第138話 漆黒の龍
グロ注意報とはこのことよ
俺は目を覚ました。何度も瞬きを繰り返し、ぼんやりとした視界をクリアにしていく。
広がる光景は、草原だった。
草原以外何もない。水も、動物も、食べ物も。
しかし、俺の心は清々しかった。心の中の重りがすっきりと消えたようだ。
それと同時に、不思議な感覚が俺を襲う。これはなんだろう?
なにか、大切なものを忘れている気がする。だけど、それが何か思い出せない。記憶の引き出しにはがっちりと鍵がかかっていた。
っていうか、俺はなぜこんな草原にいるんだ?
なんのためにここにきたんだ?
俺は前までどこにいたんだ?
とにかく走り回った。
結果、何もないことがわかった。
「誰か、誰かいないのか!?」
叫んだりもした。勿論答えてくれる人はいない。
清々しかった気持ちが、どんどん変わっていく。
俺は誰だ?
名前は?
住んでいた場所は?
その時、何か声が聞こえた。
『嘉村悟。それが貴方の名前でしょう』
脳に直接響いてくる声。辺りを見回しても、誰もいない。何が何だか分からず、混乱してしまう。
『どうされました? 早く現実に戻らないと、シーファさんたちに迷惑をかけますよ?』
シー……ファ?
俺はそんなやつ知らない。
『困りましたね……。完全に記憶喪失じゃないですか』
ここはどこだ?
『さあ? 私にもわかりませんが、変化呪を使った影響でこうなったことは確かです』
変化呪?
『貴方が持っていたスキルです。仲間がピンチになり、それを使ったのですよ』
俺が?
『はい』
あまり理解できないな。
『理解できなくともここから出ることが最優先です。そのためには、まず貴方の記憶を取り戻さなくてはいけません』
ああ。何かキーワードを頼む。
『今から言いますね』
脳に響く女性の声は、俺に協力してくれるみたいだった。
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チノ大草原を風の如く走っている女性がいた。
ミィトだ。
ロット国前の魔物退治がようやく終わり変えてきたので、ここに帰ってきた。今は悟たちを探している真っ最中。
「ったく……。いらねえほど広いのが癪にさわるな」
チノ大草原は名前の通り物凄く広い。しかも、途中で強力な魔物に襲われるんだからかなりの時間を使う。本当、面倒臭い場所だ。
と、考えているうちに一体の魔物を倒す。経験値取得情報が頭の中に響いた。
「……っ!?」
足を止めた。砂煙が舞う。
「なんだ……これ……!?」
悪寒が走る。足が小刻みに震えていた。こんな恐怖に襲われたのは初めてだ。
誰がこんなオーラを出しているのか。
ーーグオォォォォォォォォォォォォ…………。
恐ろしく長い、龍の雄叫びが聞こえる。それだけで大気が震え、地震が起こった。
災害級の龍であることは間違いない。そして、このプレッシャー。
自分が勝てる相手でもない。
ただただ、突っ立っていた。足が動かない。
「動け、俺! なにボーっとしてんだ! あいつらが殺られたらどうする!」
自らを奮い立たせ、無理やり走り出す。
咆哮が聞こえた方角へと一歩を踏み出すたびに、体が重くなっていく感覚がした。嫌がっているのだ。あっちに行ってはダメだと。体が警告を発しているのだ。
考えた。ここから先に行こうか何度も悩んだ。
結果、ミィトはすべての警告を無視した。
何かが見えてくる。ミィトは足を速めた。あれは……龍だ。それも、全身が黒い。顔も、手も、翼も黒々としていた。
それと真正面から対峙している者がいた。
和樹だ。
その顔を見た瞬間、激しい憎悪の念が湧き上がってくる。精一杯和樹への殺意をこらえ、今は龍に集中しようと思った。勿論和樹への警戒も行っているが。
龍との距離が約50メートルほどになった途端、背を向けていたはずなのにやつは俺の存在に気がついた。
気配は完全に遮断していたはずだ。
さらに、あの龍が強くなる。
「グオォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!」
赤く光る瞳が揺れた。やつは俺のことを鼻で笑うと、和樹に向き直る。
眼中にもないってことか……。
怒りなど感じなかった。むしろ、当然だと納得してしまう。
龍が動いた。和樹が双剣を構える。
そしてーー。
和樹の体が吹っ飛んだ。
目にも見えない速さで龍が動いたのだ。爪を下から振り上げ、和樹を上に飛ばした。ただそれだけのことなのに、和樹は反応できなかった。
和樹の腹から血が溢れ出す。彼は苦痛に表情を歪めながらも着地した。
龍が口を大きく開く。その中の熱気がこちらまでも届いた。
和樹が身構えた。
これは、ブレスの予兆。当たれば流石の和樹でも大惨事を免れない。
「グオォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!」
ブレスが発射された。和樹は読んでいたかのように上へ跳脚しブレスを避ける。だが、逃げた先には龍の鋭い牙が待ち構えていた。
ブレスは囮だったのか。
その知能に驚愕する。
龍はいとも簡単に和樹を食い破る。血が飛び散った。偽物でないことは間違いない。
「やめろ! やめろ! やめろおぉぉぉぉ!」
恐怖に泣き叫びながら、和樹は牙から逃れようと身をよじる。
「痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃぃ!!!!」
和樹の視線が俺と合った。和樹はその顔に乾いた笑みを浮かべると、指がなくなった手を伸ばしてくる。50メートルも離れているのに、彼には俺が近くにいると思い込んでしまったのだろう。
「ミィトちゃん……助けてよ……」
彼の下半身はなくなっていた。何故この状態で生きられるのかわからないが、これも魔道具の影響かもしれない。
「ルトサがさ、僕を虐めてくるんだ……」
和樹は血の塊を吐く。それでもなお、喋り続けた。
「お願いだよ……ミィトちゃん」
何も答えられなかった。ただ、食われていく和樹をみているだけ。
ざまあという気持ち半分、やりすぎではないかという気持ち半分。自分を動かす原動力がないため、その場で見ていることしかできなかった。
「お願いだ……。なんでもする。助けてくれーー」
音がして、和樹の体は縦に引き裂かれた。瞳があらぬ方向を向き、だらんと力なくぶら下がる。
そんな和樹を、無慈悲に龍は飲み込んだ。




