第120話 龍襲来
シーファはもうローブが必要ないと感じたのか、俺にローブをそっと返してきた。彼女の翼は先までピンと伸ばされている。幸福が翼にも伝わっているのだろう。
「……シーファ、俺たちはここから一歩を踏み出すんだ。本当にこれでいいのか、自分が納得しているのか教えてくれ」
翼を見せて襲いかかってくる人だっているかもしれない。異端者だと罵る人だっている。そんな奴らに耐え切れる精神力があるのか。
……聞いたが、言われる前に答えは分かっていた。
「ふふ、最初に自分を信じろと言ったのはサトルでしょう? 私はいつまでもサトルの側にいますよ。いつまでも……」
その顔に陰りがかかったのを見逃さなかった。
もし、和樹を倒せたとき。シーファの体の中にいる魔物ーーミライが体を乗っ取りに来る。それまでは協力だったが、和樹を倒せたらミライはシーファを乗っ取ると話していた。
もう、決まった話なのだ。
「……っ」
嫌な考えを振り払い、俺はシーファに視線を合わせた。彼女は心配そうにこちらを見つめている。そうだ、俺がくよくよしてたらシーファにも不安が募っていってしまう。俺がしっかりしなきゃいけないんだ。
「大丈夫だ」
一言、そう発しておいた。
シーファはにっこりと微笑み、周りに集まった冒険者たちに声をかける。
「皆さん、カズキという男を見ませんでしたか?」
「カズキ? 俺は知らんぞ」
「私も。っていうか、その人って大昔の大戦で姿を消したって話なんじゃないの?」
「死んでんじゃないのか?」
「そのカズキってこの戦争に関係してるのかな?」
「はい。関係しています。カズキこそがこの魔物の大群を送り込んだ元凶であるのです。大昔の大戦で姿を消したのは合っていますが、死んではいません。力を補給していたのです。そして、今になり現れロット国を堕とそうとし、それが現状ですね」
シーファの言葉にまたあたりが騒ぎ始める。うーん、こんなにうるさくしてたら魔物が寄ってくるぞ。
「お前ら」
俺が前に出る。一斉に視線がこちらへと向いた。
「シーファは和樹に復讐するためにここまできた。翼があることを罵られ、暴力を振るわれた。和樹は人を差別するやつだ。そんなやつを野放しにはしてはいけない。それに、魔王とも手を組んでいるそうだ」
「魔王!?」
「マジか……。魔王と手を組むってことはカズキってかなり強いんじゃないか?」
口を開く。
「俺たちはそいつを殺すためにここまで強くなった」
殺すという言葉に反応し、群衆は静まり返った。
「これは俺の勝手な旅に過ぎない。そんな俺にーー」
「『俺』じゃないですよ。『俺たち』です」
シーファが横槍を入れる。俺は、「ああ」と頷いた。
「こんな勝手な俺たちに、ついてきてくれるやつはいないかっ……! 金はいくらでもある。だからーー」
「金なんかいらねぇぜ!」
1人が声を上げる。それにつられて、冒険者たちは次々に言葉を発していった。
「金なんかで否決を決めてたら冒険者としてのプライドがなくなるじゃないか」
「そうだそうだ。困っている冒険者がいたらお互い様ってことだ」
「あたしは参加するよ」
最初に、俺たちへ協力すると認めたのはアゲハだった。
「俺も。君たちからは悪意を感じないし、いい人だっていうことは分かってた。だから、協力するよ」
「私も!」
「俺らもだな!」
「僕も参加する」
その場の冒険者全員が俺たちについてくるという決断をしたのだった。
「ありがとう」
頭をさげる。アゲハが笑い声をあげた。
「感謝することなんてないよ。勝手な旅についてきてる人たちなんだから。みぃんな、バカなんだって」
