第104話 死神と恐怖
ぐー。がー。ぐー。がー。
むにゃむにゃ……ん……ふわぁ〜。
重い瞼を開け、俺は起き上がる。そこで、違和感を感じた。隣にシーファがいない。というよりも、まず場所が違う。俺はさっきギルドでギルマスたちと会話を始めて、ミィトが立ち上がってーー。
脳がずきりと痛む。
ダメだ。思い出すことを拒否してる。
考えることをやめ、辺りを見回す。どこか、見覚えのある部屋だった。部屋全体は薄暗く、壁や床、天井が黒く変色している。
視線を動かしていると、1つの場所に目線が釘付けになった。
後ろ姿だが、それは俺の知っている人物だ。全身黒いローブを羽織っていて、背中には大きな鎌を背負っていた。その人が、こちらを向く。狐の仮面を被っていて素顔は確認できない。
「死神……!」
声を絞り出す。俺が呟いた瞬間、仮面越しに向けられた視線が強くなった気がした。
「余のルーゲラバイガルを殺したのか……?」
殺気が込められた声で俺に喋りかける。今までで感じたことのない気迫に、俺は声が出せなかった。口からは言葉ではなく空気が漏れる。喉が押しつぶされたような感覚だった。
「あ……あ……」
死神が近づいてくる。背中から鎌をとり、横薙ぎに払った。血が飛ぶ。激しい激痛。俺は、胴体と頭を切断されてーー。
『《恐怖》を植え付けられました』
そこで目が覚めた。
急いで起き上がり、荒い息を整える。周りは……あの部屋じゃなかった。俺はベッドで寝ている。ギルドの宿部屋らしい。そして、俺は横で心配そうに覗き込んでいるシーファを見つけた。
「ああ、サトル!」
涙を流してシーファは俺に抱きつく。
「え、ちょっ、これどういうことだ?」
何が何だかわからない。これは夢か? それとも、さっきのが夢ーー。
「酷くうなされてましたよ。ヒールをかけたのですが、あまり効果はありませんでした。ミィトさんから聞いたところ、疲労だということです」
「今まで休まずにここまできた疲労が爆発したんだろう。悟様は少し休んでいた方がいい」
「わん」
カゲマルが励ます。シロは俺の頬を舐めてくれた。その頭を撫で返す。
「カゲマルは影から出てていいのか?」
人はいないけど、ギルドマスターたちなら感知しかねない。影の中にいた方がカゲマルのためになると思うが……。
「悟様がこうして倒れている時に、1人だけ影に入るわけないだろう」
「そうか……ありがとう」
立ち上がるが、急速に視界が縮まって行った。俺はベッドに倒れこむようにして座る。同時に、暗くなっていた視界が回復していく。立ちくらみだったようだ。
「もう、カゲマルの言うことが聞こえなかったのですか? サトルは休んでいてーー」
「変な夢を見た」
シーファの言葉を遮り、俺は言う。シーファは怪訝に表情を曇らせた。
「死神が出てきたんだ」
シーファの目が丸く開かれた。不機嫌な顔はどこかに吹っ飛んでいったようだ。
「死神のルーゲラバイガルを殺したか、って」
自然と体が震える。俺の、小刻みに震える指先をシーファが手で包み込んでくれた。
「サトルには私が付いています。なにも、心配することはありません」
「……怖い」
尋常ではないほどの殺気を乗せた声。突き刺さった視線。鎌で両断された時の痛み。
全てが俺に牙を向けて襲いかかってくると考えると、震えが止まらない。
怖い。
どんな強敵を前にしても、そんな感情は抱かなかった。ただただ勝つという気持ちが、俺を動かしていた。だが、今回は違う。勝つという気持ちも、戦ってやるという気持ちもない。
単に、怖かった。
「いつものサトルらしくありません。もっと、堂々としていてください」
シーファが語りかける。俺は今にも飛び出しそうな心臓を、おさえつけた。その手の上にシーファの手が重なる。
「……少し、サトルと2人きりにしてもらってもいいですか?」
背中からシーファは言う。カゲマルとシロは頷く。カゲマルがシロの影に入って、シロは部屋の魔法陣から廊下に出て行った。
「シーファ……俺たちは死神に目をつけられた。今、襲われたら死ぬ」
「そんなことはありません。その時は、絶対に私が守ります」
「お前には勝てない。あいつは、規格外だ」
「なんでサトルにそんなことがわかるのですか? 確かに勝てないかもしれませんが、少しは抵抗できるはずです。なのに、何故そんなにあっさりと……!」
「……わかったんだ。今の俺たちには経験値が足りない。もっと強くならなきゃ死神には抵抗できない。いや、その前にすぐに殺されてしまう」
シーファの手が振動していることがわかった。俺の手を握りしめる力が強くなっていく。
「サトルは、なにもわかっていないのですね! 私は、私は、前向きに生きるサトルのことがーー」
ーー好きだったのに。
頬を赤く染めて、シーファが言った。
は?
なにを言ってるんだ?
俺が好き?
え?
なぜにぃぃぃぃぃぃぃ!?
混乱している俺。シーファの口元が緩む。
「いつものサトルです」
そこで漸く、自我が冷静さを取り戻していることに気がついた。先ほどまでの恐怖が消えていく。
『《恐怖》を克服しました』
鑑定さんの声が脳内に響く。さらに、怖いという感情がなくなった。そうして、俺はいつもの俺に戻った。
で、好きってどういうことなんだ、シーファよ。
「ええっとな……なんて言えばいいのか……」
「別に返事はいいです」
シーファの言葉に多少驚く。
「その返事次第で、今の関係はなくなってしまいます。私は今の関係でいたいのです。言い出したのは自分ですけど……」
気恥ずかしくなり、俺は後頭部をかいた。
「わかった。でも、その気持ちはありがたくいただいておくよ」
パッとシーファの顔に花が咲いた。
「それでこそ、私が好きなサトルです!」
俺たちは仲直りしたのであった。




