第99話 ルーゲラバイガルとの戦い 1
「ジャアァァァァァ!!」
「シイィィィィィィ!!」
ルーゲラバイガルは俺たちの姿を見つけて、宣戦布告の高い雄叫びを上げた。その姿は前見た時と変わらない。蛇の頭が2つで、体は馬だ。これ確か死神が作ったんだっけ? ステータスは鑑定遮断で見れないけど一度見たことがあったな。えっと……1つ1つが約3000くらいだったような……。うえ、勝てる気がしない。
「さささサトル!」
かなり動揺している様子でシーファが俺に密着する。あはぁ、さいこげふんげふん。
「取り敢えず逃げる! カゲマルは影の中で待機、俺たちはシロに乗る」
「承知した」
「がう!」
カゲマルが影の中に入る。俺たちはルーゲラバイガルを警戒しながら即座にシロに飛び乗った。そして、シロは大空を駆ける。翼がないし、ルーゲラバイガルは飛べないはずだ。あ、シロも翼ない。まあ雷獣の力ってことで納得しておこう。
「ジャアァァァァァ!!」
「シイィィィィィィ!!」
再び咆哮をあげるルーゲラバイガル。もうバイガルでいいかな。
俺がそう思った途端、シロが体勢を崩した。何事かと思う暇もなく落下していく。下は湖だ。落下死はないと思うが、問題なのはバイガルの方だった。
ちょ、湖の上走ってるんですけど!? 怖い怖い。
俺たちの落下地点までバイガルが走ってくる。バイガルが口を開けたかと思うと、右は青い炎で左は赤い炎が集結し始めた。もちろんその軌道の先には俺たちがいる。数十メートル離れているはずだが、その熱気が存分に伝わってきた。今のステータスであれを食らったら一瞬でチリだぞ、おい。
そして、なすすべもなく発射される2色の炎。青と赤は俺たちに到達する前に合体し、紫色になった。さらに熱気が強くなったのがわかる。ついに、1メートルの場所まで来てしまった。熱さで肌が痛む。変化をしようとしたが間に合わない。そしてーー。
全てが紫色に変わった。俺の視界が遮られているのだ。肌が焼けただれる。想像してもない激痛が走った。それでも腕を前に出し、顔をガードする。意識が離れてきた頃、漸く湖の中に俺は落ちた。
冷たい水で、離れて行っていた意識が取り戻される。火傷したところが水に浸かり、ジュッと音を立てた。しみて痛い。
急いで上に上がり、酸素を確保。だが、安心していたのも束の間。俺の視界いっぱいに、バイガルの尾が迫る。今までは巨体に隠されて見えなかったが、尾は龍に近かった。ギザギザした棘が所狭しと生えており、触れたもの全てを傷つけそうだ。
このダメージで尾の攻撃を食らっては死ぬ。
本能が俺の脳に忠告を施す。慌てて水の中に潜る。しかし、背中に痛みが走った。首だけを回して見ると、片方の頭が俺に噛み付いている。逃げようとしたが、力は強く動くたびに血が錯乱した。
息が続かない。
酸素が欲しい。酸欠で俺の思考が鈍くなる。逆に上へ上がろうとしたが、バイガルに押さえつけられていて上がろうにも上がれない。そこで、俺はバイガルの策略にはまったことを思い知らされた。
こいつは、俺を窒息死させる気だ。
どうにかして酸素を取り込もうとするが、全部ダメだ。バイガルの頬を殴ったが、ビクともしない。剣を振るっても水圧で強く触れなかった。魔法はーー少し効いたが、バイガルが力尽きる前に俺が死んでしまう。
視界が急速に狭まっていく。それと同時に、一瞬意識が飛んだ。舌を噛み締め、意識を取り戻す。口から血があふれた。もう、終わりだ。
走馬灯、だろうか。記憶が頭の中で繰り返し再生される。
シーファとの出会い、世界最強を願ったあの日、カゲマルが仲間になったあの時、シロを命がけでここーーセージまで連れてきた記憶……。そしてーー。
俺は目を見開いた。危機的状況にも関わらず、口角が上がる。
なんだ、あるじゃないか。この状況を脱出する手口がーー!
何故気がつかなかったのだろう? この状況で、正常に思考できなかったからか? いや、どうだっていいんだ。俺は、生還できる方法を見つけたから。
ミストバードに、変化だ。
俺の姿が変わる。ミストバードになったおかげで、バイガルの牙が空振りした。その隙を見て俺は上へ上がる。バイガルが慌てて魔法を放ったが、もう遅い。俺は勢いをつけて湖から飛び出た。空気をめいいっぱい吸う。あれほど瀕死状態だったのに、空気を吸った瞬間嘘のように意識が回復していった。
シーファたちの姿を見つけ、俺は飛んでいく。シーファは翼を出して飛んでいた。カゲマルの姿はない。影の中から隙を窺っているのだろう。
「がぅん!」
シロが俺の前に立ちふさがる。そして、バイガルの注意を引いた。その間に体勢を立て直す。
「もういいぞ」
バイガルの攻撃を右に避けるシロ。しかし、その速度についていけずに脇腹を抉られていた。だが、バイガルが油断したところに俺が突っ込んでいく。ちょうどシロの巨体で四角となっていた為、俺の姿は見えなかったのだ。不意をつかれたバイガルだったが、冷静に判断し距離をとった。
すると、背後からとてつもない魔力の量が排出されていることに気がつく。シーファだった。今は詠唱の段階だが、術式から見て邪柱だとうかがえる。あれが完成するまで、俺がシーファを守らなければ。
たった数秒が、俺には長く感じられる。バイガルの放ったブレスを回避、そしてルーゲラベアーに変化。真拳波で強烈な一撃を乗せた空気が飛ぶが、易々とかわされた。俺に隙ができたことで、バイガルは一気に距離を詰める。
「ジャアァ!」
残像が残り、次に見えたのは俺の腹に狭まる蛇。頭突きをくらってしまった。
「がはっ!」
血を吐く。胃がひしゃげた。胃酸が逆流し、血と混じって吐かれた。その光景を黙って見ているほどバイガルは優しくない。さらに尾を震わせ、俺に当てた。後方まで何十メートルも吹っ飛ばされる。そこで追撃のブレス。ミストバードに変化し、急いで上空へと逃げた。炎で足が焼ける。
「……シーファ、いけ」
準備は整った。俺もやられた甲斐があったってもんだ。
「邪柱!」
ブレスを吐いているバイガルの真下に、巨大な魔法陣が描かれた。黒い光が漏れる。バイガルが気がついたのは、魔法が発動した後だった。凄まじい轟音と共にバイガルが邪柱に包まれる。
「ジャアァァァ!」
「シィィィィィ!」
苦しむバイガル。この世界の生き物は魔法攻撃に弱いので、いくらステに差があってもかなりダメージは通るだろう。あとは相手のHP次第だが……。
邪柱が小さくなっていく。その中で立っている者を見て、俺は目を見開いた。
無傷でバイガルは俺たちを睨みつけていたのだ。




