第192話 とある場所で
「うーん。どうしたものでしょう」
光の空間で誰かが呟く。それは女性の声だった。何が見えるのか、とある一点を見つめて唸る。先ほどからそれの繰り返しだ。
「どうかなさいました?」
その横に小柄な男性の影が。
女性は振り向いた。エメラルドグリーンとパープルの髪を一本に縛り、肩におろしている。
「いたのですか」
「その呼び方は失礼です。というか、知っていたでしょうが」
「これは手厳しいですねぇ」
女性は前へ向き直り、生返事を返した。男性は呆れた顔をする。
「あのですねえ。僕は貴方様の暴君を止めるためーーゲフンゲフン。その身勝手さにストッパーをかけるために派遣された、ここで二番目の実力者ですよ? 流石にそろそろ信用してくださいって」
「私はそんな人を苦しめているように見えます?」
「見えます」
「ですが流石に傷つきます」
敬語同士のやりとりは続く。
「別にいいでしょうが。貴方様を表しているのは変わりようのない事実です。傷つくというのも嘘すよね」
「ふむふむですー。成る程ですー」
「聞いてます!?」
思わず絶叫し、男性はゴホンと咳払いをした。
「なんです? 私は集中しているんですよ。話しかけないでください」
スキル、威圧。
ただそれだけをオンにしただけなのに、男性の全身の力が抜けた。
思わず膝をつき、しまったと奥歯を噛みしめる。
「全く……二番目の実力者……でしたっけ? 聞いて呆れます」
「力だけが上のくせに……生意気な」
「何か言いました?」
女性は立ち上がる。
「マルゾアル、もう一度聞きます」
女性が肩越しに振り返った。生暖かい風が吹く。
マルゾアルと呼ばれた男は歯をカタカタと鳴らし、瞳に涙を浮かばせる。
「エルド様……! お許しください……ッ!」
「ふふ。分かればいいのです。分かれば」
毎回ふざけてはいるが、実力は本物。今のも彼女は本当に怒っているわけではなく、ほんの戯れに過ぎない。
マルゾアルは恐怖を体の中へと押し込み、入れ替わりに笑みを浮かべた。
「酷い顔ですね。いやー、誰がやったんでしょう?」
「貴方のせいでしょうが……。と、こうしてはいられません! 現状報告をしてください! それが僕の役目なので」
涙を引っ込み、マルゾアルは勢いよく立ち上がった。
「復活が早いですねー。あ、知ってます? ニホンという国ではそういう設定を持つキャラは大体雑魚のようです」
「…………」
「『げえむ』というもので学びました。雑魚キャラは分身もできて、どんなステージにも出てきて、倒しても倒しても無限に湧いてきます。ゴブリンと同じですね」
「……また何かをやっているのかと思ったら、遊びですか」
「遊びじゃないですー。列記とした仕事ですー」
エルドはまた、一点を見つめ始めた。
無性にそれが気になり、マルゾアルはエルドの元へゆっくりと歩く。
「見たいんですか?」
確認しなくとも、こちらの様子など手に取るようにわかるらしい。マルゾアルは首を傾げる。
「ダメなのですか?」
「いいえ。ダメと言ったらまた、"やはり見てはいけないような遊びをやっているのでしょうが。見せてください。僕が見て、判断します。遊びだった場合は仕事十年永続の刑で"とか言い出しますもんね」
「先手を打たれましたか。これはもう降参です」
「嘘です」
「はは、ばれてましたか」
マルゾアルは降参などしない。
どれほど威圧されようと、殴られようと、彼の忍耐力は人並みではない。現に立ち直りが早いところも忍耐力が関係している。
マルゾアルはエルドの横へ行き、とある場所を覗き込んだ。
「こ、これは……!」
「どうしました? ただの現世ですけど」
「ただの現世って! 現世と交流するのは掟で封じられているはずです! いくら貴方様でさえ重い罰がーー」
「全知全能の権限にて私のみ掟を無視してもいいように設定しました」
「こ、これだから貴方の身勝手さは……」
マルゾアルは観念したのか、深く項垂れた。
