第182話 救済
《天変地異・ファースト》
脳内に直接響く、中性的で、身の毛もよだつ声が聞こえた。
刹那、空に黒雲が立ち込める。バケツいっぱいの雲を一気に流し込んだかのように、それは瞬時に空を覆い尽くした。
魔法かもしれない。だけど、発動に時間がかかるようだ。それ以降、一切の動きがない。
素早い動きでサンカーが飛んでくる。
「何が起こっている?」
着地するや否や、そう問うてきた。
「私にはわからない……。大丈夫なの?」
主語が抜けていたが十分伝わったらしい。サンカーは顔にシワを寄せ、笑う。
「ほっほ。これしきで音を上げたりはせん。伊達に長い間生きてはいないからな」
「ごもっともだけど、結構深いでしょ? 空間攻撃なんて食らったことないんだから、対応はあんまりできなかったはずだよ」
「ほっほ。鋭いな」
サソリが動いたのを見て、ミィトたちは身構えた。と、空気を切り裂く音が背後から聞こえ、振り向きざまに飛来してくるナニカを斬り落とした。
重かった。手が痺れている。
「む」
サソリが攻撃を仕掛けたらしいが、サンカーがしっかりと防いでくれた。鉄同士がぶつかるような音がする。
いつの間にか、ミィトとサンカーは背を預けていた。
ミィトは視線の端で下を確かめる。真っ二つに割れてはいるが、それは魔法で作られた岩だった。
サルか。
一番遠くで投擲を繰り返す、厄介な相手。ミィトは近距離特化なので、遠距離が苦手だ。それはサンカーも同じ。まあ、彼ならその剣の腕で岩を斬り落としながら強引に突破していくが。
ミィトも国の騎士団長を優に超す剣の実力を持っているが、サンカーはそのもっと上にいる。誰もが口を揃えてこう言うだろう。
剣の天才、と。
ミィトがやっている国ーーチカ大国にも剣聖がいるが、はっきり言って人生の経験が違う。サンカーは何十年も剣だけで過ごしてきた。それに比べ、剣聖は魔法だって使う。ここの差だろう。
後ろでサンカーがサソリの攻撃を難なく防いでいる中、ミィトはサルに集中した。
そこへ向かった騎士は岩に直撃したのか血を流して倒れている。酷いものは、頭と体がくっついていなかった。
「魔王……!」
それに気がついたのか、サンカーが呟く。
「熱くなってはいかんぞ? 相手の思う壺だ」
「う、うん。分かってる。でも、早く終わらせなきゃ……」
明日になるまでに終わらせなければ、ミィトの人格が変わる。次の人格は本人でも一番嫌っている、気弱な男性だった。
「アレになっちゃうと、私はみんなを取り仕切ることができない……」
弱気な言葉に、サンカーは表情を緩めた。
「その前に終わらせればいい話よ」
「……そうだね。頑張らなくちゃ」
また飛来してきた岩を斬る。両断された岩の破片が絶妙な軌道でサソリに突き刺さった。
「ギイィィィィッッッ!!」
その様子を見、サンカーが言う。
「此奴、再生能力を持っている」
「え?」
驚いた。思わず振り返ってしまいそうになり、ぐっと止める。
瞬間、またあの嫌な予感がした。サンカーは空間感知を持っていない。ミィトも持っていないが、本能的な感覚だと彼女の方が長けている。ここがミィトの長所なのだが、今は追記する暇はない。
「避けて!」
全てを悟り、サンカーがその場から飛び退いた。同時間にミィトも真横へと飛ぶ。
地面を転がり、受け身を取る。違和感もなく立ち上がると、目の前に迫っていたのは小さな岩の粒だった。
ミィトは危機を感じ取り、それが広範囲によって散りばめられているものと分かると止むを得ず剣でガードをした。
氷で作られた剣は、数発を受けても無事だったが削れていき、7発目で完全に粉砕した。
氷の壁ではダメだ。あれはウォールバリアと違い、丈夫なものの発動時間が遅い。たった1秒にも満たない差だが、互角相手と戦う場合はその1秒が命取りとなる。
……サンカーの言う再生能力とやらも気になるが、こちらが先だ。先に手を打たないと非常にマズイ。
腕でガードをする。1発が頬を掠め、2発が手足に入った。思わず顔をしかめる。
弾丸よりも早い岩礫は漸く止んだ。数十秒にも感じたが、実際は1秒ほどである。
「やってくれたね……」
更に1発、腹に入っていた。血を吐き出し、サルを睨む。
そして、訪れる空間を超克した嚙みつき攻撃。無理やり体を捻り、直撃は免れたが脇腹を抉られた。
ハッとなり、急いで前を向いたがもう遅い。
第2弾の岩礫。今度は先ほどとは比にならない量が飛んでくる。避けられるルートがない。敵ながらあっぱれだ。
と、体の傷が少し治った。魔法支援部隊のお陰だろう。それでも腹の1発は治せなさそうだ。
手足が動くことを素早く確認すると、ミィトはパチンと指を鳴らす。これは神経を統一させなければ出来ない芸当だ。腹の痛みを忘れ、ふっと息を吐く。
「氷結大爆発ッ!」
目前が爆発し、ミィトは吹っ飛ばされた。致命傷だが、あの岩礫をくらうよりかは遥かにマシ。確実に体が粉々になっていただろう。
すぐに冷気が溢れた。刺々しい氷が外側に張り出て、中央にある礫を凍らせている。そして、ミィトがもう一度指を鳴らすと、それは砕け散った。
死ぬのは免れた。しかしーー。
ただの時間延ばしだということだ。
第3弾。何度も氷結大爆発を連発できるミィトとは違い、相手は細かい石を投げつけているだけだ。一度防がれようが、痛くも痒くもない。
「ミィト様!」
サンカーが叫ぶ。駆け寄ろうとしたのだが、サソリに行く手を防がれた。いつ再生したのか、潰した目は元通りになっている。尾も半分まで再生し終わっていた。
ワヤとキュラサはワニに向かっている。こちらに来ることはまずない。
ズートは……言うまでもないだろう。
覚悟を決め、瞼を閉じる。その時だった。
白い光が、辺りを包んだのは。




