第151話 回想ッ!
今更だけど、ツォッカは武器を持っていない。
魔法系かな? と思うが、魔力感知ではあんまり魔力を感じられない。俺は生命感知でマーキングをし、ステータスを調べる。鑑定遮断を持っていたら厄介だし。
『ツォッカ
HP...5000/5000
MP...3800/4000』
うーん……そこまで強くないな。剣聖と戦って互角くらい? なんでそんな奴が俺たちに用があるっていうんだ?
それに、使命とか言ってたな。誰かからの使者か、それとも自分で動いているのか。でも初対面だし後者はないな。恨みも買ってない相手から狙われるとか、何者かが関与していると判断しよう。命令とか出されたのかな?
うむむ。……まあ、いいや。
「フフ。サトル殿に恨みはありませんよ」
俺の考えを読んだのか、ツォッカは鼻で笑う。
「じゃぁ誰からの命令だ?」
「それにお答えすることはできませんねぇ。それが私の使命ですので」
使命……か。
俺には無理なことだな。
主人の命令に対して忠実に行動し、その命を一捧げ続ける。そんな人生に、退屈しないのだろうか。
それは、和樹に従う魔物たちを見てきて何度も思ったことだった。
囚われたままの人生でいいのだろうか。本当に命をかけるまでの価値があるのだろうか。
彼を助けたい。
そんな期待を込めて、俺は話しかけた。
「自由が欲しいか?」
全てを簡潔にまとめた短い質問だった。しかし、ツォッカはその言葉だけで何もかも理解できたらしい。少し考え、彼は言う。
「欲しい、ですねぇ……」
喉の奥から絞り出したような、掠れた声だ。俺は自分で質問したとはいえ、まさかの返答に驚く。
「私の住んでいた村は、人間に焼かれました」
重い重い。
「人間に対する怒りで、私は目の前のものが見えなくなっていた。そこで、あのお方に拾われたのです。私は憎悪と復讐心だけで動いている、ただの人形でした。人間を殺しても殺しても心は晴れなくて。そんな私をあのお方は慰めてくれ、次の戦になる時までには復帰できるように毎回努力してくれていたのです」
そこで一旦息を吸い、ツォッカは続ける。
「しかし、私はあるときに気がつきました。いや、気づいてしまったのですーー」
時は遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは、とある命令から始まったことだ。
「なーんか人間の軍が攻めてきているらしいってー。ツォッカくん行ってくれるー?」
「は。仰せのままに」
「危なげだったらボクも参戦するから。あと、増援も送るよー。ツォッカくん、指揮をしてもらっていいー?」
「承知致しました。……っ」
ツォッカの様子をいち早く読みとったあのお方は、私の肩に手を置いてくれる。私のすべてを包み込んでくれるようなーーそんな温もりを感じた。
「迷っているんでしょ? でも、大丈夫だよー。人間を殺せば気分も晴れるって」
「意見することは大変失礼な行為だと承知しています。ですが、こんな愚か者に進言の許可を頂けますか?」
「いいよー。君だけは特別だしね」
なんの躊躇いもなくそう放たれた言葉が、私の胸に突き刺さった。勿論、いい意味でだ。じんわりと広がる暖かさに、心が安らいでいく。頭がぼんやりとし、何も考えられなくなった。
「……いえ。やはり私めが進言することはできません。これから人間を相手にするための策を練りますので、ここでお先に失礼させていただきます」
勝手に口元が動く。私の体は意図してもないのに立ち上がり、この部屋をあとにした。
何かおかしい。
いつもは、思考すらできない状態だった。なのに、今日は違う。
この感覚は、あのお方が私にかけてくれた高位の治癒魔法だと思っていた。だからこそ、こんな快楽を感じられるのだ。
あのお方の調子が優れないのかもしれない。だから、今日だけは魔法がうまく作動しなかった。
そうだ、きっとそうだ。
でも……。
なんだ、この変な感じは……?
濃いヴェールがかかっていた頭の中は、晴れやかになっていく。それこそ、清々しい気持ちになった。
パリンという音。
その時、私の頭に何かの声が響いた。
『スキル洗脳無効を獲得しました』
ドクンと心臓が跳ね上がり、私の意識は強制的に現実へと戻された。
洗脳……無効?
私は、洗脳を受けていたとでも言うのか?
誰に?
あのお方に。
どうして?
駒として使うため。
私は必死に考えた。扉の前に佇み、数分が立つ。そして、数十分の時が過ぎた。
「貴方様は……私たちを騙していたんですね……」
乾いた笑みが漏れる。私はあのお方に洗脳されていた。それも、かなり強力な。
結局は手のひらの上で踊らされていたのだろう。忠実な駒として。忠実な駒として仕立て上げるため。
悲しくなると同時に、怒りも湧いてきた。今まで私が忠誠を誓っていたのは、あんなやつだったのか。と。洗脳されてまで、従いたくない。いや、従ってやるもんか。
けれども……。
今ここから私が消えたらどうなる?
裏切り者として追手が派遣され、私は殺されてしまうだろう。そう確信が持てるのは、何回も同僚をこの手で殺してきたからだ。そいつらはここでの生活が嫌になり、逃げ、私の手によって殺されてしまった。自分でも何もやっていたのかがわからない。
私はあのお方の操り人形として、狂っていたのだ。
下唇を噛む。
どうすればいい?
「ねぇ、さっきっから扉の前で立っててどうしたのー?」
扉の向こうから声が聞こえる。私の体はビクンと大きく反応した。
「す、すいません」
慌ててその場から立ち去ろうとするが、腕を掴まれた。いつの間にかあのお方がそこに立っている。気配すら感じ取れなかった。
「何か変だよ? 熱でもあるの?」
そう言って、彼女は手をかざしてくる。不快感があっただけで、他は何も感じなかった。洗脳をかけようとしたのだ。
自身の目で見てしまったのなら、もう言い逃れはできない。
幸いなことに私は鑑定遮断を持っている。これなら、状態異常の欄を見られることはないだろう。
「無礼な姿をさらしてしまい、申し訳ございません。私が必ず、人間どもを駆逐してやります」
やつは満足げに大きく頷く。
私は決して急いだりもせず、その場を去った。
ある程度距離が離れたところで、ホッとため息をつく。
洗脳にかかったふりをしているのが、一番賢い選択だ。そして、この状態から脱出できる時を待とう。まだ先になるかもしれないが、抜け出せるのならどんなことでも我慢してやる。
そのあとは、そのあとは……。
あのお方を、いや、あいつを……。
ーー殺してやるーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらまー物騒なこと。
回想が終わって申し訳ないんだけど、これしか言えることがない。っていうか魔王って恨まれすぎじゃね?
あ、普通に魔王って言ったけど絶対そうだよな。魔王しか考えられへん。口調とかも一致してるし。
そこはツォッカが渾身のモノマネをしてくれたので、確信が持てた。結構うまかったぞ。
「漸く待ち望んでいたこの瞬間が来ました……」
しみじみと、かつ噛みしめるようにツォッカはその言葉を口にした。




