〜蜘蛛の仮面〜
シーファと和樹は暗闇の中で見つめ合う。
鎖で覆われているため、外の光は一切届かない。和樹も拘束されていて、MPも吸取り尽くした。彼には歩く気力もないだろう。そこをギリギリ会話できるレベルまで保っているのだ。
アイテムボックスはMP切れで使えないはずだ。ポケットに入っていた魔道具も全て没収した。もう、和樹は何もできないはずだ。
「で、僕に何をする気かな」
和樹が問う。
「貴方を殺すに決まっているでしょう」
いつの間にか、シーファの手に蜘蛛の仮面が握られていた。
躊躇なく仮面をつける。すると、羽織っていたローブが赤黒く変色した。まるで、黒に血を流し込んだような、残虐な色だった。
「やっぱり、君だったんだね」
和樹が諦めのようなため息をつく。
「あぁ……。記憶が、全部蘇ってきます……」
和樹の言葉を完全に無視し、シーファは小さく笑い声をあげる。
無視された当人はイラつくこともなくただ自嘲するかのような笑みを浮かべていた。
「もう襲われないって、確信してたのになぁ。完全に僕のものだって思っていたのにさ」
「貴方のもの?」
シーファは鼻で笑う。
「演技に決まっているでしょう? 誰が好き好んで貴方のところに行くもんですか」
「ははっ。全部演技だったのか……」
「『和樹さんが私を洗脳していた』と、勘違いさせることが目的だったんですよ。死神である私を抱けたことには、感謝しなさい」
シーファは仮面の下でも表情を変えず、淡々と言い放つ。
「洗脳されていたのは、貴方の方だったのですよ」
和樹の栄養が吸われ、萎れてきた。それでも彼は舌を噛み、意識を保とうとしている。
「しつこいですね。早く死んでください」
「それは……できない……かな。僕だってまだやりたいことがあるんだ。たとえ、助かる確率が0.1%だとしても」
「何を言っているのですか? 助かる確率なんて0%に決まっているんですよ? 一度頭を冷やしたらどうですか?」
そこまで言って、シーファはあっと声を漏らした。
「私が冷やしてあげればいいんでしたね」
シーファは和樹の頭に手を伸ばす。
「何を……」
「何って、私が出した冷気に生命を宿らせて貴方の脳を凍結させています。自我を持って動いているので、もう私が止めることも出来ませんし、数十秒と持たないでしょうね」
「シーファちゃんは……」
「……?」
「僕のスキルが欲しかったのかい?」
「ふふっ。冗談はよしてください。私は姉様ではありませんから」
「そうなんだね……」
「私が興味のあるものはーー」
和樹は薄れゆく意識の中で、それを聞いた。
「悟だけです」
その一言で、全てを理解した。ここで何かがわかっても未来に役立つことはないのに。
瞼を閉じる。和樹は今度こそ、その生涯を閉じたのだった。
『どうするんダ?』
ずっと気配を隠し続けていたミライに問われる。私は返答をした。
「まだ旅は続けますよ。っと、ミライは私を乗っ取るんでしたっけ。どうします? 約束の時は来ましたよ?」
ミライは考えることすらしなかった。ただ、その頬が少しだけ緩む。ミライが見せた、初めての笑顔だった。その姿にシーファも度肝を抜かれる。
『俺が出す答えは知っているはずダ。なんてったって、ずっと一緒に行動してきたんだからナ』
だからこそ、シーファは聞いたのだ。
ーーどうするんダ?
その質問は、シーファへでもあり、自分に向けて放った言葉でもある。シーファの答え次第でミライの思考は変わっていただろう。そして、決意を固めたのだった。
私は口を開く。ミライも念話を飛ばしてきた。
「『勿論、旅を続ける』」
思わず私の表情も緩んでしまった。仮面の下で、ミライも確認できなかったはずだが、それを見透かしているかのような目で彼は見てくる。
『それニ、死神と行動するというのも面白そうダ。今までの分、楽しませて貰うゾ』
「約束しましょう。私が、貴方を楽しませてあげますから」
そう言って、指をパチンと鳴らす。和樹が倒れている地面に黒いシミが現れる。それは和樹を地面の中へ落とし、消えていった。
「また、会える日までこのシーファちゃんを守っててくださいね」
シーファは仮面を外した。暗い色に染まったローブは元の赤色に戻っていく。
そしてーー。
「……? 私は、何をしていたのでしょう?」
何かを握っているような気がして、下へと視線を落とす。
丁度、原型を崩した何かが光の粉を出して消えていった。
「これは……」
『記憶がないのカ……』
「何かあったのですか?」
『…………何も無かったナ』
暫くの沈黙の後、苦し紛れの嘘をついたミライがポツリとそう言葉をこぼした。
詮索をしても答えてはくれないだろう。いつか話してくれるまで、待つだけだ。
そう判断し、シーファは頷いた。
「そうですか。なら、よかったです。もう戻っていいですよ」
ミライは霧となり、私の体の中に入っていった。
ふとサトルたちが心配になり、後ろを振り向く。それに反応したかのように、固く結ばれていた鎖が天へ登り、空の亀裂は修復された。
あとは、平和な風景が広がるばかりだった。
「サトル!」
彼の姿を見つけ、私は駆け寄る。しかし、サトルは覚束ない足取りで立ち上がり、一歩後ろへ下がった。
「ど、どうしましたか?」
敵がいるのかと思い、振り返ったが誰もいない。ただ、何かがあって地面が抉れた跡があるだけだった。
「お前は、誰だ」
鋭くどすの利いた声に、息が詰まった。
「私に何かついてますか?」
冗談めかしていうが、いつもは綻ぶ、サトルの表情は変わらなかった。
「お前は、誰だ」
もう一度、今度は、ハッキリと、サトルは。
私に向かって、声を張り上げた。




