第一話 武闘大会から始まる
初春の空は晴れ渡っていた。
ツールス王国の首都テスタロンの闘技場にはいま、溢れんばかりの客が詰めこまれている。
「英雄候補」と呼ばれる強豪たちがつどう、二年に一度の武闘大会が開かれているからだ。王国で最大の催しのひとつだった。
そこで好成績を残した者は莫大な褒賞と長期間の優遇を約束され、歴史に名を残す「英雄」への道を歩み出すことになる。
二日間にわたる予選のあと大会は最終日を迎え、昼休憩後のいまは、大歓声のなか準々決勝が行われているところだった。
★☆☆☆★
「出ましたあああ! アイ=レンの炎龍剣! 魔法剣の天才が勝負を決めにきたぞっ!」
実況者がやかましく喚いているのを遠く聞きながら、イーガン・ロックエルはすぐ目の前で振り上げられた剣をぞっとするような思いで見ていた。
鍛冶屋が鋼を鍛える時のように、剣身全体が高熱でオレンジ色に輝いている。
しかも、普通なら溶解するほどの高熱でありながら、その刃の切れ味は少しも落ちていないどころか大きく増しているのだ。
人を炭化させるほどの熱と、すさまじい切れ味の斬撃が同時に襲ってくる。生半可な鎧は一瞬で焼かれ、そこに刃が入り込んで真っ二つにされる。
特殊な鍛冶技術と、高度な付与魔術の融合。それが、この恐怖の炎龍剣だ。
もう剣はイーガンの真正面で動き出しており、完全な回避は間に合いそうにない。
(生かして帰す気なしか。可愛い顔してても、英雄候補はおそろしいな……。)
オレンジの刃を振り下ろそうとしているのは、まだ十代なかばのほっそりした少女だった。
黒々としたおかっぱの髪が動くたびしゃらしゃらと揺れ、伏目がちの瞳がいつも何かに戸惑っているような、可憐で控えめな雰囲気の少女。
薄紅色の革の胸当てはよく似合ってはいるが、女学校の制服のほうがさらに似合うだろう。
が、そんな彼女がいったん戦いに臨むと勇猛果敢なことは、これまでの数分間でいやというほど思い知らされている。今も、イーガンを唐竹割りにできるような一撃を放とうとしている。
完全蘇生まで行う回復要員が控えているとはいえ、人を斬り殺すほどの決意ができているということだった。
開始の合図があってから、イーガンは左手のメイスを一回も振っていない。防御と牽制しかしていない。対戦相手……天才少女アイ=レンの攻めに何もさせてもらえず、少しずつ崩されたあげく、まさに今、回避不可能なタイミングで必殺の技を喰らおうとしている。
観客はイーガンへの期待を完全になくしており、関心はアイ=レンがどんな技を使うかにしかない。
(まあ、俺に人気がないのはいつものことだけどな……。)
イーガンは右手を、頭をかばうように差し上げた。もちろん、そのままでは腕ごと焼かれぶった斬られて消し炭になる。
ハ、とイーガンの口からわずかな気合が漏れた。
瞬時に、黄土色をした半透明の甲羅のようなものが、右手の上腕部を覆うように盛り上がる。
亀甲の盾、と呼ばれる防御魔術。これがイーガンの得意技だった。
亀甲の盾は、魔力の防御に関してはほぼ無敵といっていい。どんな攻撃魔術でも、魔力そのものはこの盾の後ろには届かない。
が、物理防御に関しては、強者の戦いでは使えないとされていた。一定以上の力を正面から受けると、砕けてしまうからだ。だから、強烈な物理衝撃を伴う魔術は受け止められない。
中級までの冒険者にとっては、絶対に覚えたほうがいい貴重な防御魔術なのだが、上級になると物足りなくなり使うことも減ってゆく。強くなった冒険者が、「亀甲の盾、今までありがとう」と言いながら卒業してゆく、そんな位置づけの魔術だった。
が、イーガンにとっては唯一まともに使える魔術であり、命綱でもあった。
「はっ!」
アイ=レンは真っ白な肌を桜色に紅潮させ、気合とともに剣を振り下ろす。
彼女は高熱魔術と生まれつき相性がよく、剣が発する熱からは完全に守られている。のびのびと剣を振るっていた。
オレンジ色の刃が亀甲の盾に触れる直前を見極めて、イーガンは右肘をわずかに下げ、右腕を、くっ、と斜めにした。
ギャリッ! と耳障りな音とともに、刃が盾の上を滑り始める。
(あじじじじじじ!)
