第208話 シロVSガーム 決着
知りません。昨日もう一話投稿するはずだったなど、全く知りません。
イノシシ。
その類の魔獣は、一頭で大陸を一つ滅ぼしたという伝説がある。
目の前の化け物が放つ覇気は、それと同等か、それ以上だった。
『噂には聞いたことあるだろ? そう。そうだ。そのイノシシの魔獣がオレだ! 姿を変えることで、劇的な力を手にすることができるッ! 代償も大きいが、オマエを倒すのなら軽いゼ!』
ーーガームは間違ってる。
一言告げる。悪魔は表情を変えず、鼻で笑って見せた。バフッと風が巻き起こる。
『分からせてやるよ。オレが間違ってないと! そして、この世界の頂点に立つ存在だと!』
イノシシが咆哮を上げた。どす黒い体からその破片が飛び散る。
ピンポイントに電気を飛ばし、自身に飛来してきた液体を熱で蒸発させた。
……まずい。
MPがあまり残っていない。
鑑定を持っていないシロだが、そこは感覚で分かる。MPの残量は約500ほどだろうか……。
一般のMPだと500でも多い方だ。しかし、シロの魔法はどれも燃費が悪い。よって、少ないとしか言いようがなくなる。
それに対して、悪魔はまだ余力があるようだ。二つの鋭利な牙の間にエネルギーが集結し、白い光線を放った。
光線はシロの体を埋め尽くすほど大きい。シロは宙を蹴り、光線を避けた。眩い光は地面を削り、遥か彼方まで飛んでいく。
とてつもないパワーだが、単純だ。避けるのは容易い。しかしーー。
ドロドロの体を持つイノシシに、どうやって攻撃をすればいい?
『ケケケッ! 逃げ回ってるだけじゃ埒があかないゼ!?』
悪魔の声。
残り少ないMPを削って電気を生み出した。ダメ元でイノシシにぶつけるが、やはり効果はない。
……弱った。
シロには打つ手がない。つまり、出来ることがない。
…………いや、あるはある。しかし、ぶっつけ本番だ。スキルにはあるが、やったことがないのだ。失敗するかもしれない。
ーーやるしかない。
シロの決意を聞き、悪魔は嘲笑した。
『何をしても無駄だ。この体には傷一つ付けることができねえ。それはオマエジシンが分かってることじゃないのか?』
ーー分かってるとも。だから、シロはガームを傷つけない。
何を言っているのか分からないらしい。悪魔は首を傾げたが、すぐに気持ちを切り替える。
『ケッ。用はどう足掻いても無駄ってことだ』
悪魔が光線を吐く。それは途中から分裂し、まるで自我があるかのように自由自在に動き始めた。
上手く躱しても、その先で方向転換をして追いかけてくる。追尾型のようだ。
ーー鬱陶しいだけ。
放電で全てを相殺。残った魔力を全て注ぎ込んで、新技を繰り出すべく集中する。
『何をするのかは知らねえが、邪魔はさせてもらうゼッ!』
イノシシが大地を揺るがす。それがただの足踏みなのだから恐ろしい。
地面から突起した岩がシロを追いかけるようにして次々と生えてくる。シロは風と雷と雨を想像し、それらのイメージを崩さないまま更に上空へと逃げた。
続いて光線が飛んでくるのかと思いきや、白い大きな物体が風を切り裂きながら飛んできた。
……イノシシの牙だ。
ーーそんなのあり?
予想外の攻撃に、思考が止まる。組んでいた術式が崩壊し、イメージもバラバラになって砕けた。
牙はシロの真横を通り過ぎる。かすったのか、脇腹から頬にかけて薄い切り口が走った。
一からやり直しだ。
術式を組んでいく。一度やったため、今回はスムーズだった。
牙が飛んでくるが、二度も同じ手はくらわない。
ーーこれで終わり。
術式が完成する。
ーー雷神風雨!
