第210話 魔王の過去
少女は魔族として生まれた。親は魔王の夫婦。つまり、魔王が二人いたのだ。
夫婦の間に生まれた少女はそれ相応の権力を持っていた。歩けば魔人たちが跪くし、欲しいものは権力の力で何でも手に入った。
それでも、少女の心にはぽっかりと穴が空いていた。
両親は魔族の統計と仕事で忙しい。少女に構ってやる時間など、一切なかった。
ボクは愛が欲しい。お金では買えない、愛が欲しい。
いつしかそう思うようになった。
思えば、ボクは生まれてきて愛をもらったことがない。
執事だって仕事だから仕方なくボクと話してくれているだけ。
メイドも、笑顔の裏には仕事に対する嫌味が見え隠れしていた。
両親は優しい性格だったため、執事やメイドが何か失敗をしてもにこにこと笑っていた。そして、人族との対戦を拒んでいた。
そんな魔王たちの未来を心配した輩がいた。
魔王とは威厳のあるものだ。
人族を滅ぼすために生まれたのが魔王だ。
だから、魔王軍を作り調整しなくてはいけないのだ。
心配という感情はやがて狂い始め、反乱の結果となる。
両親は生きた者を殺せないほど、優しかった。
それをいいことに、少女の目の前で両親は殺された。
『ーーやめてくれ! 僕たち魔族と人族は関わるべき存在じゃないんだ! 分かってくれ!』
『何ほざいてやがるこのクソ魔王がっ! この世界を支配するのが魔王というものだ! 先代の御心を非難するつもりかっ!』
『先代に比べちゃお前ら、なんてバカな魔王なんだ!』
『死、あるのみ!』
『死! 死! 死! 死! 死ーー』
少女は殺されなかった。
時期魔王として。
掟でもあった。魔王の眷属は一人でも残しておくこと。
少女はいらない期待をかけられ、成長した。
『あいつは両親とは違うから』
『俺たちの期待に応えてくれる』
『あんなバカな親を持って、お前も可哀想だな』
絶え間なく降りかかる、非難の言葉。
少女は思う。
ーーボクはいい。ボクはいいんだ。けれど、お母様とお父様は…………っ。
許せなかった。とても同じ種族には思えなかった。
魔王が消えたことは何らかの拍子で人間国まで伝わる。好機だと思い、人族は果ての大地の調査をし始めた。
統率のない魔族には打つ手がない。そこで初めて、失ったものがどれだけ大きいかを知ったのだ。
そして、一人の男が攻め込んでくる。
お散歩気分で魔人たちを切り捨てていく彼は、少女にとって酷く恐ろしいものに見えた。
「おや? 僕は魔王なんていないって聞いてたんだけど」
魔王城の最奥。
仲間を連れてこないところから自信を伺える。それほど相手は強い。
「うーん……。気配からして人間でもないし、魔族の子供って感じかな?」
少女は自分の身長よりも遥かに大きい椅子の後ろに隠れる。
「大丈夫?」
驚いたことに、彼はにこやかに手を差し伸べてきた。
「近寄らないで」
冷たく言い放つが、男は微笑み続ける。
「表情から分かるよ。すごく辛いことがあったんだね」
眉がピクリと動いたのを、男は見逃さない。
「やっぱり。でも、大丈夫。僕は勇者だ。人を笑顔にさせることが仕事だからね」
……いつぶりだろう?
こんな優しい声をかけられたのは。
じんわりと心に温かみが広がる。一筋の涙が頬を伝った。
手を伸ばす。
ボクは、この人についていく。
魔族なんて知らない。人間として、生きてや……るーー。
白い光線が空を走る。踊る鮮血。
勇者は剣を振り向いていた。
「よし、任務完了っと」
剣を振り、血を飛ばす。
「な、ん……」
「なんで? いや、なんでも何もないでしょ。君は魔族なんだから。殺されるのが当然だし」
信じたのに。
勇者はつまらなそうに答える。
「どうせ魔王の子供だろ? すぐに分かったよ。お前みたいなやつは死ななければいけない。成長すれば、人類の敵となるのは明らかだしね」
「違……っ。ボクは……関わら、ない」
「こういう時、誰だって命乞いするよね。鬱陶しいからあまり聞かないけど」
そうやって何人も殺してきたの?
チンと音を鳴らし、剣を鞘に収める。
「それにしても、反乱なんて馬鹿だなあ。自分たちに不利益なこと分かってやってるのかな?」
…………分かってるよ、そんなこと。
嘲笑する勇者。
「首を切ったらすぐ死ぬと思ったけど、割と頑丈なんだね。気持ち悪い」
生首となった少女の顔を足で踏みつける。
「死神」
何か呟いたかと思えば、少女の背後には狐の仮面を被った人が立っていた。
……生首に背後もないが。
「成長遅延」
少女の体に異変は起こらなかった。
「封印」
膨大な魔力を注がなければ解けない封印。その量は10000。ありえない数値だが、これくらいしないと簡単に封印が解けてしまう。
「何度倒してもいつか復活してる魔王だから、封印の方が比較的安全。と、いうことで君にはおねんねしてもらうよ。永遠に、ね」
最後に見せた勇者の笑みは、歪んで見えた。
……これまで一度も使わなかった力。災いを呼ぶと封印していた力。
消滅。
勇者の姿が忽然と消えた。
最後のあがき。死神は言葉を発しない。驚いたのだろうか?
「あーあ。せっかく長い時間をかけて作り上げた分体が一瞬でパァだよ」
次には、あの悠長な声が聞こえてくる。
「勇者まで地位をあげたのに。残念だなあ」
もう……ダメだ。
意識が、持たない。
「これで五分五分だよ。僕は大事な分体を失って、君は封印された」
「余のことを忘れていないか?」
「ああ、ごめんごめん。じゃぁ、こうなるね。ーー僕たちの勝ちだ」
……ふざけるな。
魔族なんて、人族なんて、知ったこっちゃない。
少女が学んだのは、この世界で生きる者全てが醜いこと。現実は甘くないこと。勇者なんて、くそくらえなこと。
魔族?
魔王が必要ないなら、勝手に生きればいい。ボクには無縁だ。……腐れ縁だ。
人族?
ただひたすらに醜いお前らはこの世の糧になれ。ボクが皆殺しにしてやる。
「皆殺し♪」
ボクは弾んだ声で廊下を歩く。
「さとるはどうやって殺そうかなー? 皮膚を削いでいく? 爪を一枚一枚剥がしていく? 眼球をほじくりだす? ああ、想像しただけでゾクゾクするよー」
気がつけば、自室に戻っていた。
机の下のスイッチを押すと、本棚だった場所がスライドし新たな扉が現れる。
無意識のうちに中へと入り、膝を折る。
弾んでいた気分が一気に萎んだ。
優しく微笑む魔王の夫婦の写真があった。
血がこびりついている右手に力を込め、振り上げる。
「…………っ」
奥歯を噛みしめた。
「何が、何が関わらないだって!? お前たちのせいでボクはこんな目に……っ! お前たちは、死んでよかった! よかっ……た……」
涙が零れ落ちる。
膝の上へと右手を下ろす。
「お母様……お父様……っ!」
どうして、どうしてこんな仕打ちに……!
……少女は忘れていなかった。
両親の望みを。
それでも、自身の野望のために動く彼女は止まらなかった。
否、止められなかった。




