第32話 深淵の滝
目を覚ますと、今度見たのは天井だった。よし、おきまりの台詞。
……知らない天井だ。
知ってるんだけども。最初言えなかったから今言おうかなぁって。あの時は混乱しすぎていていう暇なんてなかったし、補足だ補足。……まあ、いいや。この話は置いといて。
悟は立ち上がり、辺りを見回した。隣にはシーファが寝ており、窓からは日の出が見えている。丸一日寝てしまっていたようだ。結構疲れていたし魔力も使っていたからな。魔力切れ近い症状を起こしてしまったのだろう。
今日はクエストに行こうと思っていた。シーファが来ないのなら俺もいかないが、1つ変化でなりたいものがあるのだ。
鳥。鳥になると、シーファと一緒に空をかけることだってできるし、障害物を無視して飛べることができる。翼という存在は大きいのだ。
暫く待つと、シーファが欠伸をして起きた。下で食事をして部屋に戻ってきたとき、俺は口を開く。
「シーファ。今日、依頼に行かないか?」
「依頼……ですか」
シーファは少し考えていた。
「私も行きます。少し街から離れたい気持ちもありますし」
「ランクアップもしたから出来る依頼も増えたはずだ。俺は空を飛べる魔物の依頼をしたい」
「変化をしたいのですか?」
「ああ。よくわかったな」
「えっへん。私はサトルのことなら何でもわかるのです」
胸を張るシーファ。しかし、彼女の言葉には間違っている箇所があった。
ーー何でもわかる。
生涯ずっと同じ人と住んでいたとしても、その人の全てをわかるのは難しいことだ。俺だって、シーファが誰にいじめられていたのか、ここまで来るまでに何をしたのか、どういった感じでシーファがさらわれたか、全てわからない。俺だってシーファに話していないことはある。例えば、幼い時に両親をなくしたとか、ずっと孤独に過ごしてきたこととか……。もちろんシーファを責めているわけではない。誰にだって、辛い過去があるのだ。それと同じこと。
押し黙った俺に不信感を感じたのか、シーファは俺の顔を覗き込んだ。
「……何でもない。ゴメンな」
親を失った悲しみが押し寄せてくるような気がして俺は背中を向けた。シーファが明るくいう。
「先ほどの言葉に少し訂正があるのですが、私はサトルの全てをわかっているわけではなく、わかろうとしているのです」
「……?」
「どんな辛いことがあっても、サトルは大丈夫です。私も同じなのですから。だから、サトルの気持ちを私が少しでもわかろうとすれば、慰められるのです。どんなことがあっても笑うことは大切ですよ」
本当に、シーファは俺の全てをわかっているのかもしれないな。そうだ、母も言っていたじゃないか。辛いことがあっても、笑えと。
「ありがとう。少し、過去がな……」
言葉を濁した俺に向かって、シーファは満面の笑みでいう。
「気を取り直して、依頼に行きましょう!」
「ああ。そうだな」
そうして俺たちは依頼に出た。依頼は1つ上のランクのDランクだ。因みに俺とシーファのギルドカードの色も灰色から薄黄色に変わり、Eランクに昇格した。良き良き。
今回は馬車を頼まなかった。一度は自分の足で依頼に出てみたかったからだ。シーファも気乗りしていた。
依頼の内容は『深淵の滝』の入り口付近に出る光を纏った鳥ーーミストバードを1匹討伐すること。俺の魔物図鑑には、水を含んだ濃い霧を発生させて水魔法攻撃を仕掛けてくるのだという。こいつには物理攻撃が効かないので、俺たちは魔法で戦うことになる。
『深淵の滝』の奥は立ち入り禁止となっている。濃い霧のせいで迷い、飢えて死んでしまうのだ。帰ってきたものがいないので、そう記されていた。
……俺も火球以外の魔法攻撃覚えなきゃな。
そこで、シーファに教えてもらった。光魔法だ。ヒールなどが使える魔法だが、攻撃もあるらしい。しかし、普通の詠唱とは違う。
「ええっと、攻撃魔法なら『偉大なる光の精霊よ。闇を退け光で世界を満たせ』ですね。この後に魔法の名前が入ります」
「分かった」
魔法図鑑で調べてみると、ヒールの他にも転移や状態異常回復魔法があった。詠唱も書いてあるのだが、かすれて読めないためシーファにいってもらったのだ。そこで、俺は攻撃魔法の聖柱を覚えることにした。
聖柱とは、光の柱を出現させてその人の魔力量に合わせて攻撃範囲が広がるという優れもの。俺は魔力がバカみたいに多いし、うってつけの魔法だ。
「『偉大なる光の精霊よ、闇を退け光で世界を満たせ』聖柱!」
シーン。
まあ、そんな早くできるわけないわな。ここは気長に練習するか。
そういうことで、俺は深淵の滝に着くまでずっと詠唱を繰り返し、何とか形にすることができた。
「『偉大なる光の精霊よ、闇を退け光で世界を満たせ』聖柱!」
1つ前の地面から光が漏れ、次の瞬間光の柱が何十メートルも高く上に上がった。横幅は直径2メートルほど。聖柱って、結構ヤバい奴なんじゃ?
取り敢えず完全体にすることはできた。あとは実戦で試すだけだ。
聖柱が消えた後、そこは地面がえぐれて焦げていた。ううん、今日はいい天気だなぁー。
「す、凄い……ここまで威力が高い聖柱を見たのは初めてです。流石です、サトル!」
おお、ありがとう。ちょっと嬉しいぞ。
そうこうしているうちに、出発してから数時間。遠くにモヤのようなものが見え始めた。
あれが深淵の滝?
さらに近づくと、霧に覆われた大きな大きな滝が。霧の中にある感じで、ところどころしか見えないがありゃ東京タワーぐらいの大きさがあるぞ。デカくね?災害レベルじゃん。
「あんな大きな滝があるなんて……」
シーファが口をあんぐりと開ける。ここから見てもあれだけの存在感を放つとか、マジないわ。あそこで滝修行とかしたら全身の骨複雑骨折しそう。それだけにはとどまらず、もうペッシャンコになるんじゃない?
ナニソレフツウニコワイ。
こして俺たちは深淵の滝の霧の真ん前まで来たのだった。




