第194話 狂気
危機は去った。化け物も死んだらしい。何故か原型が崩れていたそうだ。
雨のサンプルをとった研究員がいたらしいが、その結果魔物が嫌う液体ということが証明された。
実験にゴブリンが使われたが、ゴブリンは泡を吹いて倒れたらしい。スライム等の軟体生物は蒸発するという結果が出た。
そして、人間に対する効果はステータスが半減すること。術者が誰かはわかっていないが、広大な範囲かつ多大な被害を負わせた賞金首としてギルドから広く宣伝されていた。ま、顔も何もわからない状態だから捕まる気はしないが。
もし見つけたとしても圧倒的に強いだろ。生半可な冒険者が勝てる相手じゃない。
俺でも無理かもしれないし。っていうか無理だし。
流石に天変地異を巻き起こすほどの芸当はできないし。
俺はまだ人の域だし。
ロット国は復興に専念している。雷はロット国にもいくつか落ちたらしい。不幸中の幸いか、雷が落ちたのはロット国周辺のみ。負傷者はいない。
各地で降っていた雨も止んだらしい。
ここまでの情報は全てワヤとキュラサが話していた。サンカーによると、二人は情報収集が得意らしい。どんな手を使っているのかは分からないが。
情報を集めるのはいいんだけど、終始喧嘩しっぱなしってのはちょっと……。話が進まぬ。
で、今までのが二人の話をまとめたもの。実際はこれだけに30分。伸ばしすぎだ。
俺とシーファは部屋に戻り、ゴロゴロしていた。すでに部屋にはシロがいた。
外を調べてきたらしいけど、ほとんどがワヤとキュラサが言っていたことと同じだったので適当に返事をしてたら怒られた。
いつの間にか夜が明けている。異世界にきてから徹夜が多くなったなあ。そのくせ眠くならないし。別に無睡眠でもいいんだけど、やっぱり日本人の習慣が残ってるというか。三徹とかしたら気持ち悪くなるんだよね。
「と、いうわけで俺は寝る! お休み!」
「どういうわけですか……。止めはしませんけど」
ベッドに潜る。
「おい、入ってもいいか?」
と、部屋の外から声がした。気配で気がついていたけど、彼女はミィトだね。
「ですって。サトル、どうします?」
「ええー。寝たいー」
俺の返答を聞き、シーファは苦笑いしながら魔法陣の方へ顔を向けた……ところを気配で感知。
「そうか。なら、また出直す」
ミィト一人だな。もしかしたら、すごく重要かもしれん。思えばミィトが自主的に俺の部屋に来ることってあまりなくない?
うん。入れよう。
「入っていいぞ」
ベッドに入ったまま、入室の許可をする。
魔法陣が光り、ミィトが現れる。
「サトル……」
シーファはもう何も言わない。それでいいんだ。俺の心をよく読んでるじゃないか。
布団の隙間から見えたミィトは何かを抱えていた。なんだあれ? 服?
服……。
「あ」
思わず声に出た。
「俺の部屋に置いてあったが……これはどういうものだ? こんな素材見たことがない。どこで入手した? それも転生者の力か?」
ぐぐぐ。
出来るだけ、シーファの羽変化はばれたくない。もしかしたら武器生産のために使われるかもしれないし、一生奴隷のように働くという可能性だってある。
羽変化はHPもMPも消費するし……。
正直言って、シーファに負担がかかりすぎる。
え? 俺?
シーファに許可されてるからいいんだよ! ぐへへ。
嘘。
俺だって使い道を見つけた時は興奮したけど、そんな頻繁に使わせるとシーファに疲労がたまる。
それが戦闘に影響を及ぼすのなら、使わないほうが吉と出る。
「答えたくないか?」
ミィトが詰め寄る。シーファはにっこり笑顔のまま、ゆっくりと背中を向けた。椅子に座って優雅に紅茶を楽しんでいる。
くそう。
うーん……。
ミィトなら口は堅いと思うからな……。ま、大丈夫だろ。
事情説明。わあ、納得! シーファちゃんすごいね!
この流れを作り出す!
俺が口を開いたその時、扉が開いた。
「マスター!」
あ、プリン。いないと思ってたら、何をしてたんだ? なんか持ってるし。
「10杯のうち9杯がダメだったけど、1匹は生きてたわ!」
なんの話だ?