「ふふふ。バレなければいいのですよ、バレなければ」
「悪者です。ここに悪がいます」
「アレと同じにしないでください。不快です」
怒られるかと思ったのか、マルゾアルはシュッと体を縮めた。
「むむむ……困りましたねぇ」
エルドはそんなマルゾアルのことを関係なしと見極め、唸り始めた。
最初の光景に戻る。ただ一つ変わったことは、側にマルゾアルが寄っただけだ。
「何をそんなに迷っているのです?」
感じた疑問を直球に投げかけた。
「せっかくここまで積み上げてきましたのに……」
「だから、何を迷っているんです?」
「それは教えられませんよ。機密情報ですし」
「誰かと共有でもしているんですか?」
「いえ。一人の中の機密情報です」
「はあ」
素っ気ない返事を返し、マルゾアルは現世が見える床を一瞥する。
「しかしまあ、よくこのようなことをやろうと思いましたね」
「当たり前です。自分の所有物を管理するのは異常ですか?」
「そうとは言っていませんが」
なら口出ししないでください。
冷たくエルドは言い放った。マルゾアルは暫くションボリとしていたがすぐに立ち直る。
「話は変わりますが」
空気の違いにエルドは気がついたらしい。目だけを動かし、マルゾアルと視線を合わせる。
「知っていると思います。ですが、ここは貴方様の参謀としてご報告させていただきます」
「いつ参謀になったのですか?」
「ずっと参謀ですよ! ……ゴホン」
思わず突っ込んでしまい、マルゾアルは自らの失態を責めた。完全に悪いのはあちらだが、そこを指摘するとあの威圧を向けられる。
1日に何度もあれをくらうと、タフが持ちのマルゾアルでも心臓が止まる。
前に連続で威圧をもろに浴び、泡を吹いて倒れたことがあった。軽くトラウマだ。
「話の続きは?」
自分で邪魔したくせに、エルドは続きを促した。
「……裏切り者が出たそうです」
ピクリとエルドの眉が動く。マルゾアルはそれを見逃さなかった。
「……知っていましたか」
「はい。最高権力者でもあり、この世で一番の力を所持している私が知らないわけないじゃないですか」
にっこりと笑うエルド。一瞬ドキリとしてしまうマルゾアルだったが、すぐさまその感情を頭から振り払った。
「目星はついていますか?」
「まさか」
エルドは肩を上下させる。
「相手の技が巧妙で、一切尻尾を見せてくれません。というか、毛一本も落としてくれませんよ」
彼女は頼りなさげに微笑んだ。
「じーーアレ繋がりは確定していますが」
「僕もそう思っていました。時々感じるこの邪念、きっとアレが関係してますね」
アレとはなんなのか。
それは、口にしてはいけない掟となっている。
唯一掟を無視できるエルドですら躊躇ったぐらいだ。その名を出しそうになり、引っ込めた。
「手を打たないと、マズイですね……」
「僕にとってはどうでもいいんですが、貴方様が大事にするものなので協力しますよ」
「ありがたいのですが、何をするつもりですか?」
「それはこう……ね? 協力ですよ」
「結局予定がないのですか」
女と男は笑いあった。
「僕は仕事があるので行きますね。どうか、ラファエル様のご加護がありますように……」
マルゾアルは姿を消した。
「かめっぴ」
即座に名前を呼ぶ。
「はーい! 僕はかめっぴだよー!!」
元気な声を響かせ、亀の妖精がエルドの横に現れる。ふざけた名前だが、あの人がつけたものだからしょうがない。
「聞いてましたか?」
「バッチリバッチリ超バッチリ! まっかせろお!」
そう意気込み、かめっぴは消えた。
「ふう。取り敢えずは観察に戻りますか。いい感じのタイミングで加入すれば、なんとかなるでしょう」
今後の方針を独り言として自身に言い聞かせ、頷いた。
大丈夫だ。きっと。
あいつもこない。邪魔は入らない。今度こそ、今度こそーー。
そう、信じていた。
「くくく。そう上手くいくか?」
邪悪な気配に、背後を振り向くまでは。