「おいアゲハそれどういうことだー?」
「アゲハはともかく私たちもバカにしないでよぉ」
「え? それどういうこと!? あたしをバカとでも言いたいの!?」
俺とシーファは顔を見合わせてくすりと笑った。
「グオォォォォォンッッッ!」
突如、けたたましい叫び声があがった。この声は……勿論人間ではない。魔物だ。
「ゴォッ! ゴォゴォッ」
それにプリンが興奮した様子で辺りを駆け回っている。と、いうことはーー。
のっそりとソレは姿を現した。半端ではない威圧に、尖った牙。赤く光った鋭い眼光と大きな翼。爪は全てを切り裂いてしまいそうだ。それに、長い尾だってある。尾には棘が付いていて触れるのはやめたほうがいいだろう。
大きな影が、俺たちを見下ろしていた。
ーー龍だ。
ことの重大さに漸く気がついた冒険者たちは慌てふためいた様子で逃げようとしていた。だが、龍に真正面から堂々と向き合う俺たちを見て、やる気が出てきたのかそれぞれの武器を抜く。
「龍がなんだ! 俺たちはシーファとサトルについていくぞっ!」
「おおおおぉぉぉ!!!!」
武器を真上に突き上げ、雄叫びをあげた冒険者たち。いい戦力になってくれるはずだ。
「シーファ、まずは弱らせるぞ」
初手でこいつを殺すことなんてできそうにないし。
「わかりました。私は後ろからーー空から援護魔法を打ちます。傷を負った者は、龍から離れて手をあげてください。私がヒールに向かいます」
「他の魔法使いは後ろから援護してくれ。ヒールが使えるやつはヒールで他の冒険者を癒す。それでいいな?」
俺とシーファの言葉に、その場にいた全ての人が頷いた。彼らもここまで巨大な龍と戦うのは初めてなんだろう。どことなく緊張感が漂っている。
シーファが上へ飛び立つ。その大きな動きに、龍の注意が一瞬だけシーファに向いた。
風のような速さで龍に近づく。再び警戒をこちらへ向けた龍は、爪を振りかざしてくる。身を翻してそれを避けた。
場違いかもしれないが、新しい魔法を試してみよう。灼熱大陸。魔法図鑑で読んだあたりからいうと、敵の地面だけをマグマのように煮えたぎらせ持続的ダメージを入れるやつらしい。相手が飛ばない限り地面は敵についていくのだとか。恐ろしい魔法だ。
詠唱を終え、俺は灼熱大陸を龍に向けて放った。
「グォッ!?」
地面が溶けていることに気がついた龍は、必死で翼をはためかせるが足がめり込んで中々飛び立てない。上からシーファの魔法が10つほど飛んできて、頭にクリーンヒットした。その衝撃で地面に押された龍は膝丈まで埋まってしまう。
「今だ!」
冒険者たちが剣を持って切り掛かっていく。後ろからはクイックやパワーなどの援護魔法で剣士を保護している魔法使いがいた。俺にもその魔法はかかっている。ありがたいことだ。
俺も剣を抜き龍に向かって走っていく。
「グォォ……!」
「っ!? マズイ!」
熱風が吹いたかと思うと、次の瞬間には龍の口からブレスが吐かれていた。俺は怯む冒険者の先頭に出て剣でブレスを弾き返した。シーファの援護の風圧変化で起動を大きくそらしてくれた上でできたことだ。
「へ……? 剣で龍のブレスを……? ゆ、夢でも見てるのかな」
あたりはざわつく。
そんなことも御構い無しに、俺は龍に突っ込んでいく。ブレスの反動でまだ動けない龍の脳天に剣を突き刺した。
「グオォォォォォ!?」
苦しみ、もだえる龍。俺は躊躇なく頭を真っ二つにした。
『ブドウを倒しました。経験値8550獲得。レベルが71に上がりました』
しゅーりょー。ん? ブドウ? まあいいや。
後ろを振り返ると。
目を丸くした冒険者たちが俺を見て呆然としていた。




