表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

月船 壱

宮中に上がった平家の姫・七子は、中宮様や右京大夫、摘花たちと出会います。華やかな恋模様を覗き見る日々が始まります。

宮中の暮らしは、七子にとっては退屈どころかとても刺激的だ。叔母君にあたる中宮(ちゅうぐう)、つまり後の建礼門院(けんれいもんいん)のはからいで、右京大夫(うきょうのたゆう)という女房の部屋で女童として仕えることになったのだが、もちろん七子が平家の姫だということは秘密。

 右京大夫の局にはすでに摘花(つみか)という名の女童がいて、彼女と七子はとても気が合ったし、その頃の宮中はとにかく色恋沙汰にことかかない華やかな世界だったから。摘花は七子より二つばかり年上で、恋愛方面に目が利き怖いくらい行動的な女の子。やれ、どこそこの公達がどこの姫君に忍んで行ったの、誰が誰に文を送ったの、ふったのふられたの、略奪、横恋慕、三角関係などが彼女のお気に入りだった。女童などたいした仕事もないから、使い走りを積極的に受けては内裏中から噂を仕入れて来る摘花がおかしくて、七子は毎日彼女の情報に耳を傾けて楽しんだ。

「ねえ、摘花、右京様には恋人はおられないの?」

七子は、硯に向かう右京大夫の横顔を眺めながら、そっと摘花に問う。二人は、庭で拾った桜の花びらを、いらなくなった物語の冊子にはさんでいる。歌の習作を書き散らした紙に、拾った花を押し花にして漉き直し、短冊を作ろうとしている。

「だって、今紫の君なのよ。」

 右京大夫は、その頃もう二十歳を過ぎていた。十四や十五で嫁入りする時代だから、そういう意味では若いとは言えないかもしれぬ。歌も筝も飛び抜けて才があり、漢詩や物語もよく知る賢い女性で、あの紫の物語を書いた式部と並べて「今紫」と呼ばれ、その賢さを見込まれて中宮に付いているのだから、恋も結婚も関係ないのだろうか。

「殿方たちも、ほんとは放っておけないのよ。でも、文をよこしてもまるで謎かけみたいなお返しをするから、困っちゃうの。賢すぎても幸せになれないのかもねー。」

というのが、摘花の説。七子はもう一度右京大夫の顔を覗い見る。綺麗だけど、そこいらの男なんか、フンって感じかな・・・。


 さて、ある夕刻のこと。中宮は、右京や小侍従(こじじゅう)といった女房たちを集めてお話に夢中だった。七子と摘花は白湯や菓子を運んだりの仕事を仰せつかる。

 すっかり日が暮れた頃に、廊下の向うから優雅な衣擦れの音とともに、一人の少年が現れる。七子が手燭をかざして見ると、どうやら見覚えのある顔。見事な桜の枝を捧げ持った、その少年は立ち止まり、

「二位の中将より、中宮様に桜のお土産にございます。」

と、口上を述べた。よく澄んだ通る声。聡明な瞳の花の使いは、七子のよく知る月船丸(つきふねまる)、従兄の知章(ともあきら)の乳母子である。

「お方様、基通(もとみち)様からお花の童子が遣わされて参りました。」

右京が、御簾の中に奏上する。後の関白、藤原基通は平家の公達とは遊び仲間で、この日も何人か一緒に花見の宴を設けていたらしい。

「では、お返事をしなければ。右京がお歌を詠んでおくれ。」

まあ、雅やかな遊びである。摘花が墨をすって、さっそく右京大夫が一首したためる。


さそはれぬ うさも忘れて一枝の

花にぞめずる 雲の上人


「お誘い下さらなかった恨みも忘れて、この見事な一枝を愛でております」

という意味の歌であった。

 それを懐に入れて、月船丸は一礼したが、七子がお部屋に戻ろうとすると、その袖をさりげなく引っぱった。そして、とても小さい囁き声で、

「七子様、敦盛(あつもり)様がお加減を悪くされておいでです。明日、お見舞い下さいませんか?」



敦盛はどうしたのかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