「マウンテンクラブよ!」
「ま、マジか! 本当にとってきてくれたんだな!」
「勿論よ。マスターの願いならなんでも聞くわ」
プリンは雰囲気の変わったミィトを横目で見た。
「で、なんであんたがここにいるわけ?」
「そんな強い言い方するなって」
「……っ、貴方、なんでここにいるの?」
「コレが部屋のベッドに放り出されててな」
ミィトは服ーーレインコートを目の前に掲げた。
「ギルドマスターの俺ですらこの生地は見たことがねえ。そして、この生地をサトルが作り出すことができるのならば、ぜひお願いしたい。あの雨への対策ができそうだ」
一目見ただけで、雨を弾く素材を使っていることが分かったらしい。もう隠しようがないな。
最初から話すつもりだけど。
「こういうことで……ああいうことで……」
説明すると、ミィトは深刻な表情で頷いた。
「確かに、それを軽々しく話すとしたらお前は軍事に利用されていたかもな」
わあ、納得!
「それにしても、すごいな。こんな能力、上手く使えば戦闘を有利に進められるぞ?」
シーファちゃんすごいね!
「あ、シーファは貸さないよ?」
「承知の上だ。このことは他言しねえ。その代わり、一つお願いしたいことがある」
「それが普通の交渉ってやつだよなぁ。流石に無条件で呑んでくれることはないか」
「世間を甘く見るな」
怒られた!
「で? そのお願いってやつは?」
ミィトは少し躊躇い、覚悟を決めたのか口に出した。
「魔王城を突き止められる道具を開発してほしい」
そうきましたか……。
「全然浮かばないんだけど……」
「なら、話しちゃおうか?」
「やめれー!!」
ミィトがにやりとほくそ笑んだ。
やべ。弄ばれてる。
「やる気になったか?」
「はい。頑張ります」
思えば、この人格で笑っているのはあまり見たことがなかったな。
ミィトはレインコートを放り投げる。それをキャッチし、俺が再び視線を前に戻した時には、もう彼女は部屋から去っていた。
それにしても、不思議だ。
俺は小さく首を傾げた。
何故あんなに心臓が鳴っていたのだろう?
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高鳴る鼓動を押さえつけ、俺は部屋から出た。視界が変わり、映し出されたのは殺風景な廊下。そんな光景に安心感を覚え、俺は息を吐いた。
と、こんな場所にいたらサトルに感知されてしまう。早く離れてしまおう。
しかしまあ、面白い素材で作られた服だったな。
現実逃避しようと違うことを考える。しかし、連想は上手くいかない。
「どうした? 変な顔だ」
気がつくと、目の前に巨体があった。ズートだ。戻ってきていたらしい。
いや、そのことよりもーー。
気がつけなかった。
いつも気配に関しては気を抜いていないのに、ズートにさえ気がつけなかった。
これが敵だったら……。そう考えると、恐ろしい結末が頭をよぎった。とにかく、ここは相手が敵じゃなかったことを素直に喜び、ポジティブに考えるか。
「なんでもない。用がないならさっさと失せろ」
「顔、赤いな。熱でもあるのか? おれが部屋までおぶろうか?」
「冗談じゃねえ! お前なんかにおぶってほしいと誰が頼んだ!」
感情的になってしまう。
「すまない。おれ、頭悪いからな」
ズートは後頭部をガシガシと搔いた。
「それよりも、外で何をやっていた? 現場調査の真似事か?」
「いや。化け物を殺してた」
「は? 化け物は死んでるんじゃねえのか?」
「泡を吹いてたやつもいたけど、一応叩いた」
「それは死んでるだろ。一目見りゃ分かる」
「そうか?」
「もういい。お前と話してると頭が痛くなる。失せろ」
「分かった」
ズートは半歩前を歩き始め、すぐに振り向いた。
「あのさーー」
「黙れ! 失せろっつってんだろ!」
「……ごめんなぁ」
言ってから、我に返った。
「ーーすまん」
額を押さえ、視線を外した。
「おれ、行くよ」
流石のズートも空気を読み、去って行った。
くそ!
壁を思い切り叩く。放射線状のヒビが走り、同時に心が落ち着いていく。
この気持ちは止められないのか!?
このままじゃ俺が壊れていく!
人生が壊れていく!
どうやったら、どうやったらーー。
ハッとなる。
乾いた唇を舌で舐めた。
そうだ
殺せばいいんだ
『狂気を付与されました』




