第127話 ピンチ
振り下ろした剣はハカイに届く前に弾かれてしまった。ハカイは長い尾を巧みに操り、俺の剣を遠くへと飛ばしてしまう。シロでもあそこまでは押さえつけられなかったようだ。
武器をなくした俺は一歩下がる。ハカイの目が怪しく光った。途端に、雨が降り始める。雷こそ降ってはいないが土砂降りだ。しかも、一粒一粒が痛い。ステータスを見ると、HPが1ずつ減少していた。大体20粒ぐらい当たるとHPが1減る感じだ。それも、肌に。
「グオォォッッ!」
ハカイはいきなり身をよじり、怯んだシロを尾で跳ね飛ばして立ち上がった。シロは後方に3メートルほど下がり、体制を整える。俺は剣を取ろうとしたが、ハカイが接近してきたので変化で戦うことにした。
変化したのは、ルーゲラキラープラントだ。毒の煙を飛ばす。しかし、ハカイは気にせず突っ込んできた。毒はあまり効かないらしい。
次に、ルーゲラフラワーに変化。飛びかかってきたハカイの攻撃を身長を縮めることによって回避する。背後から不意打ちをしようとしたが、尾が背を守っているため無理だった。
今度はスライムに。ガードしているのならば溶かしてしまえばいいと、ハカイの尾に張り付いた。侵食したところを溶かしてゆく。その間にシロが上からハカイを押さえつけた。ハカイの皮膚を噛み付いて傷つけようとしているが、ダメらしい。
「ガア!」
シロが一声鳴く。
ーー固い。噛み切れないし、傷もつけられない。
念話が届く。ハカイの皮膚は柔らかそうな見た目をしているが、質は高いようだ。
「……っ! シロ、離れろ!」
ハカイの尾が高熱を帯びていることに気がつき、俺はすぐさま声を飛ばした。シロが空中に避難する。俺も体から離れようとしたが、尾に手繰り寄せられてしまった。
大気感知が警報を鳴らす。ハカイの周りの空気が熱で揺れていた。
マズイっ!
そう思ったのもつかの間、大きな衝撃と共に身体中に激痛が走った。遅れて爆音が響く。俺は風で飛ばされ、爆風を吸ってしまったために喉を火傷してしまった。
「ぐっ……」
ハカイは何らかのスキルを使って爆発を起こしたのだ。自分も巻き込まれることを前提にして。そして、その決断はこうして俺に第ダメージを与える結果となった。
サイテーだ。
尾さえとかしていれば、こちらのものだったのに。
ーー大丈夫?
「いつつ……全然大丈夫じゃないな……」
いつのまにか変化がとけていた。MPを見る。すでに変化ができるほどのMPは残っていなかった。
「何故……?」
俺はそこまで変化をしていない。今までのMPの量だったらもっと変化ができていたはずだ。なのに、何故。どうしてMPは減ってしまったのか。
ーーマナドレイン!
シロが何かを叫んだ。
ーーマナドレインは、指定した人のMPを吸い取ることができるスキルだよ。長い間触ってなきゃいけないけど、悟の方から密着してくれたおかげで全部MPを吸い取られちゃったんだよ。
そんなものまで持っているのか……!
ーーそして、悟のほぼすべてのMPを吸い取ったハカイは爆発に使った膨大なMPもプラスで戻ってきたっていうこと。
煙が腫れて、ハカイが姿をあらわす。その体は傷一つ付いていなかった。
「どういうことだ? おい、あれは自分で自爆した感じだったろ。何で平然としてられんだよ」
ーー悟からもらったMPで自信を治療したんだね。だから、傷もすべて癒えてしまった。
なんだよ、それ。
乾いた笑みが浮かぶ。
俺が全力で挑んで、ワイバーンすらも殺した技すら効かない。俺の戦力だった毒という状態異常も効かなかった。それで、俺のMPを全部吸い取り何もできないようにして。挙げ句の果てには回復持ちだって? 冗談じゃない。
薬だって、全部シーファたちに渡してしまった。
こんなやつ、誰が勝てるんだよ。
「グオォォォォォォンッッッ!!!」
そんな俺をまるで嘲笑するかのように、ハカイは勝利の雄叫びを上げた。悔しくてたまらない。だが、俺には何もすることがない。
「わん……」
シロの雷獣化が終わった。彼もMPを吸われていたらしい。
剣もない。変化もできない。シロにも頼れない。
もう、することがない……っ!
ハカイが一歩踏み出したかと思うと、俺の目の前にいた。どうやら最後の言葉すら言わせてもらえないらしい。その爪を振り上げ、俺に向けて下ろした。
血が飛ぶ。固く閉じた目に、何かが付着した。ネバネバしたものだ。これは……血?
恐る恐る目を開ける。俺は死んでいなかった。かわりに、腹部を貫かれたシロの姿がハカイの爪に刺さっていた。
ハカイはシロに興味がないのか、まるでゴミを払うかのように爪を振る。シロは地面を滑りながら血の跡を残していった。
「お前……っ! シロを……!」
シロをこんな風に扱いやがって……っ! どうしてそんなことができる? お前は命を大切にしていないのか?
シロだって必死で生きてきた。それを、こんな形で投げすてるなど許さない!
許さない! ゆるさない! ゆるさナイっ! ユルサナイっ!
【変化呪を、シヨうしますカ?】
頭の中に何かが浮かび上がる。
それを了承してはいけない。絶対に従うな。
そう脳が警告を発しているが、地面に横たわるシロの姿を見ると俺の胸はズキズキと中から叩かれたように痛くなる。これをしなければハカイに勝てない。ハカイに今勝たなければ、一生後悔することになるぞ。
もう一方の悪魔はそう囁いていた。
俺は、悪魔に従ってしまった。
【変化呪ヲ、シヨウシマスカ?】
最後の質問。
目の前が真っ暗に染まる錯覚を覚えた。恐らく後戻りはできない。でも、やらなければ。
変化呪を、使用すーー。
「大丈夫か!?」
誰かの声で我に帰る。視界が開け、駆けつけてくるシーファたちの姿が目に入った。
「シー……ファ?」
「そうですよ! シーファです! ものすごい雷が見えたので、もしかしたらと思いここまで走ってきました」
そうか。シロのやつ、このことがわかっていてわざと雷を空高くから落としたんだな。
「その怪我は? それに……」
シーファはシロの方を向き、薬をポケットから出した。それをシロにかけていく。みるみるとシロの傷がなくなり、腹部の穴も塞がった。
「あと数分もあれば目を覚ますでしょう」
「この状況のこと、いろいろ聞きたいことがあるんだが……まずはあいつを殺ることが先決のよーだな」
「ゴォッ!」
ミィトたちが注意を引いてくれている間に、俺は自分の剣を回収した。それを鞘に収めてシロを抱きかかえる。今はこうやって観戦していた方がいいんだ。