亀甲の盾で遮断しても、なお盾を回りこんで伝わってくる馬鹿らしいほどの高熱に、内心悲鳴をあげながら、イーガンは更に右肘を下げ、剣を外側へ振り払うように、腕をわずかに動かしてゆく。
(やばいやばいやばい!)
ほんの少しでも間違えたら、盾は砕け右腕は炭化するだろう。
腕の繊細な動きとともに、イーガンは瞬間的に亀甲の盾の形状を変えてゆく。
これが、イーガンにしかできない魔術制御だった。
亀甲の盾は強度自体はいまひとつでも、やや斜めの特定角度からの力にはめっぽう強い。そのことに気づいて以来、たゆまぬ修行を積み重ねて、イーガンは盾の形状を一瞬で変えるという地味だが高度な技術を身につけた。
ギャリギャリギャリッ!と音を立て、炎龍剣はイーガンの右腕の上を滑ってゆき……盾を半分以上砕きながら、イーガンの右側に逸れて落ちていった。
「ええっ……!?」
アイ=レンが驚愕の声をあげた。
渾身の一撃だったのだろう、とっさに剣を止めることもできず、少しだが前のめりに身体が泳ぐ。
そのみぞおちに、カウンターでイーガンの、弱い麻痺魔術をかけたメイスが突き刺さった。トゲなんてついてない、ただの膨らんだ金属棒だが、この突きばかりやってきたイーガンの一撃は正確無比だ。
「きゃふっ!」
急所を的確につかれ、アイ=レンは後ろによろめいたあと、横座りに崩折れた。
打たれた腹を手でおさえて一度立ち上がりかけたが、息ができないので顔色が真っ青になる。
やがて糸が切れたように地面に倒れこむと、胎児のように身体を丸めて動かなくなった。その姿は、魔法で眠らされたおとぎ話のお姫様のようにも見えた。
負けるときも可憐なんだな、とイーガンは荒い息を整えながら思った。
「な、な、なんとー! 防御不可能といわれたアイ=レンの炎龍剣を見事にさばいて、南方の戦士イーガンの逆転勝利だ! 一瞬のことで、何が起きたのかよくわかりませんでしたが、とにかく薄幸の天才少女アイ=レンが敗れたー! 残念ですが、アイ=レンはこれで見納めです! 勝者である南方の戦士イーガンに、盛大な拍手を!」
拍手はまばらで、悲鳴や怒号のほうが多かった。
まあ無理もない、とイーガンは考え、なにやらひどく申し訳ない気持ちになりながら、メイスを持った左手をごくわずかに挙げた。
★☆☆☆★
こうして南方出身の戦士イーガン・ロックエルは、英雄候補武闘大会の準決勝に進出した。
準決勝では惜しくも敗れ、四位ということになったが、ほぼ無名の地方出身の戦士としては十分すぎる結果を残した。
が、その後の表彰式で、彼の名はついに呼ばれることがなかった。
2つもエタ状態の小説抱えてるのに、また新しいの投稿したりしてほんとごめんなさい。
前々から書き溜めてたもので、眠らせとくのも勿体無いという気持ちがつのってきてしまい……。
残り2つとも再開しようとあれこれ考えてはいます。
もう自分の執筆能力に期待するのはやめました。不定期更新でぼちぼち行きます。
とはいえ、せめて最初の三話ぐらいは詰めて投稿しようかと思っています。
次話「喪失」は24日14時に投稿予定です。