第16話 助けてもらった
体が揺れている。お腹あたりに感じる浮遊感。翼のはためく音。
一体なにが起こっているのか?
目を開けようとしたが、瞼が重りになったかのようにとてつもなく重い。目を開けることは断念し、他の神経に集中すると、体に痛みが走った。それも激痛だ。体を動かそうとしたが、その行動に対しても痛みが走ったので、止めておいた。
やがて浮遊感がなくなる。俺の意識はもう途切れそうだった。
「ーーーーー!ーーー!ーーーーーーー!」
何をしゃべっているかはわからない。そこで、俺はようやく自分が生きていることに気がついた。
それにしても、よく生きられたな。完全に骨が見えていたのに。
「ーーーーー!」
音が聞こえなくなる。闇がもうすぐそこまで迫っていた。俺を持った人は、駆け足で走る。
なぜ、生きているのだろう?
俺は考える。
まず、俺への爆発の威力を少しだけ弱めてくれたウォールバリア。それと、シーファのヒール。
体に温かい物が広がる。ヒールだ。じゃあ、俺を持ってくれているのはシーファ?
俺はどこかに置かれた。シーファのヒールとは比べ物にならないぐらいの温かみが身体中に染み渡った。こんなもの、シーファは出来ない。誰だ?そこにいるのは。
瞼の重りがすっと軽くなる。俺が目を開くと、涙を流しているシーファの姿が目に入った。
それと、知らない人影。その人影は次第に去っていく。俺の耳が回復し、音が聞こえるようになった。
「良かったよ……サトル……」
「嬢ちゃん。あんたがあと1分でも遅く来たら、この子は助からなかったぞ。ギリギリだったな」
さらに知らない声。それにここは……。
どこかの部屋だ。俺はそのベッドで寝ている。シーファの隣にいるのは、鎧を着た大人の女性。その後ろには窓があり、俺は目を見開いた。
街?
窓から見えるのは、活性化した昼の街であった。露店を開く者、大きな袋に果物を詰める物、剣や杖を装備した者など、見るだけでここがなかなか発展しているところだとわかる。
「な、ぜ……?」
声を出すと、シーファはさらに泣いた。シーファはあれほど街を嫌っていたのに、なんでこんな場所に俺を連れてきたのだろうか。
「おい、君。名前は?」
「悟だ」
体を起こす。痛みは感じなかった。骨が見えていた場所も、今は肉が付いており、元の白い肌に戻っている。ここまで凄い回復魔法があるのは、初耳だ。ヒールの進化版でもこれは無理だろう。
「この怪我は誰が治したんだ?」
「それが私にもわからんのだ。上位の回復魔法を持っている奴がいるか、呼びかけていたらあの女性が来てな。お前の怪我も一瞬で治して行った。大きな鎌を装備しているわ、仮面をかぶっているわ、全身黒いフードだわ、物騒なものばかりだったな」
今度会った時にお礼を言わないと。まだこの街にいるかな?
「もう1つおかしかったのが、何も要求しなかったということだ。普通なら、治してやった礼に金をよこせなど、言う奴もいるが……。今思えばこれほどの魔法を使ってケロリとしていることもおかしいし……」
かなり強い奴なのだろう。それも、俺よりもはるかに上の存在。今度、もし見かけたらお礼を言わなくちゃな。
「シーファ、ありがとな。俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったのに……」
俺が謝ると、シーファはムッと頬を膨らませた。
「さ、サトルの馬鹿ぁ!サトルの意識がなくなったとき、私はどれだけ心配したか……。今更感謝したって、許しませんからね!」
そう言いながらもシーファはどこか嬉しそうだ。言葉があやふやになっていて可愛い。
「悪いが、イチャつくのは後にしてもらおうか。自己紹介をさせてもらう」
俺は苦笑いし、シーファは赤くした顔をサッと背けた。
「私はライラ。見ての通り、エルシャルト国の騎士の団長だ」
ライラは胸の紋章を指し、胸を張る。……俺より背が高いかもしれないな。俺は大体170cm後半くらいだから……ライラ180あるのかな? でかーい。それに、色々と。うん。
エルシャルト国とか完全に初耳だな。ライラ地味にドヤ顔だし、「おお!」みたいな顔しとこう。
「団長! えるしゃると! ほえぇ!」
完璧。
「む……。貴様馬鹿にしているのか?」
何故だっ!? そんなつもりは!
