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第185話 偽物

 《天変地異・セカンド》


 そして、あの声がまた聞こえた。


 魔王は横で相変わらず笑っている。私は息を大きく吸うと、空に向かって白銀のブレスを放った。


 ブレスは一直線に飛んで行き、黒雲に直撃。しかし、黒雲はうんともすんとも言わない。


 〈破壊はできなそうね〉


 一匹頷き、私は魔王を見た。


 くすくすくす。


 〈貴方も何かやったらどう? ……って、聞いてないわね……〉


 相変わらずの魔王は動きもしない。私は未だ痙攣しているワニと、大の字になって倒れているサル、そしてサソリにブレスを発射した。有無も言わせずちりと化す。


 これで魔王の手下はいなくなった。気がついたら復活していて、不意打ちされるなど、人生で一番悔やむことになるだろう。私のプライドが不意打ちというものを許さなかったため、早めに手を打っただけだ。


 私は翼を広げ、大空へと舞った。全力で一回羽ばたくと、そこはもう天空だった。


 直ぐ真上には黒雲が。


 突撃しようにも、結界が張ってあるようで近づけない。ブレスはこれで阻まれたのだろう。私のブレスを受けて壊れない結界なのだから、術者は途方も無い力を持っているはずだ。


 もしかしたらマスターよりも……。


 嫌な妄想を振り払い、私は目の前に集中した。


 天変地異・ファーストと同じ流れだとすれば、これから自身の身に何かが起こる。それとも、攻撃が始まるかだ。


 全く意図がわからない。


 この魔術を行使している者は味方なのか? それとも、敵なのか?


 どちらにせよステータス半減化という状態異常が付与されているので、不利なのは隠しようのない事実だ。どうにかするしかない。


 だが、肝心な方法が見つからない。最大火力のブレスを防がれて、他に何をすればいいのだろう?


 そう簡単にブレスは連射するものではないし……。


 詰んだ。


 私は悟る。


 せめて、魔王が参加してくれれば……。


 〈ああ、面倒臭い! 本当にウザイんだから! あの魔王!〉


 全力で念話を飛ばす。


 ふざけるんじゃないわよ! あの魔王、生気がないみたいにヘラヘラしちゃって。誰かにでも操られてるんじゃーー。


 私はハッとした。


 操られてる?


 違う。魔王を操れるなんて、死神くらいしかいない。でも死神がこの戦いに参加する意味がない。無駄に手の内を明かすだけだ。


 じゃぁ、あれは本物の魔王ではない?


 偽物?


 私は自分で出した答えに満足げに頷いた。


 なら、あの不審な行動にも納得がいく。一時感情を露わにしていたが、それだけだ。声すら発していない。


 いや、一回呟いたか。今考えれば低めの声だった気がする。


 我ながら筋が通っている。


 私は一旦地上に降りた。魔王は……もう気にする必要もないだろう。


 ふと思う。


 今の状態なら、魔王を殺すことができるのではないか?


 横目で魔王を見る。


 こいつは魔王ではない。


 でも、もしかしたらの可能性だってある。少しでも可能性があるのなら、それに賭ける!


 爪を振り上げた。魔王は反応しない。


 スキルの毒爪。仕留められなくともこの猛毒で体を蝕んでくれる。痛手なのは確定だ。


 目にも止まらないスピードで爪が振り下ろされた。


 ……それでもステータス半減化の効果が出ているが。


 そして、爪は魔王を貫いた。


 貫いた感触がない。紙風船を楊枝で突いたような感覚だ。


 魔王の体内は空っぽだった。本来なら内臓やらなんやらでてくるはずなのに。いや、その前に貫くことができない、か。


 魔王は急速にしぼみ始め、最後は布切れになった。


 〈やっぱりね。貴方は偽物だった〉


 何かを感じた。思わず身構える。


「ピンポーン! 大正解だよー! 部下の華麗なるユニークスキルを見破るなんて驚きだよー」


 私の目の前に幼女が現れた。


 私の本能が警告を鳴らす。こいつは、本物だ。


 〈貴方、どういうつもり? 偽物なんて用意して。私たちを馬鹿にしてるの?〉


 苛立った口調で尋ねる。答えがどうであろうと馬鹿にされた気分は収まらない。


「違うかなー。こっちもこっちで用事があったから、遅れちゃっただけなんだよねー」

 〈どういうこと? ……っ、まさか!?〉


 マスターがこの危機的状況を無視して帰ってこないのも、魔王のせい!?


「お察しがいいね。その通りだよー」

 〈貴方……っ!〉


 魔王はあの笑みを見せた。


「でも一つだけ誤算かなー」


 魔王の目が一瞬だけ空に向いたのを見逃さなかった。


 〈これは誰がやったの? 不快でしょうがないわ〉

「さあね。ボクだって自分に影響があるスキルなんて使わないよー。それに、こんな大規模な力を使えるなんて死神くらいしかいないよねー。あっでも、もう一人いるかー。うーん、それは論外かなぁ」

 〈いったい誰の話を……?〉

「君は知らなくていいんだよー」


 魔王の目がスッと細くなった。




「世界のことは」




 私は生唾を飲み込んだ。魔王の殺気は刺々しく、私を震え上がらせるのに十分だった。


 ステータスが二分の一になっているのに、これは桁違いだ。


 何が魔王を殺せる?


 殺せない。私一人では、手出しができない。


 魔王は無邪気に笑う。


「もう撤退していいよー」


 その声に合わせ、何者かの気配が遠ざかっていくのがわかった。


 動けない。魔王が見ているから。


 目を離した隙に殺されるような気が気でならない。


 お願い、マスター。


 早く、早く、早く、戻ってきて!


 私の願いを読み取り、魔王は言い放つ。


「さとるは暫くは戻ってこないよー。ボクが爆弾を預けたから」

 〈何を言っているの? 爆弾? それしきでマスターが傷を負うとでも?〉

「あれ? ボクとさとるの力の差が理解できないのかな?」


 奥歯を噛みしめる。


 認めたくはないが、こいつにマスターは勝てない。短期間で急成長し、人類未踏の地まで上り詰めたマスターですら、叶わない。


 突きつけられた現実。目をそらすことなどできない。


「この世界には魔法防御がない」


 ポツリと独り言のように魔王が呟く。


「全て、あいつがしたことなの」


 その目はどこか遠くを見ていて、私は何も言えなくなった。

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