお前には何も影響はない。普通なら魔物と一緒にいることなんてほとんどないし、起こることはない。けれど、その小娘は長時間魔物と一緒にいすぎた。それは寿命がどうなるか……』

「……」

『我は回復魔法も持っているため、医学には詳しいのでな……』


 ミストはいう。


『宣言しよう、そこの娘の寿命は残り1年ほどだ』

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