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清経 壱

さて、女童・七子に初めてのお仕事が?

 雨の多い季節に入り、七子が宮中の生活をいささか単調に感じ始めた頃、中宮が西八条の清盛邸にお宿下がりされ、その機会に下働きの者どもにも休みが与えられた。七子は久しぶりに小松の大臣邸に帰って来たのだが、結局ここではもっと退屈することになる。なにしろ、気楽な女童から平家の姫に戻るのは辛い。春先までは着馴れていたはずの小袿が長くて重くて暑苦しいし、乳母や侍女たちはいちいちうるさく干渉する。摘花(つみか)がいないので、お喋りの相手もいない。

 そういうわけで、七子がお部屋でぼんやりしていた時に、御簾の外から声をかける者があった。

「七子、誰もいないか?入っていいかい?」

神経質そうにあたりを見回してから、さっと隠れるように御簾をくぐったのは、七子の三番目の兄、清経(きよつね)だった。

「まあ、めずらしい兄君ですこと。」

 七子は、この兄とはあまり馴染みがない。清経は資盛(すけもり)と同年の妾腹の三男で、幼いうちはそれぞれの母のもとで育つため、兄妹という感覚が薄いのだ。

「ねえ、七子、頼まれてくれないか?」

清経は、もう一度用心深く頭を廻らせてから、いささか恥ずかしそうに、きちんと折りたたんだ薄紅色の紙を差し出した。

「これを、中将の君(ちゅうじょうのきみ)に渡してほしいんだ。」

「・・・これって・・・」

「渡してくれればいいんだよ。」

清経はちょっと顔を赤らめて、怒ったみたいに。

「あ・・・ああ、ええ、まかせて。内緒で渡すわ。お返事だってもらって差し上げる。」

七子は大よろこびだ。兄の恋文を頼まれたのだから。

 中将の君というのは、中宮付きの女房の一人で、高貴な家柄の姫君がほんの行儀見習いをしている、十五かそこらの少女だった。

「可愛いお方ですよね。」

と、七子が、兄の書いた手紙をためつすがめつうれしそうに言うと、清経は苛立って、

「よけいなことを言うんじゃない。誰かに喋ったら、本気で怒るからね。」

わざと怖い顔して釘を刺してから、さっと御簾をくぐって出て行った。

 七子は退屈も暑苦しいのも忘れて、わくわくしていた。早く内裏に戻って、早く中将の君に恋文を渡したい。きっと兄君と中将の君を結びつけてあげるから。これは摘花にも内緒なんだから・・・。

「七子に頼むなんて、清経もどうかしてる。」

突然、後ろで声がしたので、七子は飛び上がりそうになる。振り返ると、それはいつの間に来たのやら資盛兄だった。柱にもたれて立ち、手にした扇を半分開いて顔を隠すような仕草で笑っている。

「あっ、内緒にして下さい。清経兄君をからかったりしないで。」

七子は慌てて恋文を背中に隠し、拝むように資盛を見た。

「何も言わないよ。他人の色恋に口をはさむ気はないからな。」

そう言って、資盛は扇をぱちんと閉じた。家にいるにしては狩衣烏帽子を身につけて、わざとだらしなく着崩しているあたり、妙に垢抜けて見える。それに、手にしている扇。七子は、その扇に見覚えがある。

「ああ、これか?よく覚えていたな。」

資盛は扇をもう一度開いて見せると、すぐさま閉じて袖の中に入れてしまう。そう、それは、後白河院(ごしらかわいん)がお持ちになっていた扇だった。

「ご寵愛の証、ってか?」

と、資盛は言い放ち、おかしそうにはははと笑う。


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