「いえいえいえ。とっても感謝しております。このご恩はいつか返させてください!」
「それならいいが……。まぁ、よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
「私からもよろしくお願いします」
自己紹介が一通り終わり、俺たちは次の話題へ移る。
「俺を運んだ時、大丈夫だったのか」
無論、シーファに訊いている。
「はい。サトルを担いで飛んだ後、不安定だったんですけど、なんとかここにたどり着いて。そうしたらーー」
「いきなり上空に現れて驚いたんだ。私たちは咄嗟に剣を構えたが、重傷を負ったサトルがいてな。特別に通行許可を出したのだ」
シーファの言葉を遮り、どこか得意げに語るライラ。こういうときは……。
「ありがとう。ライラ。シーファ。本当に感謝してる」
すると、シーファはわかりやすいように獣耳をピコピコと動かし、ライラは満更でもなさげに視線を泳がしていた。わかりやすい奴らだな。
「ところで、ここはエルシャルト国のどこなんだ?」
「ここは、冒険者ギルドだ。その一室を借りている。私が金を出しているから、そこは気にしないでくれ」
街に通してくれた上にお金も払ってくれてる。いい人すぎるぜ……。
それに、もう目的地についちったじゃん。プイと頑張って考えた作戦がなぁ。まあ、こっちの方が幸せハッピーで2人入れたけど。でも、翼のことは誰も触れないのかな?
「ギルドって、部屋を借りれたんですね」
シーファの質問に、ライラは首をかしげる。
「お前たち、知らなかったのか? これは常識中の常識だぞ?冒険者ギルドは宿も貸し出しているんだ。夜は酒臭くなるけどな」
「はは、勘弁してほしいな」
「ですね」
ライラ、シーファと笑い合う。よかった、対応は間違ってなかったらしい。これで「宿の金払ってるの私だろうが! 酒臭いぐらい我慢しやがれっ!」とか言われたらどうしようかと思った。まぁさすがに冗談かと思ったがな。
「俺たち、元々はこの国を目指していたんです。ルーゲラ大森林から来たんですけど……」
「ルーゲラ大森林⁉︎」
ライラが叫ぶ。あれ?俺、変なこと言ったかな?
「大量の魔物が跋扈しているルーゲラ大森林のことか? それとも私の聞き間違いか?」
「……いえ、ルーゲラ大森林から来ました」
とどめの一言をシーファが言い放ち、ライラはぽかんと口を開けた。
「……まぁ、ルーゲラ大森林から来たからにはその大怪我にも納得ができる。信じよう」
だいぶ困惑気味だったけど、ギリギリ話が通ったな。信じてもらって何よりだ。
「……もう直ぐ日が暮れるな。私はそろそろ城に戻るぞ。この部屋は明日の昼まで予約してあるからな。夜食と朝食は一階で食べてくれ。では」
ライラが部屋から出て行く。部屋から出る際、魔法陣のようなものに乗って何処かへ消えていった。ドアの代わりだな。後から聞いたところ、強力な魔法使いじゃない限りは部屋のパスがないと入れないらしい。盗難対策バッチリじゃないか。
あとやることは……シーファに俺のことを話さなきゃいけないな。まずはそこからか。
「なあ」
「……なんでしょう?」
「野暮な質問かもしれないが……どうして俺を、助けてくれたんだ?」
「ふふ」
シーファははにかむ。まるで幼い少女のように。
「悟は、私に希望を与えてくれた初めての人だったからですよ」
俺は呆然とし、それから、思わず笑った。
これはーー
「一本取られたな」




