第14話 遺跡の支配者
闇に包まれた暗い部屋。普通の人間なら伸ばした手の先さえ分からないだろう。そんな部屋の真ん中に、巨大な魔法陣が描かれていた。それも、この世の文字とは思えないようなうねりうねった蛇のような言葉。その魔法陣が光り輝き、いつの間にいたのかその中に1人の人間が姿を現した。いや、人間かどうかはわからない。その手には赤黒い線が走り、時々発光している。真っ黒なローブを着込んでいて深くフードを被った顔の周りからは赤い髪の毛がはみ出していた。その背中にはこれまた真っ黒な鎌が装備されている。そいつは、狐の仮面をかぶっていた。
……。
静寂が辺りを包み、魔法陣の光が消えていく。また、あたりは暗闇に包まれた。
しかし、その生き物には周りの風景がまるでライトを使っているかのように見えていた。仮面に穴はない。だが、360度部屋の片隅まで見えている。ついに、そいつは片足を踏み出した。
「……」
その度に靴が音を鳴らす。静寂だった部屋の中に、靴の音だけが反響した。
「……だ」
か細い声で呟く。
「……誰だ?この遺跡に入ったやつはいるのか?」
美しく透き通った声だった。この声だけで、ほとんどの男は鼻の下を伸ばすだろう。その正体は、美少女なのか。
「スライムか……。余の遺跡に久々に入ったと思えば、ただのスライムだったか」
残念そうにいう美少女。その仮面を外すと、エメラルドグリーンの瞳が現れた。
「いや、違うな。こいつは……」
ここから例のスライムまでは超空間を通じて100光年ほど離れている。それほど安全なところで彼女は眠っていたのだ。魔法陣は、遺跡に入ったものを知らせるサインだった。
「なるほど、面白い。ただのスライムかと思ったが、なかなかの珍客が来たようだな」
身長は150センチほど。小柄な方だ。少女と呼んでは遅すぎるし、大人と呼んでははやい。
「変化か……。パグもまたおかしなものを。また戦争でも起こすのか?」
その女性はパグの存在を知っていた。それも、親しげにその名を呼んでいる。戦争という言葉も、何事もないかのように発した。
「昔パグが与えたその力を奪うと力を引き継げるとか変な噂が立ったな。ただの人間の勘違いだったが、あの時の戦争もかなり面白いものだったな」
すると、彼女は少し考えるそぶりを見せた。
「そうだな……ここは少し力を試させてみるか。余の魔物も、長い年月で死んでしまったようだしな。生み出せば、ちょうどいいだろう」
すると、女性は手をかざした。何もない空間に亀裂が入り、その中へと入っていく。中に入った途端に、景色は一変して強い魔力のこもっている、石で作られた広いドーム型の大部屋の奥に転移した。そこには大きな椅子があり、女性はそこに座った。
「さて……」
女性は悩んでいるのか、頭を揺らしながら何かを考える。そして、背中にあった鎌を構えた。
鎌を一振りすると巨大な魔法陣が広がり、その真ん中にモンスターが現れた。頭は蛇で、胴体が馬。蛇の頭は2つあり、赤黒い線が走っている。しかし、それはただの屍だった。綺麗に保存されているが、生きてはいない。
女性は無言でその体に触れた。光が広がり、どこから来たのか魂がその魔物の中に入っていく。
女性が離れると、魔物は動き出した。こいつは世にでると災害級と恐れられた太古昔の魔物だ。
「……。いい魂を授けようと思ったが、こんな弱っちいのができるとは思ってなかったな。何百年の眠りで力が衰えたか」
ルーゲラバイガルと言われる魔物は生命を取り戻し、女性の前でひざまづいた。
「まあ、いい。これぐらいで準備運動になるだろう。よし、行け」
「ジャアァァァァ!」
「ジイィィィィィ!」
バイガルは大声で雄叫びを鳴くと、椅子があった方とは反対の方向の扉から姿を消した。あとは上手くやってくれるだろう。
「さあ、どうなるかな」
これであのスライムーーいや、転生者がバイガルを倒せば余の配下にしてやってもいい。みんな死んでしまっただろうから、そいつらも生き返らせないといけない。そう思うと、これからが忙しく感じる。
バイガルの視点を借り、転生者の様子を見るとかなり驚いているようだった。
そのまま立ち向かうかと思ったが、スライムという体を利用して水溜りのように見せかけていた。
「それではダメだな。余が作った魔物を舐めているか」
このままでいたら、バイガルの興味はこの水たまりに注がれて炎を吐いたり踏んだりするだろう。以外とバイガルは興味津々な性格を持つ。
転生者はバイガルを鑑定しようと思ったらしいが、その差がかけ離れているため普通に弾かれた。
その衝撃はバイガルも分かったのか、目の前の水たまりを敵と認識する。水たまりはスライムに戻り、悲鳴を上げて逃げて行った。しかし、それをバイガルが追いかける。すれすれで奴の攻撃をかわしていく姿は紙一重だったが、いつまでも持つわけでもない。そのうち、第一のボス部屋に来た。
「ああ、ここも魔物を配置しなければな」
そう呟く女性。転生者は上に大きく跳ね、天井に張り付いたかと思うと花に変化した。
「あいつ、この遺跡の魔力を吸っているのか……!」
なかなか頭が回る。これは勝てなくても面白い逸材になるかもしれない。
転生者を見失ったバイガルはその場をウロウロしていたが、スキルの《王の威圧》を使用し、使用中のスキルの効果を消した。案の定上から変化の解けた人間が落ちてくる。その姿を見た途端、バイガルの目はつり上がった。
「こいつ、生前は人間に殺されたんだな」
それでも女性を見たとき襲い掛からなかったのは、この女性は人間ではないと感知したからだ。
バイガルは転生者に襲いかかり、その首に噛み付く。
「む?吸い取っていた魔力は使わないのか?」
この遺跡の魔力を吸った今なら、数秒だけでも光を超えたスピードで走ることができる。それは扱い次第によるが、この転生者も使えば馬車くらいのスピードを出せるだろう。それで逃げるなり戦うなりしたら一気に戦況が変わるはずだ。
「分かったぞ。こいつ、転生したばかりでステータスが上がってないんだな」
これは悪いことをした、とばかりに女性は言う。今も、遺跡の魔力を使ってバイガルを殴り飛ばした時、ぽかんとした表情をしていた。
「この遺跡の魔力を吸ったのは、単なるまぐれだったのか」
逃げる転生者。バイガルは追いかけようとしたが、その場に女性は瞬間移動してバイガルを引き止めた。転生者は走っていく。
「また会う時を待っているぞ。次は強くなって来い」
そう言い残すと、女性とバイガルは一瞬にして姿を消した。