途端に、力が抜けた。魔力切れだ。
『そんな!? バカな!?』
悪魔の焦った言葉が飛ぶ。
雷の力は最小限に。その代わりに、風の力を最大にした。
風は回り、やがて竜巻になる。竜巻はシロ以外のものを全て吸い込んだ。
草も、抉れた地面も、岩も。
そしてーー。
『くそ、吸い込まれーー』
イノシシの体もろとも。
『ぐあああああああぁぁぁぁ!?』
風が巻き取った。
雷神風雨が止み、残ったのは悪魔本体。ボロボロの状態で倒れこむ。
位置的にちょうど向かい合うことになった。
ーー君は強い。でも、ここまでシロはやれた。
悪魔は突っ伏しながらも聞いているようだ。
ーー……相打ちみたい。
雷獣化が解け、体がしぼんでいく。この状態で攻撃を受ければ即死は免れない。それは悪魔も同じだ。シロが引っ搔きでもすればHPは0になる。
シロは最後の気力を使い、立ち上がった。
「……ケケケ。力量を間違って把握していたオレがダメだったんだよ……。完全に負けだ。……早く止めを刺してくれ」
よろよろと近づき、シロが前足を振り上げる。
ーーシロが攻撃をしなくても、悪魔はすぐ死ぬ。
シロは振り下ろした足をすんでのところで止めた。
ーーシロは他人の気持ちがよく分かる。その人が寂しい気持ちなら寂しくなるし、喜んでいたらシロも嬉しくなる。たとえ、それが声に出さずとも。
犬はご主人様の感情がよく分かるのだ。だから、犬を触るとき、怯えを持ってはいけない。その気持ちが犬に移ってしまうから。
「……? 何が言いたい」
ーー君、嫌なんでしょ。
『魔王』と口にするたび、嫌悪の感情がシロにまで伝わってきていた。
「嫌……?」
悪魔は顔を上げる。口元から血が流れていた。命の灯が消えるまで、あと数分。
ーー自分でも分かってるでしょ。魔王が嫌いなこと。
悪魔の表情が変わる。
「……ああ。そうだ。オレはマオウが嫌いだ。下界で遊んでいたら、捕らえられて、無理やり契約させられて、それでオシマイ。その瞬間、オレは全ての人生を奪われたんだ」
悪魔は涙を流していた。
「オレだって、自由に生きてえ。自由にちんたら生きて、成長して、死んでいく人間がいつしか羨ましくなっていた」
その感情は時が経つたびに嫉妬へと変わる。そして、恨んでいた。
「オレをこんなことにしたマオウを。その生き様を見せつけてくる劣等共を。オレは、恨んでいた」
その衝動で、大陸一つを滅ぼした。
人間は何の抵抗もなく死んでいった。
でも、魔王は喜んだ。
「オレは……、このまま死んで……」
ーー死なない。
「…………え?」
ーー辛かったね。……なんて言葉で全てが拭えるわけじゃないけど。でも、少なくともシロは悪魔は、精霊は自分の意思で動いていると思う。
唖然とする精霊。
ーー大陸を滅ぼしたのも君の意思。シロたちを殺しに来たのは魔王の命令だけど、どんな方法で殺すかまでは言われてないでしょ? つまり、それも君の意思。……ほら。精霊が思ってるよりかはずっっと君の意思で動いているんだよ?
ーー精霊はまだ完全に魔王の手駒じゃない。
精霊はハッとなった。
ーーガームは死なない。いや、シロが死なせない。
次の言葉はガームにとって衝撃的なものだった。
ーーだから、シロと契約する?
「なっ……!?」
ーー決めて。……もちろん、君の意思で。
契約は上書きすることができる。それは、契約者と精霊が合意した場合だ。元契約者の承認は必要ない。
その代わり、精霊は契約者に対しての忠誠心がかなりある。そっとやちょっとじゃその意思は揺るがないほど。
だから、精霊から承認を取るのが一番難しい。
シロは目の前の精霊が例外の存在であることを疑わなかった。
「…………」
ガームは黙り込む。
数十秒。
「ケケケ。承諾してやるよ」
瞬間、光がシロとガームを包み込んだ。一身一体になった感覚。
それでも体の傷は癒えなかった。
「結局は死ぬのか……。酷いもんだ、オレの人生は」
念話をするMPすら残っていない。
その時だ。
「ダメですよ、絶対に」
「少しくらい……ね?」
「可愛げに言っても許しません」
「えー」
二人の男女が現れた。
「とにかく、早く帰りますよ」
「私の世界です。好きにしても文句はありませんよね?」
「はあ……もう、いいですよ。私は帰りますから」
呆れた様子で姿を消す男。それをひらひらと手を振りながら見送る女。
どちらも気配すら感知できなかった。消えていくのは見ていたはずなのに、気が付いた時にはいなくなっていた。
「サトルのお仲間です。ここは私の広い広〜い心で回復させてあげることにしましょう」
暖かいものが広がっていく。
こんな状況でも心は安心してしまったのか、途端に眠気に襲われた。
抗うこともできず、シロは意識を手放した。




