表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チンピラとは妖精の一種である  作者: 大穴山熊七郎
13/14

第十二話 元英雄候補の迷い

「秩序神クラタイ、運命神ヤ・マーサ、戦神ミーター。これがツールスの三柱神じゃが、ワーダルはかつて、これら三柱と並び、四柱神の一柱であったと言われておる女神じゃ」


 老婆キリーが、しわがれた声で語り始める。


「しかしもともと、四柱の神々の中では強い神ではなかったようじゃ。信仰も北東部のみだったようでな。司るのは偶然と鎮魂」


「偶然と鎮魂?」


 おかしな取り合わせだ、とイーガンは思った。


「運命の女神ヤ・マーサの妹だったと言われておってな、かの女神と同じように、偶然をあやつり冒険者の運命を動かす神であったようじゃ。と同時に、捨てられた魂を鎮める女神であったとされておる」


「ふうん……」


「まあ、正確なところはもうわからぬ。ワーダルは他の神々によって追放されてしまった神じゃからな」


「なぜ、追放されたんだ?」


「それも全く伝わっておらぬ。ただ、ある時ワーダル信仰は禁じられ、女神像の顔は何者かに削られたのじゃ。正確な時はわからぬが、数百年は前のことであろうの」


「なるほど……」


 イーガンは頷いたが、内心では少しも納得はしていない。三柱神と並ぶ神がいた、などという話には何の根拠もなく、実にうさんくさかった。


「ヒヒヒ、微妙な反応じゃの。まあ、正直あたしも、ワーダルがどんな女神だったかなんてどうでもいいんじゃ。大事なのは、この石像のみに、彼女の加護がまだ残っておるということなんじゃよ」


「おいおい、僧侶としては問題発言だな」


「構わんわい。世界にワーダルの僧侶はあたしだけじゃ、女神本人だって気にせんわい、たぶんな。とにかく、ワーダルの加護というのは、受けられる者は限られておるが、相当に便利なんじゃぞ?」


 最後のほうはわざとらしくヒソヒソ声になり、キリーはまたヒヒヒと笑ってみせた。

 最初の印象とは違い、この老婆は相当現実的であけすけな性格のようだ。イーガンの警戒心は、少しずつ薄れてきていた。


「じゃあ、そろそろ具体的に聞こう。どんな加護なんだ?」


「まあ、受ける者によってかなり違うんじゃが、おまえさんの場合は、加護を受けるとまず、頭の中に<色>が思い浮かぶようになる」


「色?」


「そう。色じゃ。複数の色が浮かぶんじゃ。その色数は人によって違うがの」


「ははあ……」


 全くイメージが掴めず、イーガンは曖昧な相槌をうった。


「そして、その色に変われ、と念じることによって、別人になることができるのじゃ。」


「別人になる? なんだそりゃ?」


「他の者から、別人と見られるようになるということじゃよ。おまえさん本人には何の変化もないように思えるじゃろうが、この加護を受けてない人間からは、完全に別人だと思われるのじゃ。絶対にバレはせん」


「ちょ、ちょっと待て。それは……危険すぎる加護だ。犯罪し放題じゃないか!」


「安心せい。この加護は、トラーシュとその周辺でしか働かん。この像からある程度離れれば消えるのじゃ」


 じっと聞いていたジルヴィもつけくわえる。


「そしてもうひとつ、同じ加護を受けている者は騙せないのです。だから、このトラーシュの警備隊員の一部や、役人の一部……私や副市長も、ここで祈って加護を受けているのです。万が一不正が起きても見抜けるように」


「ああ、なるほど……」


「その上でさらに慎重に慎重を重ね、ここで働いてもらう人物は元英雄候補かそれに近い冒険者、それも前職の人に推薦してもらう形で、信用できる選ばれた人を少数精鋭で採用しているのです」


 テスタロンではアダに絡まれ一緒に酒を飲んだだけなのだが、あれは選ばれたということになるのだろうか。


「とりあえず俺は、その人物チェックには合格したということか」


「まあ、そういうことじゃ。副市長の評価はかなり高いようじゃぞ? さて、もうひとつ、この加護の凄いところは、色を念じて別人になっておるあいだ、おまえさんたちが何かの理由で失った力が、少しだけ戻ってくるということじゃ。全てではなく、ほんのわずか、らしいがな」


「……なんだと?」


「そして、たとえ殺されても、その色が消えるだけで、おまえさんたち本人には何の影響もない。逆に、誰かを殺すということもできぬがな」


 とても信じられない。


「これは間違いなく本当のことじゃよ。おまえさんの前任のアダは最初、三十七もの色を持っておったが、冒険者と戦うことをひたすら楽しんでおったわい。むろん、最後は倒されるわけだが、痛みも本来の何十分の一しかないらしくての、それも楽しくて仕方なかったようじゃな。歯を剥き出して笑っておったよ。殺された数分後には本人に戻り、健康には何の問題もないと実証ずみじゃ」


