競べ馬 弐
七子と出会った少年は、あの有名な・・・
祭りの目当てである競べ馬を観るために、三人は、市中の童どもと一緒に木に登らねばならなかった。賀茂川のほとりは桜が咲き乱れ、花霞の中に警護姿の維盛がひときわ美しく立派で、絵巻物のよう。一方、もう一人の兄・資盛は、普段着のままで馬にまたがり弓を小脇に片手で手綱を取って、押し合いへし合いの群衆を上手くなだめている。七子は、苦手な兄に、武士の姿を見たような気がした。
競べ馬に飽きると、この高貴な子どもらは物売りをひやかして歩き、飴を買ったり瓜を買ったりした。敦盛は、まがい物の櫛を七子に買ってくれた。
「なんだ、すっかり遅くなっちまった。」
髪に小枝をからませたままの知章が、夕暮れの冷たい風に我に返る。
「俺は七子を中宮様んとこ届けるから、敦盛はもう帰りな。」
適当な木につないだままにしていた愛馬の、首を軽く叩いてやりながら、知章はまるで命令するように。それでも、敦盛は、
「うん、じゃあね。七子殿、元気で。知章、明日ね。」
もうちょっと遊びたいとか、一緒に内裏に行きたいとか、ほんとうは駄々をこねたかったのかもしれない一瞬のためらいを、伏せた目で抑えつけて実に素直に馬を返す。そうすることを、運命づけられているような素直さで。
振り返りもせず都大路を駆けて帰る敦盛の雅な後ろ姿に、遠慮もなく見とれる七子に、知章が、
「敦盛は武士の子には向いてないな。」
春の日は長くもなく、夕日の赤が消えかかると寒さが足元に忍び寄る。
「どういう意味?」
しかし、知章は葦毛の手綱を取って、七子に乗るように無言で催促していた。あたりはもう暗がり、祭りのかがり火が橙色の火の粉を暗い空に投げ上げていた。
さて、宮中の様子は?