第209話 魔王、動く
ガーム、ガーム、ガーム…………ッッッ!!!!
裏切った。裏切った。裏切られたッ!
「ま、魔王様……」
男が怯えた色を浮かべ、ボクに声をかける。
心配してるわけではない。むしろ、ボクの怒りの火種が自らに飛んでこないかを恐れている。
その事実が余計に腹を立たせた。
「…………」
無言で睨むと、男はヒッと後ずさる。その背後にある窓が音を鳴らして砕け散った。ガラスの破片は地に落ちる前に消滅する。
「あーあ。外しちゃったよ」
浮かべた笑みは、酷く恐ろしいものに見えたのだろう。そいつはみっともない悲鳴を上げ、去って行った。
「…………」
戦力が減ったのは明らかだ。精霊の力を借りてできたことも、今では全くできない。消滅スキルを発動させる際に座標を設定するのだが、それすらも難しくなっている。
先ほどの攻撃は、本当は男に当てたつもりだった。主に怯える部下など、必要ない。
……もちろん、苛立ちで外してしまった線もある。でも、力が感じられない。湧き上がってくる力を感じられない。
精霊の有無でこうまで違ってくるのだ。
そして、裏切られたということは、相手がガームを手に入れた事実に繋がる。
ボクの力が劣り、さとるたちの力が上がる。
完全的な差がついていたのに、それらが一気に覆された。
「まだ、まだ、距離は詰められてない。こっちの方が優勢だよ」
自分自身に言い聞かせる。
「今までのように早く動くこともできないし、超パワーで人を投げ飛ばすこともできない。でも、ボクには洗脳がある。部下を思い通りに動かすことができる」
そこで、疑問が芽生えた。
ガームは何故、ボクに置いた信頼を簡単に壊すことができたのか。
彼には強い洗脳をかけておいたはずだ。ボクが死ぬか、洗脳を解かれた場合に初めてガームは自由の身になる。
何が言いたいかというと、ガームはどうやってシロと契約を結んだのか、ということだ。
……よく分からないが、ガームの洗脳が何かしらの拍子で解けたとしか言いようがない。そんなことは絶対にありえないが、他に方法がーー。
ボクはハッとする。
元々、ヤツに洗脳はかかっていなかったのでは?
精霊は人族にも魔族にもあまり知られていない存在だ。文献にも、"滅多に人の前に姿を現さないので、幻の説もある"としか記されていない。
そう。
契約すら、知られていない事実なのだ。
そして、ボクは上位精霊のガームに出会った。
最初の頃は優しく接した。精霊は心を読めると聞いたから、もしかしたらボクの本心に気づいていたのかもしない。
その上で、ボクの話を聞いてくれたのか。弄んでいたのか。
……精霊の力が馴染むまで、何十年とかかる。だから、さとると早めに決着をつけなければいけない。
生唾を飲み込む。こんな感覚は久しぶりだ。
追いつかれる。抜かされる。殺される。ボクの積み上げてきたものが、崩れ落ちる。
このボクが恐怖に支配されるなんて、つくづくさとるのパーティーは恐ろしい。
それに、ガームは犬にやられた。一番殺しやすい犬ですら、かなりの力を持っている。
「魔王はあいつらを見くびっていた。うん。正直、すぐ倒せる相手だと思って無視はしてたよー」
その気になれば乗り込んで、殺すこともできる。乗り込んだことはあるが、それ以上はせず、帰ったことなんて何回もある。
……後悔などしない。
それが運命だから。
神が定めた、運命だから。
ボクは拳を握り締める。
手の上で踊らされている感覚は、いつになっても嫌な気分を覚えた。
魔王軍を厳選した者から作り出し、それを人間国へ向けよう。全ての国に、平等になるように魔物を送り込む。流石のさとるも対処に困ることだろう。
ギルドマスターもいるが、それくらいなんだ。
最近は情報組の魔人から、ギルドマスターの状態がおかしいという報告も上がっているし。
今が好機だ。
力を入れすぎたのか、指の間から血が滴った。
決めたら早い。
「準備だね」
取りかかろう。
「人族を根絶やしにするよ♪」
……少女は大事なことを忘れていた。




