第178話 囚われた人間
慎重に階段を下りていく。
トラップとか、そういうものはない。ただ、無限に続くかと錯覚するほどの長い階段だった。
常人なら俺の位置に来るまで1時間はかかる。それを数分で看破しているのだから、人外という言葉が深く当てはまることは間違いない。全く悲しいことだぜ。
実際にはトラップも数箇所に設置されていたのだが、それは彼が早すぎたため作動しなかった。
光は俺の火球で凌いでいる。松明などもつけられておらず、ハッチから届く光がなくなった時は完全に真っ暗だった。
だから、火球で光を作ったまでだ。
コツン、コツン。
靴の音だけが反響する。
そして、なにか悪寒を感じた。
思わず後ろを振り返る。当然のように、そこには誰もいない。
火球を斜め上に投げる。
火球は階段の数ミリ上を行き、周囲を照らしながら遥か彼方までとんでいった。
……人の姿はなかった。
新たな火球を手の上に出し、俺は気のせいだったかと前へ進む。
膨大な魔力を操作しているかのような、そんな気配がしたのだ。
と、曲がり角。警戒しながら曲がるとーー。
そこに扉があった。
向こうに人がいないことを大気感知で確認する。
うむ。人気はないな。入っても大丈夫だろ。
ノブを回す。
真っ暗闇だった。しかし、俺の熱感知はその中央に鎮座しているものに向かって強烈に反応している。
「見つけた。最後の1つ」
熱感知を切る。木箱と爆弾以外、何もない部屋だった。奥に道は続いているが、詮索はしないほうがいい。今は爆弾優先だ。
木箱の上に置いてある爆弾を手に取り、俺は安堵のため息をついた。火球を消す。
漸く終わるよ……。マジ旅気分で来たのに、なんでこんなことしなきゃいけないんだよ……ったく。
ホント、最悪だ。獣人の国なんて来ないほうが良かった。こんなことになるんなら、エルシャルト国でのほほんと休んでたかったなぁ。
『いえ。どうやら、ここに来たのは正解だったようです』
え? どういうこと?
『よく観察をしてみてください』
と、いうと……。
奥の通路へと視線を移す。
あっちに何かあるのか……?
俺は鑑定さんの言う通りに、感知系を発動させた。
「おおー、いるいる」
思わず呟く。
魔物ではない。かといって、獣人でもない。
「その声……まさか、新入りさん……?」
誰かが掠れた声を上げる。弱々しく、力がこもっていなかった。
「おう。新入りではないがな。ちょっと用があってここまで来たんだ」
「用……?」
俺は爆弾を握り、歩いていく。
牢獄。錆びた鉄格子が並び、その中の1つに女性がいた。
「ここにいるのはお前だけか?」
「……ええ」
やはり。
暗闇の中、俺は眼を細める。相手にはこちらの姿が見えていないだろう。俺はそっと変化を解いた。
「人間、か」
ビクンと肩を震わす女性。彼女の服はほぼ布切れで、露出度がヤバい。年頃の男性にはかなりウハウハの状態だ。
『どうされました? まさか、そんなことはないですよね……?』
うん、ないよー。これは割とガチなんだけど、そういうの全然興味ないからさ。
『はい。貴方の性格は誰よりも理解しているつもりなので、その点は安心してもいいですね。もしそんなことがあったら、シーファに失礼なので』
ん? 何故ここでシーファの名前が出るんだ?
『2回も告白されているのに……鈍感は変わらないですね……』
え? なんて言った?
鑑定さんがあまりにも小さな声で言うものだから全然聞こえなかった。
「取り敢えず、これ着ろ」
鉄格子の間から服を差し出す。アイテムボックスに入れておいた、シーファの予備の服だ。下着とかはないけど我慢してほしい。
「あ、ありがとうございます」
後ろを向いておく。その状態で数十秒待つ。
「今後ろ向いてます……?」
「ああ」
「じゃぁ、もうこっち見てもいいですよ」
俺は振り向く。半袖の夏服だったが、別に大丈夫だろう。ここには季節とかないし。場所によって気候が変わる感じだからな。
よくよく見ると、女性の肌には痣が幾つも出来ていた。相当の暴力を受けていたらしい。同じ人間として見過ごせない事態だ。
「今からお前を助ける。どんな罪を犯したのかはしらないが、とにかく助ける。止めるなよ?」
女性の返答が来る前に、俺は火球を作り出した。顔が照らされる。女性が大きく息を呑むのがわかった。
火球の熱に炙られ、鉄格子はみるみると形を変えていく。
もしかしたら監視者とかいるかもしれないし、音を立てないほうがいいから故の決断だ。
高熱を帯びた火球なので、あっという間に鉄格子は溶ける。
「これくらいでいいな。立てるか?」
「は、はい」
女性は覚束ない足取りで立ち上がり、よろめいた。
「おっと」
肩を支える。それだけで彼女は大きく反応した。
「ひやっ!? あ、すいません……」
「あ、こちらこそすまん。馴れ馴れしく触ってな」
人に触れられることに慣れていないのだろう。俺は複雑な感情を抱きながらも女性を支え続ける。
「あの……、貴方って、もしかして……」
「ああ。人間だ」
女性は安堵と驚きが混じった表情をした。
「……やっぱり。でも、なんの縁もないただの薄汚い女性をどうして救ったの?」
俺は苦笑する。
「人間同士である以上、縁とかそんなものは関係ないだろ。種族が同じなんだからな」
息をつき、一言続ける。
「俺は差別が嫌いだ」
例え、人間が獣人を差別していても。それは変わらない事実だった。
差別のせいで苦しんだ人は大勢いる。シーファもその1人なのだから。
俺の言葉にホッとしたのかどうかはわからない。女性の意識がふっと飛んでいった。




