一話 Dark
爽やかな秋晴れ。私は秋が好きだ。この並木道が赤や黄色に染まっているのは、いつ見ても最高に美しい。たまたま、この道には誰もいなかった。そうだ、写真に撮って愛子たちに見せてあげよう。
そう思って、スマホを構えた時だった。
突如、左からすさまじい蒸気。それとともに一人の男子学生が吹き飛んできた。
私はその男子学生に見覚えがあった。
「え!?須田宮君!?どうしたの!?えっ!?てゆか!?何あの蒸気!?」
彼は須田宮慎也。少なくとも昨日までは蒸気を出してはいなかった。
「ああ、鏡さん!ちょっと今大変なことになってるから下がってて!」
「はあ!?」
そういった直後、左から闇に呑まれていく。
その闇の球体はなにかが中心にあるのだろう。しかし、それには光が届かない。
「えっ!?なにあれ!?」
「今はこれを止めないと!」
そう言うと、須田宮君は闇の中心に向かって飛び出した。そのあとには、飛行機雲のように蒸気が残っていた。
しばらくの間、蒸気が噴き出す音、鈍い打撃音、そんな色々な音が聞こえてきた。もう何がなんなのか。
そして、闇が収縮していき、中から須田宮君が出てきた。
「中に何がいたの?」
「わからない。でも、人間であることは確かだ。顔を殴った感触があったからな。」
「顔って…」
そう言う間に闇は完全に収束した。そしてその中にいたのは…
「日向先輩!?」
中にいたのは私たち2人が所属するオカ研のリーダー格の1人である日向蘭子だった。
キレイに顔の中心部を殴られていて、鼻が折れ、前歯は無くなっている。
「気絶してるね。」
「先輩のこと、どうする?」
「とりあえずその木の下で寝かせておこうよ。」
そういった時、2人のスマホがメールを知らせた。
その内容は、大学が数日間休校になるという事だった。
「見た?大学休校だって。」
「何があったんだろうな?」
「見に行ってみる?」
「先輩はこのままか?」
「いいでしょ。別に。」
先輩には多少の恨みがあるから。とは口に出さない。
「扱いが雑だな。」
「それよりも早く大学に行こうよ。」
「あ、ああ。」
伊野澄大学に着いた。大学の門は固く閉ざされていた。そしてその中ももちろん、誰もいなかった。
「何も無いね。」
「いつもなら人はもっといるはずだよな。連絡が来たのは今なのにおかしくないか?」
「確かに…」
「先輩に話を聞くしかなさそうだな。」
「先輩はわかってると思うの?」
「わからないが、能力者だったろ?」
能力者。その言葉で、さっきまでの現実離れした事が蘇ってきた。あの夢も。
「そうだよ!さっきのやつはなに!?」
「今更かよ!」
「驚きすぎて思考停止してたんだよ!多分!」
「いや、俺の場合は目が覚めたら、なんか蒸気出てるなぁってなって。」
「なんでそこで驚かないの。」
「いや、目が覚めた時から使い方がわかってたんだよね。」
「むむむ…わかんない。」
「まあ、先輩に話を聞きに行こう。」
そしてさっきまで争いあっていた所に戻ってきた。せっかくの綺麗な並木道が酷いことになっている。
「先輩ー起きてくださいー」日頃の若干の恨みを込めてぺしぺし叩く。
「せーんーぱーいー」ぺしぺし
「起きろー!」べしべし
「う、ううん…」
「あっ目覚めた!」
「起きろ!」べしべし
「痛い!起きてる!起きてるから!」
「あっ、おはようございます。」
「なんなのよ…」
「先輩大丈夫っすか?」
須田宮君がそう言うと、日向先輩は須田宮君をキッと睨む。
「あんたは…!」
「えっ?いや、確かに顔殴ったのは悪かったと思ってますから!」
「違うわよ!私はあなたを倒さなきゃならないの!」
「え?何でですか?」
「あなたも見たんでしょ!?あの夢を!」
「見たの?」
私はあの夢を思い出しながら言った。
しかし、須田宮君は数秒間考え、
「いや、俺夢見ないタイプだから…」と言った。
「よくそんなので予知夢見たとか言えたわね!」
「話合わせとかないと進まないじゃないですか。」
「今はそんなこと話してる場合じゃないですよね。どんな夢だったんですか?」
「…まあいいわ。1番熱心な鏡さんが言うんだったら仕方ない。」
ごめんなさい。話合わせてるだけです。
「なんか暗い洞窟の中にいるの。そしたら何も無いはずなのに声が聞こえて、『お前は“D”に選ばれた。お前が勝ち残ることが出来れば、願いを叶えよう。』って言ったの。そしたら目が覚めて、まずは“Steam”を倒せって感じたの。」
「ああぁ…あったような…無かったような…」
「って事は須田宮君はSteamの能力者って事?」
「そうなるな。で、先輩はD?」
「恐らくDar…」
そこまで言葉を発すると、パクパクと口を動かすが、音が出ない。そして…
「がっ…が…」
先輩の周囲に『DROP OUT』の文字が漂い始めた。
そして、先輩はだんだんと姿が消えていく。先輩の口は「助けて」と動いているように見える。須田宮君は手を伸ばす。しかし、文字はバリアのように阻む。
ついに先輩は頭だけが残り、そして、全て無くなった。まるで何も無かったかのように。
「今のは…」
「DROP OUT…脱落…」
「…先輩を思っても仕方ない。願いを叶えて、生き返らせればいい。」
「…そう…だね。」
いくら嫌な先輩でも、こんな別れ方をしたら悲しい。
今は須田宮君の言う通り、前に進むしかない。
そうして、この能力戦争が始まったのだ。
「早くも脱落者が出たか。役者はちゃんと揃ってるね?」
「揃っている。が、今回はイレギュラーだ。」
「イレギュラー?いつも通りじゃないか!」
姿無き者はため息を吐く。そこに息が、存在するのかはわからない。
「これだからあなたは…」
「俺のことはαと呼んでくれ。呼び名があるのはいい事だろう?」
「α、か…」
何も無い空間に2人が、正確には1人しか見えないが、この戦争を見守っていることを、“プレイヤー達” は、まだ知らない。