「だが、全ての色が消えたらどうなるんだ?」


「おまえさんはアダに会ったじゃろ? あれが色が消えたあとの姿じゃよ。元気だったじゃろ?」


「ああ……」


 イーガンは王都でのアダの記憶を思い返してみた。何かが脳裏をかすめた気がしたが、それが何かは思い出せず、結局頷いた。


「どうじゃ。ワーダルの加護が便利なもんじゃと、納得してもらえたじゃろ」


「代償はないのか?」


「ない、と言っていいんじゃないかの。少なくとも大きな文句は聞いたことがないわい」


「…………」


「どうじゃ、この石像に祈って、加護を願う気になったかね?」


 イーガンは長い間、石のように動かず考え込んだあと、首を振った。


「とりあえず、保留だ。今日は、この像に祈ることはしないよ」


「慎重じゃの。……。言っておくが、加護を受けたからといって、トラーシュの面々がおまえさんに何かを強制することは、いっさいないぞ」


「ああ、わかってる。それでも、だ。正式な返事は、二三日考えてからする」


 フードの下の老婆の口が、ちょっと呆れた感じで軽く開いた。


「……ま、ええわい。この教会と神像はいつでもここにあるでな。心が変わったら来るがええ」


「すまんな」


 キリー司祭に軽く頭を下げると、イーガンは暗い廊下を出口のほうへ戻っていった。



★☆☆☆★



「なぜ、断ったんですか」


 トラーシュ城の前を歩いていると、前を行くジルヴィの声が聞こえてきた。

 

「断ってない。保留しただけだ」


「でも、断るおつもりですよね」


「…………」


 ジルヴィの歩調は変わらないが、肩が少しだけ揺れた。ため息をついたらしい。


「はるばる、この町まで来たのに。なぜです?」


「臆病者なんでね」


「…………」


 返事がかえってこないので話は終わったのかと思ったら、すこし間をあけて、またジルヴィの声がする。


「いままでの人は、ほぼ全員、すぐに飛びつきましたよ。アダさんも、その前の人も。みなさんここに来たときには、傷ついて、自暴自棄になっていて……。別の自分になれ、かつての力を少しでもまた振るえると知ると、全く躊躇しませんでした」


 立ち止まると、半分振り向いて、横目でイーガンをじっと見た。

 ああ、それはわかる、と思う。

 元英雄候補や落ちぶれた有名冒険者たちの多くは、イーガンと同じように、自分の能力が行き止まりだと知って絶望したのだろう。

 全盛期に近い力を一瞬でも振るえるなら、その絶望をいっとき忘れることができる。

 そして別人になる。別の人生を演じ、もう難しいことは考えず、町に溶けるように生きてゆく。


 イーガンの中にも、その願いはあった。あの、首都の南の名も忘れた農村で眠れぬ夜を過ごした頃から、ずっと心の底に息づいている衝動が。


「……貴方は違うように見えます。昨日も、今日も、一貫して落ち着いていて冷静で……そしてまだ、欲をなくしていない」


 ジルヴィの薄い翠の瞳が、眼鏡ごしにイーガンを見つめている。

 そういう彼女は、もしかしたら、見かけほど冷静なタイプではないのか、とイーガンははじめて思った。こんな城門の真ん前で、観光客に見られながらする話ではない。


「最初に貴方を見たとき、場違いな人が来たな、と思いました。まるで、冒険者が出張に来たように見えましたから。身体にも気持ちにもどこか張りがあって、油断が見えなくて。さすがは英雄候補武闘大会四位。とても、こんな田舎町で小悪党をやってくれるようには見えなかった。率直なところ、これはだめだ、と思いました」


 彼女が初対面のとき無意識にのぞかせたわずかな失望は、そういうことだったのか。謎が少し解けた。


「でも、ワーダルの加護には興味を持っていただけると思ってご案内しました。それをああもあっさりと断られると、私たちとしても、もうお手上げになります。どうして、加護を受けないんですか? ワーダルの加護だけ受けて、チンピラのお仕事は断っていただいてもいいのに。貴方ほどの冒険者になると、私たちの町のとっておきの秘密は、それほど価値がないものですか?」


 ジルヴィはいまや、イーガンをきっと睨みつけている。


(ええー? いや、君は俺を勘違いしてるよ……。 ド田舎の村の青果店の息子だぜ? そんな、田舎町を見下すようなご立派な人間じゃないっての……。)


 そして、加護を受けるのをためらった理由も、けっして自分が強くて冷静だからではなかった。

 さっきまで、自分でも気づいていなかった。あの闘技場の物置の体験以来、イーガンは、自分の中の何かをいじられることに、総毛立つような拒否感を持つようになっていた。

 だが、自分の生まれ育ちや、そういった事情を、目の前の女性に説明できる気がしない。すらすらと言葉が出て来るようなら、二十八まで独身でいない。


「さっき言ったのは、本音だ。俺が迷っているのは、臆病者だからだよ」


 結局、そう言うのが精一杯だった。


「……そうですか」


 ジルヴィはふいっと顔をそむけた。


「私の今日の案内はここまでです。<不朽の大鹿亭>の部屋は、市の費用であと三日取ってありますが、その後は自費で宿泊場所を探していただくことになります。それまでに、いろいろと決断していただけると有り難いです。……では」


 一息に淡々と言い切ると、返事を待たずにつかつかと歩み去ってゆく。その後ろ姿をイーガンは見送って、がりがりと頭を掻いた。


「怒らせちゃったー?」


 耳のそばで声がして、びくりと横を向く。いつのまにか城門担当のグレイブルが立っていて、ぽんと肩を叩いてきた。


「まあ、今夜じっくり話を聞かせてよ。下町のいい店に連れてくからさー!」


「あ、ああ、うん……」


 やけに友好的な警備隊員に、イーガンは引きつった笑いで応えるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