第98話 マーク湖の霧の中に
『負傷しています』
唐突に、鑑定さんから言われる。今、俺たちは魔王が去った場所にいた。つい先ほどまで魔王はいたが、どこかに消えてしまったのだ。そして、何か感知したと思ったらこれだ。っていうか鑑定さん大雑把すぎるだろ。
『大気感知に反応いたしましたが、魔王は見えない傷を負わせて全員分のステータスを鑑定したものと思われます』
マジ? それ俺のステータスもーーって、俺ステ偽造してるんだ。でもシーファとかは見られたってことでしょ? 俺も見てないのにな……。今度シーファに見えない傷をつけて……。
『今の素早さでは傷をつける前に気づかれますよ』
だよね。シーファと俺で互角なんだから、ダメだよね。
「サトル」
タイミング良く、シーファが現れた。
「そろそろ行きましょう。ここにいても、何も始まりませんし」
「……そうだな。変にまた魔王が現れたら怖い」
俺たちはその場を離れ、大通りに出た。一応あたりを見回し、敵がいないか確認する。敵はいないようで安堵した。
「サトル、私から提案があるのですが」
「なんだ?」
「和樹との一戦の前に魔物を倒してレベルを上げたらどうですか? ギルドでクエストを受けて、何かやりましょうよ」
いいアイディアだ。鑑定されているのなら、今よりももっと強くなって脅かしてやるさ。
「わかった。シロも今回はついてきてくれ」
「わん!」
このパーティーで一番心配なのがシロだ。体力が少なく、雷獣化してもすぐにMPが尽きる。なのでレベリングして強くさせなければいけない。
ギルドに着く。クエストボードを眺めていると、シーファが依頼紙を持ってきた。
「これなんかどうでしょう?」
「Cランクの……魔物調査?」
その依頼は、マーク湖付近に出現した謎の魔物を調査してほしいという依頼だった。情報を持ち帰れば、以来金がもらえる。これは違約金が発生しないようだ。誰でも参加可能らしい。ただし、Cランク以上だが。
「どうですか?」
「他に何もないし、これをやってみよう」
すると、シーファは満面の笑みを見せてくれた。
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「シロ、いけ!」
「わぅ!」
シロがゴブリンに飛びつく。ゴブリンは錆びた剣でシロを斬りつけようとするが、容易く避けられてしまった。大きく体勢を崩したゴブリンの背後に回り、その背中に噛み付く。真っ赤な血が白い毛並みを汚したが、シロは気にしていないようだ。……我ながらネーミングセンスないな。
そんなことを考えているうちに、シロはゴブリンを倒したみたいだ。俺に経験値が入ったと情報が来る。やはりパーティーを組むのは素晴らしい。カゲマルが倒したやつはカウントされないけどね。
「よくやったな、シロ」
「くぅ〜ん」
俺が両手を広げる。シロが駆け寄り、ジャンプしてーー俺の横を通り過ぎた。その先にはシーファがいる。シーファの胸に飛び込んだシロは甘えた声を出していた。か、悲しくなんてない! 悲しくなんてないんだからなぁ! ぐすん…………。
シロ
種族 犬種
状態異常 なし
レベル25
HP...283/300
MP...320/320
攻撃...102
防御...71
素早さ...108
魔法...79
《スキル》
・雷落とし(雷獣時のみ使用可能)・雷球・充電回復・遠吠え・突進・噛み付く・追跡・嗅覚・念話・言語理解
《ユニークスキル》
・雷獣化
《称号》
・サトルのペット・頭がいい・雷獣の力を秘めた者・シーファ大好き・頑固者・悲しさを与える者
なかなか強くなったものだ。マーク湖まで行く間で魔物がかなり出てきたものだから、すべてシロに任せたらレベルが13も上がった。やったね!
え? パワハラ? 犬にパワハラもクソもない! は、正論でたぜ。
いかんいかん。寂しさのせいでつい舞い上がってしまった。気をつけなければ。
「シロ、レベルが25まで上がってたぞ。これも苦労の成果だな」
ーーパワハラ。
ちょ、念話でパワハラとか送らないでください。本当にそう誤解されちゃうでしょ。
「もう25なのですね! さすがシロです!」
「くぅ〜ん」
ぐぬぬ。
「わん」
シロはシーファから離れると、今度は俺に飛び込んだ。反射神経で受け止める。シロは優しい目で、俺を見つめていた。そして、頬を擦り付けてくる。
「なんだかんだやっていて、シロはサトルのことも好きなのですよ」
シーファが言う。俺の顔が綻んだ。
「よし、もっとシロのレベルをあげるぞ!」
ーーパワハラ。
がくっ。
俺は項垂れた。
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着いたぞマーク湖。パッと見、湖の大きさは東京ドーム3個分くらいだ。まあまあ広い。情報だとこの周辺に魔物が出たというらしい。その姿は蛇のようで馬のような魔物だという。なんか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
人はいない。なので、カゲマルを影から出した。
「霧がかかってますね」
シーファが遠くに目を凝らしている。しかし、向こう岸には霧がかかっているようであまり見えない。
「もしかしたらあそこらへんにいるかもしれないな。他の場所にはいないようだし」
「はい。きっとそうだと思います」
シーファも俺の意見に同意。俺はシロへと視線を移した。
「シロ、雷獣化して俺たちを乗せて行ってくれないか?」
ーー任せて!
よかった。パワハラって言われたらどういう反応すればいいのかわからなかった。
シロの体が大きくなり、あっという間に俺の身長を越した。それでも膨張は止まらず、俺の背丈の3倍ほどで漸く止まる。
「がう!」
わんだった鳴き声も、がうに変わる。いや、これはどうでもいいんだけども。
シロの背中にのる。カゲマルは再び影に入ってもらい、シロの影から向こう岸に移動する気だ。水の上も濡れずに移動できるらしい。めちゃめちゃ便利。
無事向こう岸まで飛び、地面に着地する。カゲマルはちゃんとついてきていた。これで溺死とかシャレにならんしな。
シロはいつまでたっても元に戻らない。
「どうした?」
「グルルゥゥゥゥ」
ある一定方向に向かってシロは唸る。異常なほどの殺気を感じ、俺の全身の毛が逆立つ。
「シイィィィィィィ!!」
「ジャアァァァァァ!!」
あれー? 聞いたことある鳴き声だなー?
霧の中から姿を現したのは蛇馬ーールーゲラバイガルだった。




