第212話 弱体化
うーん……。
全身が軋……まないな。
肋骨が折れ……てないな。
痛みで意識が飛びそう……でもないな。
いやいや。ちょっと待て。
なんかおかしい。
確か俺は、精霊を名乗る魔獣に殺されて……。
今意識があるのだから、殺されたわけではなさそう。それに、身体中にまだ残っている魔力の感覚は感じたことがあるものだった。
シーファか?
違う。激似しているが、シーファならもっと雑な魔法を組むだろう。
決して彼女が劣っているわけではない。この魔力の流し方がそれほど綺麗で、どう見てもシーファより高度な魔法を使っているのだ。
目を開ける。魔術の効果か、清々しい気分だった。だが、目の前の光景に俺は思わず声を漏らす。
「うっわ」
散乱した家具。倒れている男。差し込む月光。
一番衝撃だったのは、壁に穴が空いていることだった。
「あ、ミィト」
死角にいて気がつかなかったが、そこにはミィトが眠っていた。看病してくれたのかな……?
優しき優しき。
一つ言うとすれば、せめてギルドにでも運んでほしかった。文句を言う筋合いはないけど。
ゆっくりと立ち上がる。
状況の整理。
まずは、悪魔に襲われて。攻撃を受けたと思ったら眠って、起きた。
おしょまい。二文。
我ながら酷い説明だと思う。
ん?
悪魔に襲われた?
そのあとどうなったんだっけ?
確か、一緒にシロと戦ってて……。
あ。
「やっべ」
心臓音が急に高鳴り始める。
ちょ、死んでたりしないよな!? ちゃんと生きてるよな!?
早く行かなきゃやばい気がする! もしかしたらやばいで済まない状況になってるかもしれないけど、急がなければ!
そうと決まれば善は急げ。
部位変化〜。
翼を生やしい。
飛翔!
と、思ったが近づいてきたのは空ではなく地面。顔から思い切り倒れ込む。
い、痛い!
何が起こった? ていうか、転んだだけでなんでこんなに痛いんだ? 転んだ? じゃぁ、俺は飛べなかったのか?
疑問が頭を駆け巡る。
「う……」
倒れた音でミィトが目を覚ましたらしい。
「あ、サトル!」
俺の名を叫び、ミィトが走る音が聞こえた。なぜか音が小さく聞こえる。
そして、もう一つの喪失感。これはなんなんだろう? いつもあったものが、なくなったような……。
足音は一向に近づいてこない。あれ? 方向感覚狂いましたか?
膝をついて立ち上がる。
「大丈夫!? サトル!」
唖然とした。ミィトは俺とは違う男の元へと走り寄っていたのだ。
その男の手を握り、声をかけ続ける。
「うう……」
男は声を漏らし、意識を取り戻した。
「あ……、て、ミィト様!?」
ただひたすらに驚愕する。
「様……? どうしたの? サトルらしくない」
「え……。サトル? 俺、サトル?」
「も、もしかして! 記憶喪失だね! 頭を強く打ったからだよ!」
「記憶喪失って……」
「ああ。寝ている場合じゃなかった。サトルのためにも早く治療をしなければいけないんだった。シーファを呼んでくるから、待っててね」
意味が分からない。
ミィトが横を通る。俺の顔を流し目で見て、去って行った。
「は、え、ミィト?」
彼女は足を止め、振り返る。
「邪魔をしないで。今、大事な時だから。貴方は仕事を切り上げて、帰っていいよ。給料は多めに出しておいてあげるから」
スッと目が細くなる。
「私のことを呼び捨てできるのは、サトルだけの優待券だから」
捨て台詞を吐き、走り去っていく。
「おい、お前……」
気がつくと、背後にあの男がいた。気がつかなかった。大気感知を持っているのに。
大気感知……!?
そうだ!
今、俺にはいつも大気感知で得られる情報が入ってこない! 大気感知だけではなく、全感知上位の感知系スキルはすべて発動ができない!
「聞いてるのか?」
最大の問題は、目の前の男。
そいつの顔は、俺。
つまり、目前に俺がいた。っていうかボロボロだな。
水魔法で水たまりを作り、覗き込む。がっしりとした顔に、茶髪。20歳ほどだろうか。
まさか……俺たち……入れ替わってる!?
シャレにならん。
「おい! 話を聞いてんのか!?」
目の前の俺が苛立った声を出す。体は本物だけど、偽物と呼ぼう。
「俺の話を聞ーー」
「ういー。聞いてるぞー」
青筋が浮かぶ。俺だってやった記憶にない怒り方だ。
「ふざけんな!」
「ごめんごめん。ちょっと待っててくれない? 今状況整理中」
隣で偽物が喚き散らしているが、気にする必要はない。
大気感知が使えないとすると、他のスキルも使えない可能性がある。
水魔法は使えた。他の属性はどうだろう?
試してみると、水、風の属性しか使えなかった。
俺の得意とする火魔法は発動しようとしても手応えすらなかったのだ。さらに、変化もダメだった。
部位変化が使えなかった時点で予想はしていたけど、いざとなると不便だよなあ。
で、なんでこうなった?
俺たちは中身だけが入れ替わっている。どこかの映画でこんな展開を見たことがあるが、感動ものではない。むしろ吐きそうである。
誰かがなんらかの魔獣を行使したのか……あるとすれば、あの精霊。俺がここまで吹っ飛ばされた原因もあいつだし。
て、悪魔!?
色々ありすぎて忘れてた!
シロ、待ってろ! 今助けに行くからなあ!
走り出すが、すぐに息が切れた。




